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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

イノシシのレバ―を食べ、中山間地域の課題を考えた

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2012年7月26日

 7月上旬、島根県松江市におうかがいしました。同市八雲町の八雲町地域振興活動団体交流会(やくもネット)の設立記念講演会で、農業におけるリスク管理の重要性について、農薬を事例にしてお話しさせていただきました。

 八雲町は、旧八雲村が2005年に合併して松江市となっています。中山間地域ですが、棚田が今も守られ、一方で同市のベッドタウンともなっている人口7000人の美しいまちです。そこで活動する29の団体・施設が連携して地域おこしをしていくために今年3月に産まれたのが、やくもネットです(松江市八雲町ポータルサイトようこそ八雲へ)。

 私はふだん、こうした地域おこしの場で講演することはほとんどないのですが、島根なので喜んでお引き受けしました。県の農林水産物の認証制度委員を引き受けていた時期には、同県に年間5、6回行っていましたし、今でもちょくちょくご縁があります。自然の美しさ、食べ物のおいしさ、ゆったりとした人、暮らしに、私は魅せられています。

 今回訪れた八雲町でも、熊野大社など観光地を案内していただき、棚田の写真をとり、炭焼きの風景も見学し、懇親会では、おいしく料理された地元の野菜をたくさんいただきました。やくもネットの方々とも語り合い、楽しい2日間でした。中でも印象に残ったのは、地域の人たちとイノシシとの“付き合い”です。ちょうど、50kg程度の重さのオスのイノシシがとれ、解体作業をしているところも少しですが、見せていただき、私は、初めてイノシシのレバ―とハツも食べたのです。

 中山間地域というと、過疎という言葉がすぐに思い浮かびますが、実際に現地に行くと、将来どうする、という過疎問題の前に、直近の大問題である鳥獣害をどう防ぐか、という悩みを聞かされることの方が多い、と思えます。
 八雲町でも、トタン柵や電気柵で囲まれた畑が多く、先日はクマも出たとのことで、大きな問題となっていることが伺えます。

 農水省によれば、こうした鳥獣による全国での農作物被害額は2010年度、239億円。4年連続で増加しています。そのうちの32%がシカ,28%がイノシシです(農水省・鳥獣被害対策コーナー)。農水省は「鳥獣被害は営農意欲の減退、耕作放棄地の増加等をもたらし、被害額として数字に現れる以上に農山漁村に深刻な影響」と書いていますが、私も中山間地域に行くたびに実感します。県や市町村などは「被害防止計画」を策定し、農水省の支援を受けて農家に防止策の設置費用を補助したり、食肉処理するための施設を作ったりしています。

 島根県も鳥獣対策室のホームページを設けており、各種の動物について保護管理計画を作っています。イノシシの保護管理計画によれば、水田の耕作放棄地がイノシシの「ヌタ場」として格好なのだとか。ヌタ場は沼田場と書き、動物が体に付いている寄生虫などを地面にこすりつけて落としたり体をかいたりする場所のことです。

 平成に入って耕作放棄地が急増すると共に、イノシシを捕獲する数も増え、同県で2010年、個体数調整のためにつかまえられた頭数と狩猟頭数を合わせると、計19102頭に上ります。1988年(昭和63年)は2390頭ですから、大きく増えているのです。

 捕獲した動物をそのまま処分となると、扱いにくい産業廃棄物となってしまうので、食肉としての消費を伸ばすのは喫緊の課題です。シカやイノシシなどの捕獲は鳥獣保護法に基づく手続きが必要ですが、自家消費についてはとくに法的規制がないとのこと。しかし、食肉として販売するには、一定程度の衛生レベルをクリアしなければなりません。イノシシは、と畜場法に基づくと畜検査の対象とはなっていませんが、と殺・解体、加工などを行うには「食肉処理業」の営業許可が必要。販売も許可が要ります。

 05年には福岡県で、加熱が不十分なイノシシ肉を食べた人がE型肝炎にかかる事故がありましたので、道府県の一部は、捕獲から解体、食肉加工や調理、販売までのポイントを整理した「ガイドライン」を作って、安全対策に取り組んでいます。
 同県も06年、「猪肉に係る衛生管理ガイドライン」をつくり、解体や食肉加工事の衛生基準や、処理施設の構造基準なども明示して、講習会なども開いています(島根県の食品衛生「衛生的で安全なイノシシ肉を確保するために」)。

 私がお訪ねした「八雲猪肉生産組合猪解体処理施設」は、松江市内で1軒しかない「食肉処理業」の営業許可を得ているイノシシ解体施設でした。私が少し離れたところから見せていただいた時には、内臓を抜き取り腹を開き、毛の生えた皮をはぎ取っている段階でした。

 無駄なく細かくナイフを動かす慣れた手つきに見とれましたが、「これは手間のかかる作業だなあ」と実感。家畜のと畜はある程度、機械化、効率化が進んでいますが、イノシシは家畜ほどの頭数を扱うわけではなく、大きさもかなりのばらつきがあり、すべて手作業でやらざるをえないのです。もちろん、病気を持っていないかどうか、解体前や解体中にもチェックが必要。肉の温度が上がらないように、解体の途中工程で冷やしたりする時間も必要で、半日〜1日がかりの仕事です。

 そのように手間ひまかけて処理をした末にできる精肉のお値段は、というと、八雲町内では1kg4000円。一部の愛好家は、特上の肉を求めて高い価格で買うそうですが、一般的な消費者にはこれ以上の価格、つまり豚肉の2倍、3倍の価格では、売れそうにもありません。50kgのイノシシがとれたとしても精肉になるのは半分以下であることを考えると、儲かる商売にはとてもなりそうにない、ということがわかります。
 でも、鳥獣害を少しでも減らすには、捕獲し自然の恵みに感謝しながらしっかりと食べていかなければならないのです。

 これからの大きな課題はどうも、消費者やレストランなどのイメージを変えて行くことのようです。どうしても「けものくさい」「硬い」など、ネガティブなイメージがつきまとうのです。松江市は、料理コンテストを開くなどしてPRに努めています。八雲猪肉生産組合の方々も、販路の拡大を目指し、レストランに働きかけたりしています。しかし、手応えはまだ薄いとか。

 7月11日付けの農業共済新聞も1面で、「ジビエを食卓に」とイノシシやシカ肉を特集し、岐阜県郡上市や和歌山県日高川町の組織の活動を紹介しています。同紙は、「においや肉のかたさなどジビエに対する消費者のマイナスイメージ払拭も必要」としています。
 5月末には全国組織の「日本ジビエ振興協議会」も発足しましたが、本格的な活動はこれからのようです。

 さて、八雲町で食べた味わいは?

 私は、イノシシの肉を食べたのは2回目で、シンプルに焼いて塩こしょうで食べたのは初めてだったのですが、くさみはまったくなく、でも野趣に富む非常においしい肉でした。それに驚いたのはレバ―のうまさ。焼いたレバ―は、牛のそれよりもくさみがなく、プリプリとした歯ごたえもあって、芳醇な味わいでした。醤油と酒、砂糖であっさりと煮たレバ―もまた、うまみいっぱいでした。おそらく、血抜きなどの技術レベルが高いのでしょう。
 内臓は売り物ではないそうです。猪肉生産組合の方々のお楽しみの逸品を、私はお相伴に預かったのです。

 こわごわと「昔は、レバ―を生のまま、レバ刺しにして食べていたと聞きましたが」とお尋ねすると、「そうだったなあ」という人も。でも「今は、生でなんて食べないよ。肝炎が怖いらしいからねえ」と言われ、ほっとしました。

 焼いたレバ―があんなにおいしいのですから、レバ刺しも牛より美味でしょう。「以前、喜んで生で食べていたのもわかるなあ、でも、きちんと肝炎にかんする情報が伝わって、節度を持って食べておられる。リスク管理しておられる。よかったなあ」としみじみ思いました。

 レバ―を食べながら、地元の方々と「いまでもこんなにおいしく感じられるのだから、昔、米も野菜もとれなくて、ひもじい思いをしている時にとれたイノシシは、この世のものとも思えないくらいのご馳走だったんだろうねえ」と言い合いました。
 八雲町へ行って、その地に暮らす方々の誠実さや努力に触れ、多くの情報もいただき味わい、私は豊かな時を過ごすことができました。食の安全確保や持続可能な生産、国際協調などと、日本の農村の未来をどう重ね合わせて行ったらよいのか。解決が非常に難しい課題が山積していますが、都会と農村、消費者と生産者を結びつけることが、まずは第一歩なのだと改めて思います。

 皆様も、イノシシ肉を食べながら、中山間地域について考えてみませんか。各地でインターネットの通信販売が始まっていますし、これから少しずつ、料理を提供するレストランなども増えて行くことでしょう。ぜひ食べてみてください。

(7月12日発行の有料会員向けメールマガジン第61号の内容を、一部変えて掲載しています)

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