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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

コーラに発がん性? また同じトリックが使われている

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2012年8月28日

 「キリンメッツコーラに、発がん物質が含まれていることが分かった。キリンビバレッジが認めた」という書き出しで始まる記事がMy news Japanというサイトに出て、少し話題になっている。

 でも、「また、このトリックか!」と、既視感に襲われているのは、私だけではないはず。発がん物質という言葉で市民を震え上がらせるのは、市民団体やメディアなどがこれまで、さんざんとってきた手法。だが、ごく普通の食品にも、自然に生成する発がん物質が数多く含まれていることがわかってきて、様相は変わった。
 発がん物質のリスクは、その毒性の種類や含まれる量によって変わってくる。そして、数多くある発がん物質の中で、どれから先に問題にし、対策を講じるべきかも、十分に検討されなければならない。単純に「発がん性だ!」と脅かして大騒ぎ、という時代は終わったのだ。
 では、コーラに含まれる「発がん物質」のリスクはどの程度? 検討してみたい。

4-MIのヒトでの発がん性は、はっきりしない

 問題になっているのは、4-メチルイミダゾール(4-methylimidazole 、4-MI)という物質。カラメル色素を製造する時にできる副生成物である。そのため、カラメル色素を多く含む食品に多く、飲料やビール、醤油やコーヒー等、さまざまな食品に含まれる。人類が長年にわたって食べてきた物質であり、米国などはカラメル色素における限度を250ppmと設定し、管理している。日本は、4-MIについては規制値を設けているわけではないが、カラメル色素についてはかなりの試験結果に基づいて、食品添加物として使用を認めている。
 ところが最近、にわかに4-MIが問題視されるようになった。話が“盛り上がった”のは、カリフォルニア州の動きに拠るところが大きい。

 同州は、発がん性や生殖毒性の懸念のある物質を「Proposition 65」という名称でリスト化しており、食品がこれらの物質を一定量以上含む場合には、同州での販売の際には食品に表示をしなければならない。4-MIは昨年、リストアップされた。表示しなくてもよい安全量(No Significant Risk Level)を、1日あたり29μg以下とした

 これをたてにして、米国の市民団体「Center for Science in the Public Interest」(CSPI )は、さまざまな種類のコーラの含有量を調べて「この基準を超えている」と指摘し、米国食品医薬品局(FDA)にも禁止を要請した。また、日本のNPO法人「食品と暮らしの安全基金」(小若順一代表)も7月、「コカコーラから発ガン性物質検出」というプレスリリースを出した。
 そして、今度の記事の矛先は、キリンメーツコーラである。

 だが、そもそも、4-MIのヒトでの発がん性は、はっきりとわかっているわけではない。

 4-MIの発がん性にかんして検討しているどの機関も、その根拠としているのは米国毒性プログラム(NTP)の動物実験結果である。マウスでは肺に異常が出て明白な発がん性の証拠あり、とされた。ラットは、オスのラットで発がんの証拠なし、メスはEquivocal evidenceという表現なので、「不確実な証拠はある」というところ。

 ただし、NTPは、4-MIがDNAを傷つける「遺伝毒性」を持つかどうかも検討していて、「遺伝毒性はない」としている。

 この点が、リスクを考えるうえで極めて重要だ。遺伝毒性があれば、それは閾値がなく、どんなに微量であってもDNAを傷つけ、量に比例して発がん性が増加する、と考える。
 遺伝毒性がなければ、閾値があると推定され、摂取量が閾値を下回れば影響はない。

EFSAは「閾値あり」と判断し、無毒性量を示した

 このNTPの結果を基に、国際がん研究機関(IARC)と欧州食品安全機関(EFSA)と米国カリフォルニア州がそれぞれに評価を下している。

 発がん性を示す証拠に基づき物質を分類しているIARCは、4-MIのレベルをグループ2Bとした。「ヒトに対する発癌性が疑われる」というレベルである(Lancet Oncologyの記事)。IARCは、ヒトでの発がん性を示す証拠はなく動物で少し証拠がある場合は、グループ2Bに分類することが多く、標準的な判断だと思われる。

 一方、欧州食品安全機関(EFSA)の「食品添加物及び食品に添加される栄養源に関する科学パネル」(ANSパネル)は、4-MIのマウスでの閾値=無毒性量(NOAEL)を80mg/kg/日とした(EFSA Journalの論文、国立医薬品食品衛生研究所の「食品安全情報(化学物質)」でも、解説されている)。

 4-MIが含まれているカラメル色素のリスク評価は相当に綿密に行われており、発がん性、遺伝毒性が確認されていないこと、NTPで4-MI自体にも遺伝毒性がないことが示されていること、試験に用いられたマウスが、肺に異常が出やすいマウスであることから、「4-MIには閾値あり」と判断した、無毒性量を決めたのだ。

 EFSAの記述は、ここまでだが、もう少し考えやすくするために、もしこれをヒトに適用するなら、と考えてみよう。こうした場合、通常は動物とヒトに種差があるとして10倍、ヒトの間でも個人差があるとして10倍、つまり10×10=100を安全係数とし、無毒性量に100分の1をかけ算して、ヒトの耐容一日摂取量(TDI)をはじき出す。
 だが、物質によっては、ヒトの感受性がより高いと仮定してさらに10倍にする。したがって、ここはより安全側に立ち、思い切って安全係数を1000として、TDIを出してみよう。つまり、無毒性量に1/1000をかけ算して、仮にヒトのTDIとしてみるのだ。
 80mg/kg体重×1/1000=80μg/kg体重である。体重70kgのヒトなら、「1日に5600μgまでは、一生涯、毎日食べても問題がない」ということになる。
 この数値を適用するなら、現在の飲料の含有量はまったく影響がなく、問題とはならない。

カリフォルニア州は「閾値なし」で表示規制

 では、カリフォルニア州は?
 4-MI規制の根拠としている試験は、実はEFSAと同じNTPの結果である。ただし、こちらは、「閾値あり」を示す根拠が薄いとして、閾値を設定できない、という所から、推論をスタートさせている。
 そして、NTPのデータから、4-MIのマウスでの発がんリスクを推計し、そこから人での発がんリスクを推計し、その数値から、10万人に1人が4-MIの摂取により生涯にがんにかかる、という量をはじき出した。それが、体重70kgの人で1日に29μgという数値である。
 遺伝毒性のある発がん物質については、多くの場合、「10万人に1人ががんにかかるリスクは許容すべし」ということになっているので、カリフォルニア州は「1日の摂取量が29μg以下になるのなら、その食品には表示しなくてもよい」としている。

 EFSAとカリフォルニア州の違い、わかっていただけただろうか。どちらも、同じNTPの試験結果をもとにしながら、かたや「1日に5600μgまで大丈夫」、かたや「1日に29μg以下にしなければならない」となる。200倍近い差がある。

 ちなみに、米国のFDAは、EFSAと似た見解のようだ。市民団体CSPIが、FDAにコーラの禁止要請をしたことについて、FDAの担当者が「現在の含有量であれば、安全である」とコメントしている。 (2012年3月5日付のロイター電)

 以上が、私見を交えずに行った4-MIについての解説だ。それぞれ権威ある組織であるにもかかわらず、これだけ見解にばらつきがある。だから、EFSAやFDAの見解にまったく触れずに、カリフォルニア州の規制を基に「コカコーラは危険だ」「メッツコーラけしからん」というのは、やっぱり問題があるのではないか。市民団体ならいざ知らず、報道機関がそれをやっちゃ、まずいだろう、というのが、同じ報道に携わる者としての私の偽らざる感想だ。

 もっとも、メッツコーラの記事をMy news Japanに書いた筆者は、「コカコーラから発ガン性物質検出」とプレスリリースを出した「食品と暮らしの安全基金」(旧・日本子孫基金)に1996年から勤務していた、と著書で説明されているので、これも市民運動なのかもしれないが。

日本の企業も、もう少し詳しい説明を

 さて、私見を交えると、私はカリフォルニア州の発がんリスク推計と規制は、あまりにも過剰に安全寄りに偏り過ぎている、と考える。たった一つの試験結果を基に、推論に推論を重ねて人の発がんリスクにまで持って行く。ちょっと無茶が過ぎる。
 そして、その感覚が科学者の大勢であろう、とも思う。EFSA、FDAはもとより、の話。日本の国立医薬品食品衛生研究所の安全情報部畝山智香子・第三室長の記述もお読みいただきたい。

 カリフォルニア州は、こうした極端な規制が通りやすい州だ。市民団体は、同州がそうした傾向にあることを熟知し、さまざまな運動や規制強化を、まずは同州の議員や市民に働きかけ実現し、それを全米に広げて行こうとする。現在は、遺伝子組換え食品の表示運動がまさに、仕掛けられている。だが、1986年に制定されたProposition 65にほかの州はまったく同調しておらず、4-MIの規制も他州に広がっていない。それも、各州の判断の結果であろう。

 ただし、ここまで騒がれた以上、アメリカでも日本でも食品メーカーはこっそり、4-MIの低減を図るはずだ。それが市民運動の成果ではないか、と言われれば、そのとおり。でも、その低減が、「食品のトータルのリスク管理」という点で優先順位が高いかどうか、はまた別問題。それに、4-MIの低減にはコストがかかると指摘されている。コストアップに見合うほどのリスク低減となるのか、というと、はなはだ疑問である。

 もう1点気になるのは、問題視されている日本の各社の広報対応。日本コカ・コーラは、市民団体の申し入れに対して、回答している。メッツコーラを売っているキリンビバレッジは、My New Japanに記事が出た同じ日に、すぐにプレスリリースを出した。

 とくに、キリンビバレッジが即座にプレスリリースを出して、消費者に説明をしようとした姿勢は、素晴らしいと思う。だが、「体重50kgの大人で、1日約16L(480mlペットボトル30本以上)を毎日飲み続けなければ、安全性に問題がない」とだけ述べているのは、やっぱり中途半端ではないだろうか。

 おそらく、EFSAの見解に沿って「TDIを設定できる」という考え方で計算したのだろう。せめて、根拠となる組織や考え方、つまり出典は明らかにしておいた方が、より信頼性が高まるのではないか。

 説明しようとすると、含有量を明らかにしなければならず、閾値ありかなしか、というようなややこしい話になり、発がん性という言葉を詳しく説明しなければならなくなる。そんなプレスリリース、金輪際出したくない、というのが担当者の気持ちなのだろうなあ、と想像する。一般消費者の中には、市民団体などの主張の妥当性の吟味にまで行き着かず、「発がん性」という言葉だけで震え上がってしまう人がまだ多いだろう。それを不安に思う企業の事情はわかるような気がする。

 でも、ここで詳しく説明しなければ、一般消費者の理解も進まない。これからは同様の問題がさまざまに持ち上がってくるはずだ。検出技術が向上し、多くの試験が行われ、食品の加工によって自然に生成する発がん物質が今後も問題となる。
 消費者が「発がん性」という言葉だけで震え上がらず、「遺伝毒性は?」「含有量は?」と尋ねる段階に進むには、やっぱり事例を知り経験を重ねて行くしかない。そのためにも、企業に「もっと詳しい説明を」と求めたい。企業も消費者を育てる役割がある。消費者も、企業を育てる責任がある。企業からその一歩を! 望むのは理想論すぎるだろうか。

(なお、メッツコーラの特定保健用食品としての安全性評価については次回、解説する)

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