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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

放射線リスクに対処するには、総合的な情報提供と共有、意見交換が必要(上)

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2012年10月18日

 「府省庁有志による放射線講演会事務局」が主催した連続講演会「放射線について『知って・測って・伝える』ために」の第3回講演会が9月26日、都内の会場で開かれた。私は、「放射線影響と食品規制 どう理解しどう伝えるか」というタイトルで講演させていただいた。
 内容は、twitter、togetterで既にまとめてくださっている方がいる。 (togetter1回目、2回目togetter3回目)

 なぜ私があのような場で、身の丈に合わない話をしたか、ということも含めて、2回に分けて報告する。

● 府省庁の有志が、手弁当で連続講演会を企画

 そもそも、この連続講演会のきっかけを作ったのは、農水省の方々だった。放射性物質の測定に関する情報をtwitterで流し続けてきた早野龍五・東京大学大学院教授の講演が以前、“霞ヶ関”の公式行事として開かれたのだが、聴講して「もっと聞きたい」と思った人や、予定があり聞けなかった人たちの間で、「じっくり聞く場を作ろうじゃないか」という話が持ち上がり、「早野先生だけでなく、ほかの方の話も」となったそうだ。

 職員有志による開催が決まり、府省庁の職員と、希望があれば一般市民にも加わっていただき勉強する「連続講演会」という形式に。そして、田崎晴明・学習院大学教授の講演も決まった。田崎先生は、放射線リスクについて、論文やICRPの報告書など原典にあたって、かみくだいてわかりやすく伝える、という作業を原発事故以降、続けられ、その都度、ご自身のウェブサイトで情報提供されてこられた方。その内容は、「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」という文書に結実し、先生のウェブサイトからダウンロードできる。また、朝日出版社から同タイトルの書籍でも発売されている。

 第3回目、なぜ私にお声がかかったのか、正直に言うとよくわからない。食品の放射能汚染は、原発事故とその影響全体から見ると、ほんの一部に過ぎない。にもかかわらず、社会が大騒ぎ、というところがそもそもヘンで、その食品にほぼ特化した形で取材執筆をしている私の話の価値は、どこにあるのか。

 だが、せっかく与えられた機会なのだから、とお引き受けした。

● 放射線リスク以外のリスク、問題を知ってほしい

 田崎先生、早野先生のご講演は大変勉強になり、考えさせられるものだった。田崎先生は、主に放射線リスクをどうとらえたらよいのか、ということについて述べられた。早野先生は、食品の検査やホールボディカウンターによる内部被ばく測定の結果を、どう判断したらよいのかについて、さまざまなエピソード、具体事例を基に説明された。

 ただ、講演終了後のアンケートの結果を事務局に少し見せていただき、実は私はショックを受けた。「勉強になった。さあ、3回目は、こうした内容をどう伝えたら良いか、聞きたいです」と多くの方が意欲まんまん、なのだ。連続講演会のタイトルは「知って・測って・伝える」で、私は情報を伝えるライターなのだから、期待されて当然だったのかもしれない。

 でも、これで官僚の方々に「さあ、伝えよう」と思われてはたまらない、と正直に言って思った。放射線リスクは、多くのリスクの中の一つに過ぎない。それだけを学んで知っても、その重要性は判断できないし、市民に伝えることも無理だろう。特に、官僚の方々には、限られたリソースを何にどのように使うか、という意識を持って、さまざまなことを考え判断してもらわないと困るのだ。

 これまでのお二人のご講演は、非常に深く放射線リスクについて学べるものだった。でも、だからこそ、思考の材料がまだ足りない。なので、意識して放射線リスクにかかわる周辺情報を伝えようと思った。もう一つ、狙いを作った。最近、とても気になっていることなのだが、放射能汚染対策の話題が福島県に集中してしまっている。確かに、同県の原発周辺や一部地域の放射性物質降下量は高く、住民、関係者の苦労は並大抵ではない。

 だが、県内でも降下量の少ないところがあり、他県でも多いところがある。ところが、国のサポートも、民間団体等による支援活動も、世間の関心も、福島県に集中してしまっている。他県でも、多くの問題が起きている、ということを官僚の方々に少しでも知ってもらいたい、と思った。

 具体的には、次の4項目について話した。
(1)今年春からの食品の新基準値の問題点
(2)今、農業現場でなにが起きているのか
(3)食品におけるリスクの比較と優先順位付け、費用便益分析の重要性
(4)情報を伝えるということ、なにが問題だったのか

●茨城、栃木…それぞれの農業者の苦しみ

 (1)の基準値については、本コラムで書いて来た通り、大きな問題がある。その判断は今も変わらない。ただし、基準値導入の「安心感」効果は絶大だったので、「政治家の嗅覚というのもたいしたものだ」という感想を述べた。
 リスク管理はリスク評価という科学だけではなく、経済や技術的な可能性、世論の動向なども検討材料として、方策を決めなければならない。世論の動向をつかむ、という観点では、あの時点での非常に厳しい基準値導入は、結果的には、そして、総合的には、成功だったという見方もあってよいのかもしれない。

 しかし、その陰で、農業現場に大きな苦しみが産まれている。そこで、(2) 今、農業現場でなにが起きているのか、として茨城県の原木しいたけ生産者と、栃木県の畜産農家の状況を伝えた。
 原木しいたけ生産者は、里山のコナラやブナなどを切り出してほだ木にし、菌を植え付けてしいたけを栽培する。切り出してから最初のきのこを収穫するまでに1年ほどかかり、その後もほだ木を続けて使う。3年ほどで7、8回収穫するそうだ。

 原木しいたけは、ほだ木に含まれる物質がそのまま吸収されてしまうので、今回の原発事故を受け、林野庁からほだ木の指標値が出されている。昨年10月の段階では放射性セシウムが150Bq/kgだった。だが、今年4月からは50Bq/kgとなった。茨城県の生産者は「このあたりの里山で伐採して、50Bq/kg以下のほだ木にするのは無理」と断言していた。
 つまりは、里山を利用し恵みをいただき環境を守る取り組みが、続けられない。

 栃木県の畜産農家も、つらさを味わっている。同県の酪農は、北海道に次ぐ生産量。牧草を栽培し牛を飼う「循環型酪農」を目指し、ブランドにもなっている。ところが、放射性セシウムが多めに降下した地域があり、そこでは牧草から放射性セシウムが比較的高く検出されてしまう。

 食品衛生法上は、牛乳の基準値は50Bq。しかし、消費者はほんのわずかでも数値が検出されるといやがり、それが乳業メーカーや流通団体などから無言の圧力となって生産者に跳ね返ってくる。そのため、栃木県の酪農関係者は現在、原乳を「検出せず」にする、と申し合わせている。モニタリング検査で、ゲルマニウム半導体検出器による検出限界値を3Bqとしているので、つまりは3Bqを下回る原乳にする。(栃木県の畜産物放射能モニタリング検査結果

 これを達成するには、牧草が問題だ。牧草など繊維質の多い「粗飼料」の暫定許容値は、1kgあたり100Bq。これ以下であれば、食べさせても牛の出す原乳は50Bq以下となる。でも、モニタリング検査で検出せず、が目標なので、制度上はなんの問題もない牧草も存分には与えられない。

 県が、市町や牧草の種類によっては利用自粛を求めたり、生産者が収穫した牧草を牛に与える前に測定する「給与前検査」を行って、牛に与える量を算出し生産者に伝えたりしている。自給牧草を与えられない分については、酪農家が輸入牧草を購入して与えることになる。
 「今まで、一度だって牧草を買ってやったことはなかった。すべて自給して牛を飼って来たのに」。そんな無念の声が酪農家から聞こえてくる。

 県農政部も、飼料のモニタリング検査や給与前検査、それに、さまざまな農産物を測定して指導したり、個別相談等にも応じるため、ゲルマニウム半導体分析器2台と、NaIシンチレーションスペクトロメータ19台を購入してフル稼働させている。

 酪農家の負担も県の負担も非常に大きい。だが、「検出せず」でないと飲まないと言い張る消費者に応え、官民挙げて努力しないと、せっかくこれまで培って来たブランドイメージが大きく損なわれてしまう。
 風評被害を未然に防ぐ取り組みに要する費用にかんする東京電力との補償交渉は今のところ、難航している。

 これが、産地の現実である。
 厳しい基準値を設定しゼロ志向を推し進めることが、健康リスクを下げ社会や経済などに与えるメリットも大きいのなら、仕方のない部分もあるのかもしれない。だが、そうではない。そのことを示すのが、(3)食品におけるリスクの比較と優先順位付け、費用便益分析の重要性、である。以降については次回、お伝えする。

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