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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

消費者の不安を考慮して、国が自主回収を要請?

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2012年11月16日

 韓国のインスタントラーメンの回収騒ぎが、10月下旬に話題となった。日本にも輸入されて出回っていることがわかり、日本の厚労省は10月26日、自治体に自主回収を指導するように通知し、検疫所でも輸入届出があった時には積み戻しを行うこととした(韓国産即席めんの自主回収指導について韓国産即席めんの取扱いについて)。
 これを受けて、問題となったラーメンメーカーの日本法人、「農心ジャパン」は同日、「ノグリラーメン(袋)の回収に関するお詫びとお知らせ」を出し、回収を告知している。

 問題となったのは、発がん物質ベンゾピレン。韓国では、食品にベンゾピレンの基準が設定されており、問題のインスタントラーメンは、基準値を超えたかつおぶしを原材料に使っていた。
 国内では、食品中のベンゾピレンにかんする基準はない。コーデックス委員会も基準は設けていない。だが、厚労省輸入食品安全対策室は、自主回収を求めた。このことについて、同室は「韓国が回収しているので、国内でもないほうがいい、ということ。消費者の不安を考慮した」と説明している。
 どうも引っ掛かる。ベンゾピレンのリスクについて、考えてみたい。

●ベンゾピレンの基準がある韓国

 ベンゾピレンは、多環芳香族炭化水素類(PAHs)の一種で、国際がん研究機関(IARC)ではグループ1(発がん性があると断定できる証拠が十分にある)に分類されている。本サイトでは、田中伸幸さんの連載「調理と化学物質、ナゾに迫る」で解説されているので、ぜひご覧いただきたい。

 また、瀬古博子さんの連載「今月の質問箱」の「韓国製ラーメンに発がん物質が入っていたっていうけれど?」で取り上げられている。

 朝鮮日報によれば、韓国は食品に基準を設けており、かつおぶしの基準値は10ppb、つまり10μg/kg。ところが、韓国食品医薬品安全庁(KFDA)の検査で、ある業者が生産したかつおぶしから10.6〜55.6ppbが検出され、そのかつおぶしが食品メーカー「農心」などに納入されていたことがわかった。同庁は当初、インスタントラーメンの検査を行ったが、基準値を大きく下回っていたため対策を講じなかった。しかし、議員らが問題視したことを受け、一転して回収を命じたとのことだ。

 韓国は、ベンゾピレンについては今年7月、基準を超えたかつおぶしの流通販売禁止と回収を行っている(畝山智香子さんの食品安全情報ブログ[KFDA]基準・規格不適合“かつおぶし”製品などの流通販売禁止及び回収措置)。また、9月にはごま油も同様の措置がとられた(同[KFDA] ベンゾピレン基準超過‘ごま油’製品流通販売禁止及び回収措置)。
 食品医薬品安全庁は、家庭の炭火焼等でベンゾピレンが発生するのを減らすための注意喚起もしている(同 [KFDA]調理中、自然に発生する有害物質の低減化方法を提供!)。そうした背景もあっての回収なのだろう。

 だが、当然のことながら、リスクの大きさは発がん性の有無だけでなく摂取量によって変わる。インスタントラーメンに使われるかつおぶしの量から考えて、インスタントラーメンのベンゾピレン含有量がごくわずかであることは明らかだ。

 なのに、回収命令が出されたことに韓国のメディアも批判的。朝鮮日報は10月30日付社説で「国民が一生に食べる即席ラーメンを全て問題のラーメンと考えても、ベンゾピレン摂取量はサムギョプサル(豚の三枚肉)を焼いて食べたときに摂取する量のわずか1万6000分の1だということが分かった」などとして批判した。

● 国産食品のベンゾピレン含有量は、結構高い?

 韓国は、トランス脂肪酸の義務表示を行っているし、食品の原料原産地表示の義務化にも熱心。個人的には、リスクの大きさに見合った管理が行われにくい国、という印象がある。
 それはともかく、生産国が回収したから我が国でも、という日本の厚労省の判断をどう考えたら良いのか。なぜならば、日本国内の食品にも、ベンゾピレンが結構な量、含まれているからだ。

 農水省は、「優先的にリスク管理を行うべき有害化学物質のリスト」というものを作り、含有量や摂取量の実態調査をしながら時々、リストも更新して、リスク管理のための監視や指導に役立てている。ベンゾピレンを含むPAHsもこのリストに入っており、プロファイルシートがまとめられている。

 さらに、同省は10月31日、「有害化学物質の含有実態調査の結果をまとめたデータ集(平成15~22年度)」を公表した。
これは、これまでの調査結果8年分をまとめたものだ。そこで、ベンゾピレンを調べてみるとー。

 調査対象となっているのは、かつお削りぶし等(国内で製造・販売されたかつお、まぐろ、さば等のふし又は枯れぶしを削ったもの)50点、固体だし(かつお削りぶし等を風味原料とする固体調味料)16点、液体だし(かつお削りぶし等を風味原料とする液体調味料)34点。かつおぶしは以前から、ベンゾピレンが多いことが知られているため、集中的に調べている。

 その結果、ベンゾピレンはかつお削りぶし等では、最大値200μg/kg、最小値0.16μg/kg、平均値29μg/kg、中央値27μg/kgだった。
 固体だしでは、最大値21μg/kg、最小値0.15μg/kg、平均値5.6μg/kg、中央値2.2μg/kg。液体だしは、最大値11μg/kg、検出限界(0.11μg/kg) 未満31点、平均値0.38μg/kgである。農水省は、データ集の中で「かつお削り節等に、比較的濃度が高いものがあり、製品によって PAHの濃度差が大きいことが分かりました。国内外の情報収集を継続し、低減対策を検討していきます」と説明している。
(データ集のP188から、ベンゾピレンを含むPAHsについて記述されている)

 つまり、日本のかつお削りぶし等のベンゾピレン含有量は、この調査結果を見る限り、多くの製品が韓国の基準である10μg/kgを大幅に上回っている。

 日本では、だれも気にせずに日本製のかつおぶしを食べ、かつお出汁のうどんやそばを食べている。そして、これらの食品からの摂取量は、直火で調理する焼き鳥、焼き魚などによるベンゾピレンの生成と摂取に比べて決して多くないこともはっきりしている。ところが、韓国の論法に習い、さらに韓国に同調して厚労省が自主回収を命じた論法に従えば、日本のかつおぶしやかつお出汁は韓国では、「恐怖! 日本製発がんかつおぶし」「日本のインスタントラーメンは、発がん物質入り」などと新聞や週刊誌に書き立てられても仕方がない。

 「よその国が回収したものを国内で売るわけにはいかない」という厚労省の今回の行政判断を、理解できないわけではない。でも、ベンゾピレンのリスクに関しては非常に低いと見られるインスタントラーメンの自主回収を厚労省が要請したのは事実である。それを伝えるマスメディアを見聞きして、大勢の人たちが「韓国のインスタントラーメンは危ない」と思い、その一方で、それよりはるかにベンゾピレン含有量が多い国内食品がごまんとあり食べている、という現状をどう考えたらよいのだろう。

 「消費者の不安を考慮」することは、どこまで可能なのか。どこまでなら許されるのか。違う物質、別の国で同様なことが起き、日本に輸入されていた時に、同じように不安を理由に国産ならまったく問題のない食品に対して、自主回収を要請するのか。
 消費者は、発がん物質のリスクの評価や管理にかんする考え方をあまり知らない。自主回収を要請するにせよ、もっと説明しておかないといつか、「日本食品は危ない」と日韓両国やほかの国の国民に言われてしまうのでは? 私の杞憂であればよいのだが。

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