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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

適正消費者規範をつくろう〜『お母さんのための「食の安全」教室』刊行に寄せて

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2012年12月20日

 先日、『お母さんのための「食の安全」教室』という本を女子栄養大学出版部から出した。私は、同出版部が出している月刊誌「栄養と料理」で2008年から連載しており、それを大幅に加筆修正してまとめたものだ。

 タイトルは、編集者から提案を受け、私も納得して決めた。以前だったら、おそらく「うん」とは言わなかったと思う。「食の安全」を考えるのはなにも、お母さんだけではない。お父さんだって、おじいさんだって、みんなで考えなければ。なのに、わざわざ「お母さん」とうたうのは、ジェンダーバイアスにとらわれているからではありませんか? そう、編集者に問いかけたかもしれない。

 今回は、これがいい、いい提案だ、と感じた。それはやっぱり、福島第一原子力発電所事故後、食品の汚染を心配し、混乱したのはどちらかといえば女性、それもお母さんが多かったように思えたからだ。事故以降、おそらく50〜60回ほどは講演したと思うが、女性が多く聞きに来てくださり、終了後に「小さい子どもがいるのですが、○○は大丈夫ですか?」と尋ねられることがしばしばだった。
 そうしたお母さんたちにまずは、本を手に取ってもらいたい、と考えた。

 では、お母さんたちになにを伝えたいのか? それは一言で言うと、もっと幅広く食のことを知ってほしい、ということに尽きる。
 この1年半あまり、原稿を書いたり講演をしたりする中でわかってきたのは、「放射線のリスクに適切に対処するには、ほかのリスクも理解してもらわないことには始まらない」ということだった。放射線リスクを心配するあまり、昆布ばかり食べたり、味噌汁を何杯も食べたり、あるいは牛乳を豆乳に切り替えてみたり。どれも、雑誌やテレビなどで紹介されていた方法だが、「いや、それをした方が、リスクが上がりますよ」というようなことを、律儀に実践している人が多かった。

 食品は、加工されておらずたとえ農薬や食品添加物を使っていなかったとしても、重金属や微生物、発がん物質等々、さまざまなリスクがある。ごく一般的な加熱調理によって、菌は死ぬけれども、わずかに発がん物質が生成する、というようなトレードオフも当たり前に起きる。
 だから、「放射線にはこれが効くから」という極端な食事は、往々にして別のリスク上昇に結びつきやすい。たとえば、子どもが、豆乳を牛乳のように飲んだら、イソフラボンの摂取量増加につながってしまう。

 食品安全委員会は、イソフラボンについて「妊婦と胎児、乳幼児及び小児には、日常の食生活に上乗せして摂取することは、推奨できない」としている。
 豆乳は、「牛乳の代わりに」と勧めてよい食品ではないと私は思う。そもそも、栄養価も違う。放射性物質を心配し、検出限界が数Bq/kgで測定されて常に「検出せず」の牛乳を忌避して、その代わりに豆乳を飲め、だなんて勧めるのは無責任だ。

 放射性物質を心配するなら、ほかのことも合わせていろいろ心配して、知って対処したほうがいい。そうでないと、家族の健康を守ろうとして、逆に間違った方向に進んでしまうよ!
 お母さんたちを見て、そんなふうに思った。だから、さまざまなリスクの要因を、あえて浅く広く解説する「食の安全教室」とした。

 今のご時世、関心の高い放射性物質の解説を第1章とした。その次は、地味だがリスクが高い病原性微生物の話。その後に、農薬や食品添加物等も解説しているが、複合毒性や中国産食品など、興味を持たれそうなテーマもとりあげている。

 具体的な事例をたくさん並べた後に、やっと「リスクとは?」の説明。さまざまなリスクの比較、リスクのモノサシを持つ意味についても語り、最後に書いたのが、本コラムのタイトルにも挙げた「適正消費者規範」である。

 GMP(適正製造規範)やGAP(適正農業規範)など、製造者、事業者が守る規範はさまざまある。では、消費者は? 不幸なことに、消費者自身には、「あるべき消費者像」がよくわからない。「規範」もだれも決めてくれない。GMPやGAPは、必要性に迫られた産業界がさっさと進んで、科学者がリードして「きまり」ができたが、消費者は今、なにをしたらよいのか、なにを起点にしてどう考えたら良いのか、よくわからなくなっている。

 そのため、消費者が知らないうちに自ら、リスクを引き寄せるようなこともしてしまっている。それが、放射性物質の対策であったり、健康食品の宣伝を鵜呑みにした購入であったり、だ。それほどおおげさなことでなくても、食品が生産者から店頭まで、しっかりと管理されてフードチェーンを運ばれて来たのに、消費者の手に渡った途端に管理が悪くなり、腐敗したり品質が損なわれたり、ということが日常茶飯事で起きている。

 「だったら、消費者自身で規範をつくろうよ」「事業者に要求するだけでなく、消費者も変わろうよ」「みんなで食を見直し、大事にしようよ」というのが一部の生協などからわきあがってきた声である。適正消費者規範をつくる運動がこれから、動き出す。消費者が、要求するだけでなく学び、変わる。
 私も、これから参画して行きたい、と思っている。そのことを、最後に書いた。

 「お母さんのための」とうたいながら、リスクの比較あり、適正消費者規範の提唱あり、で、実はかなり骨太の内容、と自分では思っている。だから、本当はお父さん、そして、お父さんやお母さんでない方々にも、手にとってもらいたい。事業者の方々にも読んでいただきたい。たぶん、お役に立つのでは、と思う。
 読んでご意見をいただければ幸いです。

<『お母さんのための「食の安全」教室』参考文献リスト>

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