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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

遺伝子組換えサケ、あなたはどう思う?

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2013年1月11日

 食卓にあがる世界初の組換え動物になるのではと、昨年末からアメリカのメディアを賑わせているのが、遺伝子組換えサケ(アトランティックサーモン)だ。アメリカ食品医薬品局(FDA)が昨年12月21日、環境アセスメントにおいて、組換えサケが自然に対して重大な影響はもたらさない、とする結果を発表した。(FDAのページ)

 FDAはこの組換えサケについて2010年、食べても普通のサケと同様に安全とする評価を公表している。したがって、今後は環境アセスのパブリックコメントを経て、最終的に食品として承認するかどうか、決定するステップに差し掛かることになる。

 この組換えサケは、別種のサケが持つ成長ホルモンの遺伝子が導入されており、成長スピードが2倍程度早いとされている。組換えされた大型のサケと、同年齢の小さい非組換えサケが並んだ写真が掲載されるため、組換えサケはばかでかい、と思っている人がいるが、成魚の大きさ自体は変わらない。

 組換えサケ養殖の流れはこうだ。カナダのプリンスエドワード島にある施設で、すべてメスの三倍体になるように処理して発眼卵(眼がはっきりとわかるようになった卵。輸送しやすい)に成長させ、パナマに輸送し内陸に設置したタンクの中で大きく育て商品化する。三倍体というのは、染色体を3セット持ったもので、メスの魚では不妊となり卵が作られなくなるためにその分のエネルギーが肉の成長に向かい、大型になり肉質もよくなる。この全雌三倍体にする手法は、遺伝子組換えとは関係がなく、効率よく魚を大きくするために用いられる通常の養殖技術だ。

 つまりは、ごく一般的な養殖技術に遺伝子組換えも用いて開発されたのが、今回の組換えサケということ。開発したAquabounty社は、成長が早く非組換えサケより少ない飼料で養殖できるので、環境に良いと主張する。たしかに、魚は、欧米でもDHA等、体によい成分が含まれ肉に比べて健康的と推奨され、人気を集めている。中国の人口増も手伝って世界的に消費量が増えており、一方で海の資源の消耗が懸念され、養殖に期待がかかっている。それに、養殖は天然食用魚よりも重金属汚染のリスクが少ないというメリットもある。

 FDAは、この組換えサケの環境アセスを行った結果、内陸で養殖し、しかもメスで不妊化しているので、逃げ出して野生のサケと繁殖して自然に影響を及ぼすリスクはきわめて低い、と結論づけた。ただし、これはプリンスエドワード島とパナマでの養殖に限られる。ほかの条件、たとえば野生のサケがいる地域の近くでの養殖等についてはまた別の検討が必要というのが、FDAの見解だ。

 さて、社会の反応は?
 遺伝子組換え作物を大量に栽培し、消費し輸出しているアメリカだが、さすがにこのニュースは市民にインパクトを与えたらしい。科学者フランケンシュタインが人の体をつなぎ合わせて怪物を作った小説にちなんで、「フランケンフィッシュ」などと表現するメディアも出ている。FDAが文書を公表してからもう20日たったが、今も報道が続く。

 2010年に食品としての安全性にかんする評価結果が出たときも大騒ぎで、やっぱりフランケンフィッシュという言葉が使われた。このときには、アラスカ州がFDAに検討を中止するように要望までして、Aquabounty社は誤解を解くべく説明している
 この2010年から11年にかけての騒動が、アメリカでの遺伝子組換え表示を求める運動の引き金を引いた、とみる識者も多い(宗谷敏さんのGMOワールドII「2010年4月~2011年3月のラフスケッチ(上)」参照を)。

 したがって、2013年のアメリカは、組換えサケ問題と表示義務化運動が複雑に絡まり合い、大揺れになるだろう。

 気になるのは、今回の環境アセス案の公表時期。ウェブサイトに出された文書は、2012年5月4日の日付である。FDAが約7カ月も“塩漬け”にしていたことが明らかとなって、賛成派、反対派の双方に波紋を呼んでいる。Natureニュースは「今年は大統領選の年だったからね」という市民団体のコメントを紹介している。

 アメリカの「フランケンフィッシュだ」という反応を記事等で見ていると、ホワイトハウスが大統領選前の公表を渋った、という説もうそではないだろう、という気がしてくる。やっぱり、主に飼料になるトウモロコシやダイズと、テーブルミートは反応が違う。アセス案の文書は、かなり細かくさまざまな項目を検討してあるが、いくら科学的には普通のサケと同等に安全とか、環境影響なしと言われても、「だって、気味が悪いんだもん」と嫌悪感が露骨に出ている記事などが多いように感じられる。

 そこで思い出したのが、2010年11月、学術誌「Science」に掲載されたDuke大の研究者の意見だ。

 FDAの食品安全性にかんする評価が公表された後に出されたもので、「FDAのリスクアナリシスのスコープは狭すぎる。もっと広げて、フルインパクトを評価しないと」と非難している。具体的には、安価な組換えサケが大量生産され消費されるということは、肉の消費量が減るかもしれず、健康へプラスになるかもしれない。環境影響だって、養殖場の廃棄物による汚染にも違いが出てくるだろう。FDAは遺伝子組換え動物の評価において、リスクとベネフィット、プラスとマイナスの影響をもっと広く検討すべきではないか。なのに、組換えサケと非組換えサケの比較しかしていないのだから、とんでもない、という主張だ。

 2年前に一読して、なぜ遺伝子組換えだけこんなに幅広く評価しなければならないのか、よく理解できなかった。ほかの品種改良では、こんな評価や予測は行われていない。それだけ、遺伝子組換え技術により高ポテンシャルで安価な食品が作り出される、という期待が高い、ということなのかもしれないが、遺伝子組換えだけここまで特別な規制を要求されては、いくらお金があっても足りないだろう、これは不公平だ、というのが感想だった。

 ただ、影響を狭く考えない方がいい、という意見には同意する。単に、非組換えサケの消費が、組換えサケに置き換わるだけにとどまらない動きが、やっぱり出てくると思う。

 そうした議論がこれから、アメリカでも盛んに行われるのではないか。アメリカで組換えサケが認可されたら、日本でも輸入の可能性やその場合の規制、表示など検討する必要が出てくるだろう。おそらく、これからもアメリカで相当な紆余曲折があり、すぐに日本でどうこう、という話にはならないと思うが、慎重に見てゆきたい。

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