ホーム >  専門家コラム > めんどな話になりますが… > 記事

めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

無責任な「6次産業化」が、心配

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2013年2月15日

 農水省や都道府県など自治体は、農林漁業生産者が加工、販売まで手がける「6次産業化」の推進に今、余念がない。

 加工して販売する、ということは食品衛生、リスク管理に対しても責任を持つ、ということ。だが、そんな情報が生産者には届いていないのでは、と思う場面にしばしば出くわす。「新たな産業創出」なんてきれいごとだけではないはずだが、加工を手がける生産者はその厳しさをわかっていないように思える。直売所の加工品、大丈夫だろうか?

 そんなことを最近強く思うのは、昨夏の浅漬けによる腸管出血性大腸菌食中毒事件の教訓が、農業現場に浸透していないからだ。このところ、普及指導員や生産者の方々に講演する機会がいくつかあり、その度に「浅漬け事件、自分たちの問題としてとらえましたか?」と問いかけるのだが、反応がはかばかしくない。

 昔の漬物は高塩分、しかもしっかり乳酸発酵させて、病原性微生物を制御していた。だから、消費者も漬物業者も生産者も「漬物は安全」と思い込んでいた。しかし、今の浅漬けは野菜をさっと、薄い塩分の調味液に漬けるだけで、ドレッシングをかけたサラダと大差ない。菌の制御が「漬ける」という行為ではできない。そのことを理解して、病原性微生物をしっかり除去しないと大変だ。

 だから、厚労省は漬物の衛生規範を改正して、浅漬けについては塩素消毒を明記した。(厚労省・浅漬の衛生管理について~漬物事業者の食中毒予防対策)

 ところが、そうした情報、なぜ管理しなければならないか、という情報が、農業生産者のところまで降りていない。そして、直売所には浅漬けが並んでいる。

 農業部門で働く指導普及員の方々に「伝えましたか?」と問うと、「保健所がたしか、講習会を開いたと思いますが」という返事。たしかに、厚労省の衛生規範改正は保健所マターだが、縦割りで「私たちに関係ない」はあまりにも無責任だ。「6次産業化を進めるなら、そんな情報を普及指導員から伝えてもらわないと」と強く言うことになる。

 別事例もある。今日行った民間の直売所では、「健康にいい野菜なのだから、粉末にして加工品にしたい」というような提案を生産者からよく受ける、という話を聞かされた。
 思い出すべきは、アマメシバだ。厚労省が2003年にプレスリリースしている。マレーシア等で普通に食べられていた野菜、アマメシバを加熱殺菌し粉末にしたいわゆる健康食品を食べた女性が健康被害を訴えた事例である。

 生鮮で食べられる量だと問題がないが、粉末や錠剤、ジュースなど、「通常の方法と著しく異なる方法」により食べた場合、摂取量が著しく増え中毒につながるとして、これらの加工食品は禁止となった。
 厚労省が詳しいQ&Aをまとめている。また、国立健康・栄養研究所が報告を出している。

 この直売所は、提案をとりあえずは断ったのだという。なにか引っ掛かって断る、という判断はとてもいい。でも、普通に食べられる野菜でこうした問題が起きうるというこの事例を、直売所の方はご存知なかった。

 農産物を加工するのだったら、必ず知っておかなければいけない話だと思うが、これも厚労省マター。生産者や民間直売所だけでなく、普及指導員、JA職員の方々も、知らないことが多い。
知らないまま、「6次産業化をして、どんどん売りましょう」と言っているのだから、見ているこちら側の方が、冷や汗が出てくる。

 もちろん、気付いている人たちもいる。私の親しい普及指導員は、こう言っていた。「食品加工は多くの投資が必要で、農家が多角化の一環でできるほど気軽なものではない。衛生面でも、以前よりずっと厳格な管理が求められる。もともと、その業界にプロがいるのに、原材料を栽培しているからという理由だけで新規参入するのは、収益性を考えても得策ではない」。でも、こんな声は決して大きくない。

 よい加工食品を開発できて当たれば、農産物の販売に比べて飛躍的に大きな儲けにつながる。だが、その裏側で必要な衛生管理、設備投資、責任の重さ……。そんなことは伝えられず、力ある生産者の成功事例だけが新聞やテレビで報じられ、農水省がPRする。生産者のだれもができそうな雰囲気が作られ、冷静な見方が表に出なくなってしまっている。

 本気で産業化を推し進めるのなら、食品のリスクに対する知識をしっかり持ってほしい。指導する側も、縦割りを飛び越え情報収集し、しっかりと伝えてほしい。生産者も、食品事業者としての自覚を持たなければならない。「天然自然だから安全」とか、「伝統製法だから健康的」などと言わないでほしい。

 残念なことに、まだこうした気分が農業現場には色濃く残っている。農水省からして、「日本食文化の世界遺産化プロジェクト」を展開中だ。「我が国には、多様で豊富な旬の食材や食品、栄養バランスの取れた食事構成、食事と年中行事・人生儀礼との密接な結びつきなどといった特徴を持つ素晴らしい食文化があり、諸外国からも高い評価を受けています。」と書く。

 高塩分、ヨウ素や無機ヒ素の摂取量が多いこと、生食への警戒感が薄いことなど、日本食が持つ欠点は、その資料にはまったく出てこない。

 はっきり言って、厚労省などの関係者から笑い者になっている。それだけならいいが、生産者や消費者が「自分たちの食は素晴らしい」と頭から思い込み、リスクへの視点を失ってしまうのが怖い。
 食文化とリスク。一見、別の事柄のように見えて、重なり合う。欠点から目をそらし改善に向けない姿勢が、現場の緩んだ雰囲気につながってしまう。

 当事者に情報を届けぬまま、浮かれる農政。その犠牲になるのは、情報、知識がないまま加工品を作る生産者であり、食べさせられる消費者ではないか。

⇒ めんどな話になりますが…記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。

お知らせ

FOOCOM会員、執筆者がかかわる催し、講演(10/17)
<FOOCOM事務局よりのお願い> 「FOOCOM.NET」にアクセスいただきありがとうございます。私たちは201…【全文を読む】
FOOCOM お役立ちリンク集