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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

消費生活センターを、ゆがんだ情報提供の場にしないために

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2013年3月22日

 消費生活センターは、消費者が悪質な事業者などに騙されないように相談に乗ったり調査したり、情報を提供したりする大切な役割を担っている。ところが先日、東京都多摩消費生活センターで、誠に残念な情報提供が行われてしまった。遺伝子組換えなどの表示についてのシンポジウムがあったのだが、科学的に極めて問題のある内容が一方的に流され、その問題点を消費生活センター職員が指摘せず黙認してしまったのだ。なにが問題だったのか、考えてみたい。

乳がんのラット写真の大迫力

 その催しは、3月8日に同センターで開かれた。「消費者団体等連携講座シンポジウムin多摩 〜遺伝子組換え食品から考える〜自由に食品選択ができるために」と題したものだ。

 まず最初に宮田満・日経BP社特命編集委員が基調講演を行い、遺伝子組換え食品の解説、意義等を語った。その後にパネルディスカッションがあり、宮田氏のほか天笠啓祐・市民バイオテクノロジー情報室代表、神田敏子・元全国消費者団体連絡会事務局長が登場し、意見を述べた。

 多くの人がご存知のように、宮田氏は遺伝子組換え技術支持派、天笠氏は反対派、である。両方の意見を聞くのは大事なことなのだが、非常に残念だったのは天笠氏の情報提供である。

 天笠氏は遺伝子組換えの問題点の根拠として三つの文献を上げた。一つは、アメリカ環境医学会のポジションペーパーと、カナダ・シャーブルック大学の研究者による論文、それにフランス・カーン大学の研究者による論文である。

 遺伝子組換え食品は、免疫システムに影響がある/生殖や出産に影響がある/妊娠中の女性ほど、毒性物質の蓄積度が高い——等々を説明したが、こうした特定の研究の主張のみで論旨を展開するのは科学的とは言えない。特定の研究者が一つの論文を基に「危ない」と主張しても、追試などで検証されたうえで否定されることがしばしば、だからだ。
 実際に、天笠氏のあげた文献には批判が多い。だが、天笠氏はそうした批判に触れなかった。

 とりわけ問題だと私が思ったのは、3つめのフランス・カーン大の研究の紹介だった。分子生物学のGilles-Eric Séralini教授らによるもので、昨年9月に「除草剤耐性トウモロコシNK603を2年間にわたってラットに与えたところ、乳がんや脳下垂体異常、肝障害などになった」とする論文を学術誌で発表し、大きな乳がんができたラットの写真も公開した。欧米の一般メディアはこぞって報じ、フランスの首相も「研究が確かなら、欧州全土での禁止措置を要請したい」と発言した。

 NK603は米国やEU、日本で安全性評価が行われ、「問題がない」として認可されている。それが発がん性あり、というのだから、本当であれば一大事だ。しかし、この研究は発表後、すぐさま多くの研究者から反論が上がった。実験がさまざまな条件を満たしておらず、信用に値しない、というのだ。科学者らが次々に実験の欠陥を明らかにして、最初は騒いだマスメディアも急にトーンダウン。最終的に、EUで食品の安全性についてリスク評価を行う「欧州食品安全機関」(EFSA)が11月、「実験設計と方法論の深刻な欠陥があり、許容できる研究水準に達していない。したがって、これまでのNK603のリスク評価を見直す必要はない」という見解を明らかにした。6つのEU加盟国も独自に評価して同じ結論に達した。フランス政府も結局、動かなかった。

(一連の経緯は、Foocomでは宗谷敏さんが連載「GMOワールドII」で2回にわたって書いている。)
(私が連載しているWedge Infinityのウェブコラム「食の安全 常識・非常識」でも、若干の解説をしている。)

 ところが、この内容が天笠氏の手にかかると、こうなるのだ。

 「フランスのカーン大の動物実験例は、去年9月に発表され、ヨーロッパと世界に大きな衝撃を与えました。そのため、欧州食品安全庁とかフランスの安全審査の見直しが、かなり進められています。遺伝子組換え食品は、動物実験が義務づけられていません。動物実験でいろいろ影響が出てくると問題だ、ということです。

 除草剤耐性トウモロコシを用いて、ラウンドアップがかかったものを2年間与えました。長期実験は行われたことがなかったので、初めての実験です。その結果、寿命が短縮しました。メスは、乳がん、脳下垂体異常、オスは肝機能障害、腎臓の肥大、皮膚がん、消化器系の悪影響があらわれました。じつは、このカーン大の実験は、最初から最後まで撮影、公表される仕組みで、映画になっておりまして、もしよろしければ、見ていただければ、と思います。今年6月から、世界が食べられなくなる日という映画です」

 こうした話を、大きくふくれた乳がんのラットの写真をスクリーンに大写ししながらするのだから、迫力満点だった。

だれが何を主張しようと自由だが、誠実さはどこへ…

 この情報提供、どうだろう? 私は、自身に都合の良い、ことの顛末の前半部分しか語らない行為は、集まってきた人たちに対して誠実ではない、と考える。前半だけを語ることで「遺伝子組換えは危険だ」となる。しかし、EFSAという欧州の権威あるリスク評価機関や各国政府機関が実験結果を否定した、という後半の情報を付け加えれば、「慎重に受け止めよう」となる。それは自明のことだ。

 たしかに、この騒動を機に、EFSAはリスク評価における透明性を高めようとしている。NK603のリスク評価に用いられた詳細なデータを公開し、それ以外のリスク評価で取り扱われたデータについても、科学コミュニティや市民団体などにとってアクセスしやすいものになるように、方法を検討し始めたのだ(EFSAのプレスリリース)。そういう意味では、「見直しが進められている」はウソではない。が重要な事実を伝えていない。

 天笠氏の話は明らかに、意図的であったと思う。しかし、だれがどのような主張をしようと自由である。その権利は保証されなければならない。それに、このセミナーでは、宮田氏には基調講演として1時間が提供されたが、パネルディスカッションで天笠氏に同じだけの時間が与えられたわけではない。聴衆に提供できる情報の量は限られており、天笠氏がどの部分を省こうと勝手である。

 実のところ、特定の論文内容について一般市民に公正に伝えるのは、けっして簡単なことではない。実験条件等をすべて市民に解説するのは無理。結局、かいつまんで説明し結論を示すしかない。そして、それに対してさまざまな評価があるのは、どの論文も同じことで、賛同者も批判者もいる。論文研究を紹介したときに、いちいち「この論文には、こうした賛成意見がある。批判がある」と説明するわけではない。

 ただし、今回の場合にはSéralini教授らの実験結果を、公的機関が完全に否定する見解を出している。これを無視するのは、批判されてしかるべきだろう。ましてや、不備が指摘された実験の結果である、乳がんができて悲惨な状態になったラットの写真など、一般市民に見せて説明するべきではない。

 問題は、こうしたゆがんだ印象操作の場を、都の消費生活センターが堂々と提供してしまったという事実である。
 天笠氏に対して、宮田氏がディスカッションで「実験は追試が行われていない」と指摘した。しかし、都の職員による補足説明や修正はなかった。おそらく、会場で私を含め何人もの人々が「EFSAにかんする情報提供をしたい」と考えたと思うが、ディスカッションは会場からのヤジが激しく、そうした発言をできる雰囲気ではなかった。都職員は、ヤジを諌めることもしなかった。

消費生活センターの役割は…

 消費生活センターは、さまざまな悪質商法から消費者を守る役割がある。多摩消費生活センターは、住民からの相談受付は行っていないらしく、消費者学習や情報提供が主要業務のようだ。だからこそ、消費者に提供する情報の吟味を、都自身が責任を持ってやってほしかった。天笠氏の話した内容は、そのほかにも遺伝子組換え微生物等についても事実誤認があった。あのシンポジウムに参加した人たちの多くは、その間違った情報を信じ込んだままなのである。

 消費生活センターは、両極端の論者を揃えて言いたいことを言わせれば、消費者の自由な食品選択につながる、と考えたのだろうか。食品の科学は簡単ではない。シンポジウムを都の責任において開催するからには、職員が補足説明し、適正な情報提供に近づけてほしかった。消費生活センターの職員では無理、ということであれば、食品衛生の担当部局や都健康安全研究センターの職員のサポートがあってもよかったのではないか。

 一言付け加えれば、遺伝子組換え支持派の宮田氏の基調講演とパネルディスカッションでの意見に、私は賛同できなかったし、集まった消費者への説得力もなかったと思う。宮田氏の肩を持って、天笠氏を批判しているのではない。シンポジウムの演者には、自由に情報提供する権利がある。しかし、開催した消費生活センターはあまりにも無責任ではなかったか、と思うのだ。

 だが一方で、消費生活センターに同情すべき点が多々あることも知っている。こうした事例は実は、少なくない。消費生活センターの職員の多くは、食品について詳しくない一方で、消費者の関心は高く、充実した情報提供を求められ苦しんでいる。
 多くの場合、一部の職員の個人的な努力が活動を支えている。私も、消費生活センターに呼んでいただいて講演することがたまにあるが、詐欺商法対策などを主要業務としながら、その傍らで食品のリスクについて情報収集し学んでいる職員の姿を垣間みて、その負担と努力の大きさに驚くことがしばしばだ。

 だれにでもできることではない。その結果、残念なことに、「消費者のため」と称しながら、科学的には間違いだらけの主張をする評論家や市民団体の代表等を招いて講座を開いてしまう消費生活センターも目立つ。そして、市民は「消費生活センターは市民の味方」と思っているので、その情報がより強い信憑性を持って市民に届いてしまう。

 せめて、自治体の中で食品衛生担当部局と消費生活センターの連携を充実させ、科学的事実の提供に努めることができないだろうか。消費者庁や食品安全委員会は、消費生活センターの職員向けの講座や情報提供をもっと手厚くするべきではないだろうか。
 消費者の悩み、苦しみの最先端に、消費生活センター職員はいて対応している。だが、サポートがあまりにも少ない。それが、今回の東京都多摩消費生活センターのようなゆがんだシンポジウムにもつながってしまうのではないか。そう思えて仕方がない。

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