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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

生のジビエ料理なんて紹介しちゃダメ! 週刊文春さん

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2013年4月1日

 先々週、先週と、「週刊文春」が “中国猛毒食品”の告発キャンペーンをしている。3月28日号と4月4日号。この後も続くらしい。
 週刊文春は数年置きにこのキャンペーンをやるが、中国に対する反感が強まっている時期だと、やっぱり売れ行きが伸びるのだろうなあ。タイムリーにカンフル剤を使う、という感じでしょうか。
 どれどれ、と読んだが、書く手法が以前と同じ。古い、手あかにまみれた“トリック”が使われている。

 なんだか情けなくなりつつ、ほかの記事を読み進めて、3月28日号のエッセイにぶち当たった。驚愕! とてつもなく危ない食品が「とろーんとまろやか」などと堂々と紹介されていた。鹿料理なのだが、生の刺身、レバー、ハツ、脳みそなのだ。これらの怖さ、はっきり言って、中国産の比ではない。大丈夫か? 週刊文春。

 問題のエッセイは、著名なエッセイストの平松洋子さんの「この味」という連載。この回は「オー脳」というタイトルだ。
 偶然見つけたジビエ料理の店に5人で入って、鹿の刺身のほか、「脳・レバー・ハツ 三種盛り」2700円なり、を食べたという。ジビエというのは、狩猟でとった野生の鳥獣肉のこと。書きぶりから言って、三種盛りも生らしい。
 エッセイの中で、鹿の刺身は「んーおいしい」「キメが細かくて、くせがない。鹿肉って甘いねえ」だそうだ。レバーはとろーんとまろやか、ハツはこりっと軽快な歯ごたえ、脳みそは「とくに味はなく、もっちゃりねっちりとしたとろみが舌に絡みつく」と表現されている。

 うーむ。エッセイの書き出しが「書くのがためらわれるというか、思い出すのがコワイというか」で始まっている。いやいや、社会的責任として、こんなエッセイを書いてはいけない、と私は思う。

 では、生の鹿料理、なにが怖いか。やっぱり、一番はE型肝炎だろうか。
 E型肝炎は、ウイルスによって引き起こされる急性肝炎。ウイルスに汚染された動物を食べたり水を飲んだりすることで感染することが多いとされている。2003年に兵庫県で野生の鹿の生肉を食べた2家族7人中4人が6〜7週間後、発症した。このケースは、食品がE型肝炎の原因となることが確認された世界初の事例だったそうで、かの有名な学術誌「Lancet」でも報告されている。

 E型肝炎については、厚労省の通知が詳しい。鹿の感染率(E型肝炎ウイルス抗体保有率)も、サンプル数は少ないものの調査されていて、3%程度はあるようだ(兵庫県森林動物研究センター資料

 次に気になるのは、やっぱり腸管出血性大腸菌。山形県では1997年、北海道でとれたエゾシカをもらい、生で食べた人たちの感染事例が報告されている。2007年には茨城県で、生で鹿肉を食べた人たちの食中毒事故が報告されている

 腸管出血性大腸菌が、死亡や重い後遺症をもたらす非常に深刻な食中毒につながることは、2011年のユッケ事件でご承知の通りだ。鹿肉に限らず野生の獣肉は、カンピロバクターやサルモネラ菌など、ほかの菌にも汚染されている可能性が高い。寄生虫がいる場合もある。E型肝炎ウイルスにしても、菌、寄生虫にしても、しっかりと加熱すれば問題はなくなる。

 「新鮮だったら生でも大丈夫」「きちんと処理すればいい」というのは、おおいなる勘違いで、E型肝炎と鮮度はなんの関係もない。それに、腸管出血性大腸菌は体の中に菌が数個入っただけでも発症する可能性がある。新鮮であっても菌がわずかでも付いていればリスクは非常に大きい。
 魚介類を生で食べられるのは、魚介類に付きやすい菌やウイルスが、鳥獣に付くものと種類が異なり、比較的、毒性や影響力が弱いものが多いから、というだけのこと。野生の魚と野生の獣を一緒にしてはいけない。野生の獣を生で食べるだなんて、怖いもの知らずもいいところだ。

 残る脳みそは……。脳みそと言えば、牛海綿状脳症(BSE)である。プリオンという、異常になったタンパク質が、牛の脳や脊髄などで増え続けて深刻な症状を引き起こす。この牛のプリオンを人が食べて起きるのが、変異型クロイツフェルトヤコブ病である。治療のすべがなく、感染すると亡くなってしまう。感染しない方法はただ一つ。プリオンを食べないことである。このプリオンは、加熱しても活性が変わらず、調理で避けることはできない。だから、あれだけ大騒ぎして、BSE対策を講じたのだ。

 このプリオンが原因となる病気は、実は牛や人だけではなくほかの動物でもいろいろと確認されていて、まとめて「プリオン病」と呼ばれている。羊やミンク、それにアメリカではオグロジカやオオシカで確認されている。今のところ、牛以外の動物から人への感染は確認されていない。おそらく「種の壁」が高いのだろうと考えられているけれども、プリオン病はまだわからないことが多いので、やっぱり注意が必要だ。
 アメリカでは結構な頭数の鹿の感染が確認されていて、関心が高い。社団法人エゾシカ協会のウェブサイトでも紹介されている。

 日本の鹿では今のところ、プリオン病は確認されていない。が、いたとしても鹿の大規模調査など行われていないし、野生の鹿がプリオン病を発症して少しでも弱ったら、あっという間にほかの生物の餌食になってしまい、確認は難しいのではないか。
 さて、こんな情報を知ったうえで、鹿の脳みそ、あなたは食べますか? 私はノーである。

 鹿やイノシシなど野生獣をおいしく食べようと産業振興に取り組み、「信州ジビエ衛生管理ガイドライン・衛生マニュアル」も策定している長野県のウェブページ
を見てほしい。なぜ、加熱して食べなければならないかが、詳しく説明され、指導されている。鹿のプリオン病の記述もある。こちらの資料は、人畜共通の疾病が表になっていて、わかりやすい。

 「ジビエ、生で食べてはいけない」というのは、食の安全業界のまあ、常識だ。昨年、中国地方でイノシシや鹿の狩猟をする方々と出会いごちそうになったけれど、彼らも「昔は肉やレバーを生で食べてたけど、今は食べない。感染が怖い」と言って、よく焼いて食べていた。もちろん、脳には手は出さない。
 でも、都会の店はご存知ないらしい。個人が好きで食べるのを止めるのは難しい。エッセイに書くのも言論の自由である。
 だが、お金をとって客に出す店には、安全を確保する義務がある。そして、内容の問題点をチェックできずに掲載した週刊文春の社会的責任は……。

 やっぱり、これはまずいでしょう。この原稿を書きながら、背筋がゾクゾクしてきた。それくらい、このエッセイは危ないんです! そんなこともわからない雑誌が特集する「中国猛毒食品」。信じますか? こちらの記事もなんともまあ、ひどい。次回は、こちらのトリックを解き明かしましょう。

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