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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

Ustream中継で、栄養疫学を学ぼう

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2013年5月30日

 「東京栄養疫学勉強会」の今年度の春季会が6月1日(土)10時半から、お茶の水女子大学で開かれる(勉強会ウェブサイト。配布資料などが公開されている)。
 東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻で、社会予防疫学分野を担当する佐々木敏教授の指導の下、大学院生や栄養行政の担当官などが全国から自主的に集まり学ぶ勉強会だ。受講定員は40人で、1日かけて講義を聴き演習を行う。
 昨年度は4回開かれ、今年度はこれが第1回目。とても密度の濃い勉強会で受講希望者が多く、でも、演習もあるので定員を増やすことは難しい。そこで今回、勉強会の前半部分、午前中の佐々木教授の講義が、Ustream中継されることになった。

 なんと嬉しいことか。インターネットを使って、大学院生だけでなく、市民にも学ぶ場を広げていただけるのだ。ぜひ、ご覧になることをお勧めしたい。資料を見ると、研究者への第一歩を踏み出す大学院修士課程1年の学生を主な対象に、基礎から平易に解説し、さらに、多くの研究事例も盛り込んで、さまざまな角度から深く栄養学や食品成分の機能性について考えさせるものであることがわかる。
 食品メーカーや生協、行政職員等、食品にかんする仕事や市民活動をしている人たちにとっても、今後の食の問題を考えるうえでの基礎、土台を作ってくれるような講義だと思う。

● 根拠に基づく栄養学、EBN

 佐々木教授は、栄養学を「食事・栄養を通して人の幸福に役立つために存在する応用科学」と言う。そして、EBN(Evidence Based Nutrition)を提唱し、栄養疫学の発展に力を尽くされてきた。佐々木教授が牽引してきた根拠に基づく栄養学は、国の食事摂取基準の改善に生かされ、今年度から検討が始まった2015年版食事摂取基準も、佐々木教授のリードにより大きく変わることが予想されている。

 しかし、佐々木教授は勉強会の案内でこう書いている。「日本には、栄養疫学に関する講義が系統的になされ、その研究成果を理解したり、みずからが研究を行うための技術を身につけたりするための高度な教育機関はほとんど存在しません。そこで、この必要性を感じる者が集まり、自主勉強会を始めることになりました」。だから、全国から受講者が集まるのだ。

 今回の勉強会のテーマは、「栄養疫学へようこそ!:栄養疫学研究の基本的お作法+系統的レビューの基本的技術」。系統的レビュー(システマティックレビュー)は、多数の論文を集め、一定の原則の下に質の悪いものは除き、残ったものをまとめて分析して結論を出すものだ。これがいかに重要か、Foocom読者には言うまでもないことかもしれない。多数の論文の中から都合の良い論文だけを選び出せば、いかなる主張も可能だ。その結果、リスクの懸念がないものを市民が心配するようになったり、効果のはっきりしないものが高く売られたり、多くの問題が起きている。

 いわゆる健康食品の場合、広告宣伝で「効いた」という学会発表や論文情報だけを提供する。それが、被験者の少ない論文であったり、実験設計に問題があったり、あるいはヒトでのデータではなく、動物実験の結果であったとしても、市民には気付かれにくい。

 テレビや雑誌などの健康情報も同様だ。NHKでさえも未だに、情報番組に医師が登場して「タマネギで動脈硬化予防を」などと話し、レシピが紹介される。多くの家庭でその晩、食卓にタマネギ料理が並び、「血管にいいんだって」という会話が交わされただろう。でも、医学、薬学、栄養学等のデータベース「Pubmed」を検索しても、論文は見つからない。あるのは学会発表。論文がないのでは、科学的根拠はほとんどない、と見なされても仕方がないのだけれど、そんなことは顧みられない。

 そもそも、タマネギ料理を推奨して1日タマネギ1個なんて、気軽に放映していいのだろうか? 効果が期待される成分以外に、どのような成分をたくさんとることになるのだろう? それに、タマネギを多く食べるということは、その代わりになにかの食品の摂取量を減らす、ということだ。減らされる食品はなに? 野菜はなに? 弊害はないのだろうか? そう考えると、これがどれほど安易な情報か、わかってくる。

 研究者としては、系統的レビューを自らしっかりと行えるようになって質の高い論文から学ばないと、価値の高い研究を行えない。テレビにしばしば登場して「○○を食べれば健康に」と言うような研究者になってはならない。だから、栄養疫学のひよっこたちは、勉強会のような場で一所懸命に学ぼうとしている。
 また、こうした考え方を市民が知っておくと、多くの食情報の識別判断の基準ができて、少し楽になる。いわゆる健康食品にもだまされにくくなる。私のようなライターが自分なりのレビューを行い、その情報を市民にわかりやすく伝えて行くことも重要だ。今後、社会にとっても、栄養疫学と系統的レビューの知識はとても価値のあるものになるはずだ。

●月刊誌「栄養と料理」も併せてお勧め

 Ustream中継を見る前に、月刊誌「栄養と料理」の最新号である6月号の佐々木教授の連載を読むこともお勧めしたい。書店で手に取ってほしい。
 今回のテーマは、「栄養健康情報がゆがんで届くことがあるのはなぜか、考察せよ」。Pubmedによるレビューのやり方が簡潔に紹介されている。まさに、今回の勉強会の内容と、重なっている。

 検索の実例として、「ブルーベリーは目の健康によいか」が取り上げられている。6つの研究が検討に値する論文として選び出され、「2つで効く、3つで効かない、1つで最大用量の時だけ効く、という結論になっている」「近視や緑内障の人で効く、という論文があるが、それ以外の人には効果は不明」というような結果である。
 テレビ番組や広告宣伝などで語られることと、実際に根拠、エビデンスとされるものの間にとてつもなく大きな乖離があることに気付かざるを得ない。そうした実例を基に、なぜそのようなバイアスがかかるのか、ということが、考察されている。「栄養と料理」は、主な読者が主婦なので、とてもわかりやすく書かれている。でも、つくづく考えさせられる深い内容だ。

 一般市民にここまでのことを知って考えて食情報を読み解け、というのは酷な話だ。でも、知っているのと知らないのでは、市民の対応は大きく変わってくるだろう。そして、メーカーや行政職員などは改めて、市民を間違った方向に誘導しないためにも、考え方の基本を押さえておく必要がある。

 「栄養と料理」の記事を読んで、Ustream中継を見て、「人に役立つ応用科学と、自らの役割」を考えてほしい。私もこの日はどっぷり、栄養疫学に浸かり学ぶつもりだ。

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