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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

「暮らしの放射線Q&A」が本になった

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2013年7月19日

暮らしの放射線Q&A 日本保健物理学会の有志が運営してきたウェブサイト「専門家が答える暮らしの放射線Q&A」が本になり、6月に朝日出版社から発売された(朝日出版社のページ)。本になったといっても、サイトと記述が大きく異なるQ&Aも多く、サイトとはまた別の価値を持った内容になっている。ご紹介したい。

 本の帯に『事故後、1800余の質問に答えてきた専門家たちの記録、福島第一原発事故「以後」を生きる私たちのガイドブック』とある。ウェブサイトはまさに、多くの市民の指針となり、市民を支え続けたと思う。

 日本保健物理学会の有志が2011年3月15日から準備に入り、サイトをオープンしたのが3月25日。その後、同年8月に学会内の組織「暮らしの放射線Q&A活動委員会」となった。とにかく来た質問全部に答える、都合のいいことも悪いことも、えり好みせず対応するというのが、コンセプト。回答作成者は、本によれば60人あまりに上る。大学の教員や研究所職員、企業社員など所属は多種多様。まず、若手が回答案を作成しクロスチェックをし、その後に専門家10人による内容精査、幹事団5人による最終確認を経て、サイトに掲載されたという。

 約2年で答えた質問が1867件。初歩的な解説もあるし、文科省や東京電力のデータを基に計算方法を示す回答もある。不確実な状況について専門家の見解を率直に問う質問に答える項目があり、最初から「安全をごり押ししている」というけんか腰の問いに対する答えもある。日本保健物理学会には、多くの原子力関係者も入っており、「原子力ムラ」と言われることもある。このサイトも、先入観を持って見られることが少なくなかったはずだ。

 だが、すべての質問に、愚直に見えるほどひたむきにていねいに説明する姿勢を、科学者が市民に見せてくれた。その価値は、とても大きい。回答作成が、相当な時間を費やして行われていることは、読めばだれでもわかる。国や企業などの支援も受けず運営されたサイトで、暮らしの中で抱えている小さな、でも、だれも答えてくれなかった「もやもや」が晴れた市民がいただろう。放射線リスクだけでなく、さまざまなハザード、リスクがある暮らしの中での現実的な選択を意識した人もいただろう。

 そうした実用性だけでなく、なにより、科学者の誠実な使命感が文章の隅々にあふれていたことが、やっぱり科学への信頼感につながったのではないか。科学は、不確実性を踏まえて、その時点での妥当な答えを出さなければいけない。間違いを指摘されればそれを基に答えを変更しなければいけないときもある。原発事故後、科学に対する信頼感が大きく揺らいだ中で、科学者一人一人の努力をQ&Aや回答記述の変更、お詫びと訂正などで、ダイナミックに見せていただいた。それがよかった。

 私も、サイトを通じて多くのことを学ばせていただいたし、いろいろな場面で紹介し、「あなたの疑問そのもの、近いものが載っています。まず、サイトを覗いてみたらどうですか」と言い続けた。「なにか質問を受けたら、まっさきにあのサイトを見ます」と言う自治体職員や生協職員などにも何人も出会った。信頼感が、サイトを通して多くの人たちを結んでいた。

 事故後2年を経て、そのサイトが本になった。1800のQ&Aから80項目を厳選し、加筆や全面的な改稿も行ったうえで活字化したという。サイトでの回答は、質問が来たらなるべく早く答える、ということが優先されている。ということは、回答の質と掲載スピードのトレードオフが避けられない。いつまでも調べてよければ、じっくり文献を探して熟考して文章を練り上げることができるが、そうも行かない。

 そのため、書籍化にあたって文献の見直しや表現の修正なども行われたようだ。それだけでなく、事故の影響調査結果など新しいデータなども盛り込んで、加筆や改稿が詳細に行われている。

 本のまえがきに、『「50ミリシーベルト以下では安全」という事故直後の筆致・姿勢・立場を、現時点でより正しい記述となるようにした』との率直な説明がある。事故直後、不安に怯える多くの人を目の前にして「大丈夫ですよ」とまず言いたかった、という科学者の気持ちは、当然のものだっただろう。その言葉によって救われた人も大勢いたし、一方で反発した市民も多かった。
 反省も踏まえて、現時点で最善の科学的、でもわかりやすい記述に、というのがこの本の姿勢なのだ。

 なにより、厳選された80のQ&Aの内容が興味深い。たとえば、「3歳児、首都圏で3月15日の被ばくはどの程度でしょうか」という質問に対しては、東京都のデータなどを基に計算し、その計算式を詳しく説明している。リスクの大きさの問いには、きちんと可能なかぎりデータを用いて伝えようという姿勢だ。一方、「なぜECRR(欧州放射線リスク委員会)の考え方を排除するのでしょうか」という問いに対しては、その理由を詳しく述べ、ECRRを手厳しく批判している。

 また、NHKの番組2本に対する分析などもあり、あやふやな情報や科学的に明らかに間違った見解を流す科学者やメディア等への目は厳しい。最後、80番目の質問は「専門家の意見の相違について教えてください」である。回答で、専門家の科学に向き合うべき姿勢が語られている。

 本とウェブサイト。同じ質問であっても、回答の記述が違う。それをそのまま両方見せる、というやり方が、科学研究の厳しさやこの2年あまりの月日の重さ、科学者たちの自負、誇りをそのまま映し出す、という構造になっている。その点が、私には非常に興味深く感じられたし、執筆や編集に関わった方々への尊敬の念にもつながった。日本の科学者たちの毅然とした姿がそこにはある。ぜひ、書店で手に取りお読みいただきたい。

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