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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

Google共同創業者が研究費を出した人工肉。面白いけど、実用化はまだまだ先

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2013年8月8日

 人工肉の試食会がロンドンで6日開かれ、話題になっている。味は、試食した2人の評論家によれば微妙なものだったようだが、開発研究チームは、「10年後から20年後には市販できる」としている。興味深いのは、研究費37万5000ドルを出資した人物。Googleの共同創業者、Sergey Brin氏だという。

 学術誌Science Newsの記事やBBCの報道、関連する論文などを読む限り、環境負荷は低そうで、研究する価値は大きい。だが、コストの壁は高そうだ。それに、食べる側には、やっぱり相当に大きな反発が予想される。今回の試食会を報じる記事にも山ほど、「気持ち悪い」という趣旨のコメントがついている。ともあれ、簡単にご紹介しておこう。

CNN・世界初の人工肉バーガーの味は? ロンドンで試食会
食品安全情報ブログ・世界初の培養ビーフバーガー-専門家の反応
BBC・World’s first lab-grown burger is eaten in London
Science news・
First Artificial Burger Gets Tepid Reviews, Billionaire Financier Unmasked

 各報道によれば、人工肉は牛の筋肉組織からとった幹細胞を培養して作られた。研究開発しているのはオランダのMark Post・Maastricht University教授をリーダーとするチーム。幹細胞に栄養と成長を促進する化学物質を与えて培養し、3週間後の数百万個になったところでペレットにして冷凍する。これを何度も繰り返して、たくさんできたところでハンバーガーパテにしたという。

 もともとの色は白。そのため、赤かぶの汁とサフラン、それにカラメルを入れて、焼いても肉と同じような色になるように調製したそうだ。

 BBCによれば、今回試食した2人の評論家の一人は、「肉に近いが、ジューシーでない。もっと柔らかいものを想像していたけど、硬さはパーフェクト」。もう一人は、「食べた感触は肉のようだ。でも、脂肪分が欲しかったね。フレーバーはかなり違う」という評価だった。

 脂肪細胞が入っていないのだから、これらの感想は開発チームにとって予想通り、ということだろう。Post教授は、「上々の滑り出し」と強調し、さらに開発を進め脂肪も作って行くそうだ。

 この研究、さまざまな狙いがある。よりヘルシーな食品を作ること、食料増産への貢献、動物福祉を重視し、畜産品を食べないベジタリアンへ良質のタンパク質を提供すること、環境負荷を減らすこと……。牛の飼育は、広い土地を用いて栽培される大量の植物や穀物を消費し、主要な温室効果ガスであるメタンガスを発生する。牛の飼育頭数を減らすことができれば、土地の利用度を高め穀物を人への消費に回し、水も節約し、温室効果ガス発生も抑制することが可能だ。

 私は当初、人工肉への切り替えは環境負荷を減らすこと、つまり、エネルギー節約や温室効果ガス削減などにはとてもつながらないのでは、と考えた。家畜、とくに牛は、人がそのままでは利用できない草を食べて、人が食べられる良質のタンパク質や脂肪に変えてくれる“変換装置”の役割を持っている。牛の餌である草、それに穀物を育てるのは、無料で無尽蔵にある太陽エネルギーだ。

 太陽エネルギーを大量に使ってできている牛肉と、なんらかの養分を供給して巨大なタンクで培養しなければならない人工肉では、エネルギー使用量は人工肉の方が比較にならないほど多いだろうと思った。また、牛のメタンガス発生量が大量だとしても、人工肉製造装置を作ったり動かしたりして排出する二酸化炭素を考えると、人工肉に切り替えても、それほど大きな削減効果を得られないのでは、と考えた。つまり、一見環境によさそうに見えても、ライフサイクルアセスメント(LCA)をきっちりやったら違うんじゃないの、という疑問を持ったのだ。LCAは、製品において原材料の資源の採取から製造、使用、廃棄などすべての段階を通して環境影響をトータルで評価する手法だ。

 調べてみると、この研究チーム、ちゃんとLCAを検討し2011年に論文も発表していた。その研究によれば、1000kgの人工肉を作る場合のエネルギー使用量は、牛肉1000kgの生産の55%、温室効果ガス排出量は4%、土地の利用は1%。人工肉の環境影響は非常に低い。豚肉や羊肉、鶏肉に比べてもおおむね、環境負荷は少ない。

 ただし、これは人工肉の大量生産が可能になった時の推定で、その場合にエネルギーと養分の供給源として藍藻(シアノバクテリア)を使うことを想定している。池などで増やした藍藻を採取し、殺菌、乾燥させて、それを人工肉の培養器に入れるという計画だ。
 なるほど、これなら太陽エネルギーを利用する、という点では、牛肉と同じ。LCAの観点でも人工肉は“優秀”だという理屈は理解できる。

 今回、いろいろと調べてみてわかったのは、このプロジェクトが相当前から動いていたということだ。Scientific Americanの2011年の記事でも、そのあたりが伺える。
 最初は、オランダ政府のファンドではじまった研究。第二次世界大戦中に日本軍の捕虜になり飢えに苦しんだ経験を持つ高齢の起業家が、食料増産に対する強い熱意を基に、いくつかの大学の研究者と開発を始めた。その後に、Post教授が引き継ぎ、個人から費用を得て研究を続けた。この個人がGoogle共同創設者、というわけだ。

 さまざまな記事で研究者たちは、限られた資源しかない地球で人口増に対処するための食料増産技術を開発するという使命感を述べると同時に、「動物を殺したくない」という動物福祉を強調している。日本人の多くにはちょっと図りかねる気持ちだろうが、このような感覚が、息の長い、一見荒唐無稽に見える研究を支え続けるのかもしれない。

 とはいえ、研究費集めには依然として苦労しているようで、今回の試食会も社会の関心を集めて研究費を獲得して行きたいという狙いがあるようだ。
 たしかに、社会の関心は高い。同時に、一般市民の忌避感が非常に強いことも、インターネットでのコメントやtwitterなどを通じて浮かび上がってきている。だが、これも研究チームは織り込み済みのようだ。人工肉が抱える倫理的、心情的課題も既に、研究の一環として取り上げられ、検討が進んでいるらしい。この人工肉、一見、メディアの脚光を浴びたがる学者の思いつきに見えて、どうも実は、骨太のプロジェクトである。

 記事では、「10年後、20年後には店頭に登場」という威勢のいい教授の言葉が出ているが、現在のシャーレ培養から、藍藻を用いた商業化、大型化までにはまだ相当な距離がある。たぶん、実用化はまだまだ先ではないか。もし実現すると、最初は肉を食べないベジタリアン向けの高価な嗜好品だろうか?

 それに、現在の畜産と比較して環境への負荷の少なさがうたわれるが、畜産という産業も、エネルギー使用量削減や温室効果ガス排出量削減などに向けて、研究開発が盛んだ。そう単純に、人工肉の優位性が続くとも思えない。そして、大型プラントで製造する人工肉が、畜産とコスト面で張り合える時は来るのだろうか? 私はかなり懐疑的だ。

 ともあれ、こうした一見荒っぽい、でも、食の概念を大きく変える可能性を秘めたプロジェクトに、Google共同創業者が研究費を拠出している、ということが、なんだか今の時代を象徴しているように思えて面白い。Googleが常識を覆し時代を変えたように、私の「所詮、無理だよ」という推測も覆してほしいような、ほしくないような。ともかく一度はこの人工肉、食べてみたい。

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