ホーム >  専門家コラム > めんどな話になりますが… > 記事

めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

奇跡のリンゴとネオニコチノイド問題。農薬の影響を、整理して考えよう

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2013年9月6日

 『「奇跡のリンゴ」から考える日本農業論~農家、商店主が本音で語る食の未来』と題した座談会を4回にわたって掲載した。「奇跡のリンゴ」の是非を論じるのではなく、それが歓迎されている社会現象と農業の将来について考える読み応えのある座談会となったと思う。ただ、座談会では、農薬にかんする科学的な説明はどうしても不十分になってしまっているので、補足の意味で情報提供しておきたい。

● 農業者がもっとも農薬の影響を受ける

 「奇跡のリンゴ」の木村秋則さんは、「化学的に合成された農薬や肥料を一切使わないリンゴづくり」をうたっておられる(NHK・プロフェッショナル仕事の流儀)。「皮膚がかぶれたことがきっかけ」だそうだ。

 この農薬成分がなにかははっきりしないのだけれど、リンゴ農家が以前、よく使っていた農薬ダイホルタンは、皮膚のかぶれがしばしば報告されたので、木村さんが使っていたのもこれかもしれない。ダイホルタンは殺菌剤で、斑点落葉病や黒星病などリンゴにごく一般的な病気に効くとして使用を認められていた。そのほか、柑橘類や野菜などにもよく使われていた。
 しかし、散布をした後にかぶれを訴える人が多く、農薬工業会制作の「農薬中毒の症状と治療法」にも記載されている。

 現在、ダイホルタンは販売されていない。1964年に農薬として登録されたものの、1989年には失効している(農水省資料)。だが、殺菌剤としての効果が大きいため農家は使いたがり、その後も海外から個人輸入して使う農家がいて、2002年には「無登録農薬問題」として大騒ぎになった。ご記憶の方も多いだろう(農水省関係情報)。

 昔は、このように農薬を使用する農家が大きな健康影響を被るケースが珍しくなかったらしく、有機栽培を始めたきっかけとして自身や家族の健康の問題を挙げる有機農家は多い。そして、消費者の「安全な食品を」との願いと結びつき、社会的な影響力も持つようになった。

 だが、注意すべきは農薬のリスク、健康影響といっても、影響を受ける側によって種類が違い、対策も異なるということだ。影響を受けるのは、(1)農薬を散布する農業者、(2)農産物に残留した農薬を食べる消費者、(3)環境中に生息する標的外の生物——の3つである。この3つがゴチャゴチャに語られてしまうので、農薬のリスクの話はしばしば大混乱に陥り、不信感だけが増してしまう。

 まず、農薬の暴露(体の中に取り込んでしまうこと)がもっとも多いのは、(1)の農薬の使用者である農業者だ。吸い込んだり皮膚に付いたり眼を刺激したり、さまざまな経路で暴露が起きる。
 昔の農薬は、このあたりの審査が緩く、ダイホルタンのような急性症状も出たし、慢性的な影響を疑われた農薬もあった。農家自身が、自身の健康被害を気付かずに使ったりもしていた。しかし、農薬登録時の審査が厳しくなり、吸入試験や皮膚、眼などへの刺激性を調べる試験などが詳細に行われるようになって、問題の大きいものは登録更新されなくなっていった。また、農業者も作業時に長袖を着て手袋をはめ帽子をかぶり保護メガネやマスクをして、というふうに体を防護して使用するようになった。
 だから、座談会で言えばリンゴ農家の水木たけるさんは、自身の感覚として「農薬はもう心配ない」と語っているのだろう。

● 消費者の安全は、ADIで管理

 (2)の食べての影響はつまりは、経口での摂取ということ。よく、一日摂取許容量(ADI)のみを用いて、「農薬は安全だ」と語る人がいるけれど、ADIで検討されてリスク管理されるのは食べる消費者の安全性のみ。使用する農業者の安全性確保や、環境に対する安全性は別問題だ。
 ADIを決める場合、動物の飼料に農薬を混ぜて食べさせる試験をいくつも行って、無毒性量(NOAEL)を決め、その値に100分の1、あるいは1000分の1をかけ算してADIを決定する。このADIを基に、各品目の残留基準を決める。

 現在、厚労省調査でも農水省調査でも生協などの民間調査でも、残留基準を超える違反品が見つかる割合は極めて少ない。摂取量調査では、どの農薬の摂取量もADIを大幅に下回っている。私は、今流通している農産物は、一般の消費者の安全性という観点からはもう問題ない、と考えている。

 ただし、あくまでも個人的な印象だが、(2)の消費者の安全確保に比べて、(1)の農業者の安全確保の方は、かなりデータが薄い。いや、消費者の不安を解消しようと、(2)の研究に没頭しすぎた、と言うべきか。繰り返すが、暴露量は農業者が圧倒的に多く、吸入毒性などの研究はもっと深められるべきだと思う。そうした事実も、消費者には知ってもらいたい。

● ネオニコチノイドで問題になっているのは、環境への影響

 そして、現在の焦点は(3)の環境影響だ。農薬は農薬取締法や食品安全基本法、毒物及び劇物取締法だけでなく、環境基本法、水質汚濁防止法など多くの法律で規制されている。だが、農薬登録時に要求されているほかの生物への影響をみる試験は、鳥類やミツバチ、カイコ、魚類やミジンコ、藻類など限られている。
 日本だけではなく各国でも問題となっており、より多岐にわたる生物への影響を把握する方法が研究され、政府機関の規制もどのような方法が適切か模索中、といったところだ。

 EUが、ネオニコチノイド系農薬3種類の使用制限を今年12月から開始するのも、ミツバチへの影響を懸念してのこと。ネオニコチノイド系農薬の中にハチへの影響の大きいものがあるのは周知の事実で、これまでも使用における規制があった。しかし、より深刻な影響があるとの指摘を受け、欧州食品安全機関(EFSA)も各種の論文、報告等を集めて評価した。室内実験で大きな影響がうかがえるデータもあったが、それが実際の農業現場で起きるかどうかについてはEFSAも答えを出せなかった。つまり、評価はグレーだ。それを受けて、欧州委員会は「2年間、被害につながりやすそうな方法での使用をストップして、検討しよう」ということになった。

 欧州各国全部が諸手を上げて賛成したわけではなく、英国などは使用制限に反対した。また、農薬メーカ2社は、欧州司法裁判所に撤回を求めて提訴したという。報じたScience Insider は、シンジェンタの関係者が「予防原則の間違った適用だ」と発言したと付け加えている。

 使用中止は科学的根拠が足りないと訴えているのは企業だけでなく、第三者の立場にある科学者も少なくない。もっとも大きな懸念は、ネオニコチノイド系農薬の使用中止によって代わりに使われることになる農薬のリスクが果たして、ネオニコチノイド系農薬より小さいのかどうか検討されていないというリスクトレードオフの問題だ。
 日本では、独立行政法人産業技術総合研究所安全科学研究部門の岸本充生グループ長が、コラムで分かりやすく解説している。

 また、農水省も日本での使用について、説明している(農水省・農薬による蜜蜂の危害を防止するための我が国の取組)。

 ところが、このEUでのネオニコチノイド系農薬の使用規制問題を引いてきて「人体への影響が懸念される」と伝えて、日本の残留基準が高いなどと報じてしまうメディアや市民団体などがある(たとえば、このあたり)。

 農薬の悪影響といっても、ゴチャゴチャにして考えてはダメ。だが、どうも多くの人が一緒くたにして、是非を語ってしまう。
 高温多湿な日本で農薬を使わず栽培するのはとても難しく、使わない場合には病害虫防除の代替策が必要。その代替策の農業者、消費者、環境へのリスク、影響や収量の低下などを吟味することなく反対と唱えても、実効性を持ち得ない。消費者も、そんな複雑さを無視せず受け止めて、座談会で語った水木さんや久松達央さんをはじめとする農業者の意見にも耳を傾ける時期ではないだろうか。

⇒ めんどな話になりますが…記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。

お知らせ

FOOCOMが「第1回食生活ジャーナリスト大賞」を頂くことに決まりました(3/28)
FOOCOMはこのほど、食生活ジャーナリストの会(JFJ)の「第1回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)」…【全文を読む】
FOOCOM お役立ちリンク集