科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

田中 伸幸

東京工業大学大学院修了、電力中央研究所入所。主に化学物質の環境リスクについて研究している。料理は趣味で、週末は3食とも担当

調理と化学物質、ナゾに迫る

直火調理によりPAHsの発生量は飛躍的に増大する

田中 伸幸

 前回のコラムでは、脂質の多い食材を焼き調理するとPAHsが多く発生することをお話しました。今回は、この「焼き調理」について、もう少し追究してみましょう。

 一口に「焼く」と言っても、その方法は多岐にわたります。焼き肉はフライパンを用いることもあれば、ホットプレートで作ることもあり、時には外でバーベキュー、あるいは風流に七輪で焼くなんてこともあるかもしれません。この「焼き方」は大きく、(1)加熱源(ガス、電気、炭など)、(2)調理器具(フライパン、網、オーブンなど)の違いにより分類できます。

 今回は話を単純にするため、加熱源はガス(都市ガス)に固定します。また調理器具は、魚を焼く際に用いる網としました。この網の下部に受け皿があるものと受け皿がないものの2種類を用意して、その違いを見ることにしましょう。受け皿の有無は、ガスの炎が食材に直接、触れるか否かの違いです。受け皿があるものは、ガスの炎が食材に直接触れることはありません。一方、受け皿がないものでは、時にはガスの炎が直接、食材に触れることもあります(常に触れているわけではありません)。便宜上、ここでは前者を網焼き調理、後者を直火調理と呼ぶことにします。

 食材としては、前回のコラムでPAHsの発生量が多かったサンマを選んで、受け皿の有無によるPAHs発生量の違いを見ることにしました[1]。勿論、受け皿の有無以外の条件は同一として調理しました。その結果、調理に伴って発生したPAHs量は、網焼き調理では食材1 gの調理当たり8.98 ng(ナノグラム:1 ng=10億分の1グラム)であったのに対して、直火調理では食材1 gの調理当たり976 ngとなり、後者は前者の約109倍となりました。他の条件は同一なので、この結果から、炎が直接、食材に触れる加熱方法では、PAHsの発生量が飛躍的に増大することがわかります。

 また、以上の結果から、バーベキューや七輪などによる焼き調理においてもPAHsが多く発生するであろうことが容易に推測できます。実際、Roggeら[2]は、炭火焼から大量のPAHsが発生することを報告しています。また、Rey-Salgueiroら[3]は、パンを炎の中でトーストすると、炎の外でトーストした場合と比較してPAHs生成量が格段に増加することを示しています。つまり、今回の結果はこれまでの結果と矛盾しないものでした。バーベキューや七輪を用いた調理は、直接、食材に炎が触れて燃焼が起こります。これによってPAHsの生成が著しく促進されるものと考えられます。

PAHstable  次に、個々のPAHsについて比較してみましょう。サンマの網焼き調理及び直火調理によって発生したPAHsの組成を図1に示します。

 横軸に示したカタカナは各PAHsの物質名であり、詳細は表1に示す通りです(前回コラムの表1とほぼ同じものです)。縦軸は全PAHs発生量に占める各PAHsの割合です。図1を眺めると、網焼き調理と直火調理では発生するPAHsの組成が異なることがわかります。つまり、網焼き調理は「図の左側のPAHs」の占める割合が多く、直火調理は「図の右側のPAHs」が占める割合が多いように見えるはずです。

Sanma  図1の横軸の各PAHsはでたらめに並べているわけではなく、各PAHsの環の数が少ない順に並べてあります(一部、例外あり)。例えばナフタレンはベンゼン環が2つなので2環です。またアントラセンは3環、ベンゾ[a]ピレンは5環となります(図2を参照)。

PAHs chemical structure  また、これは揮発しやすい順番でもあります。防虫剤としても使われるナフタレンはコールタールのような臭いがしますが、これは揮発しているからにほかなりません。逆にコロネンは大気中でほとんど揮発しません。なお、図1横軸の物質名の後ろにあるカッコ内の数字は、各PAHsの環数を表しています。

 以上を頭に入れてもう一度、図1を眺めてみると、網焼き調理では3環のフェナントレンが支配的でしたが、直火調理では4環のピレンやフルオランテンが全体の約5割を占めたことがわかります。加えて、直火調理では5環のベンゾ[a]ピレンやベンゾ[k]フルオランテン、6環のベンゾ[ghi]ペリレン、さらには7環のコロネンも検出されました。では、網焼き調理、直火調理で発生するPAHsの組成が異なるのはなぜでしょうか。

 これを解くカギは「温度」であると考えられます。これまでの研究で、燃焼によるPAHsの生成は、低温時には分子量の小さいものが支配的となるのに対して、高温時には比較的、分子量の大きいものが多くなることがわかっています。網焼き調理において食材と接している網の温度は、多少のムラはありますが概ね200~250℃程度です。これに対して直火調理の場合は、炎と直接、接触した際の食材表面の温度は、瞬間的に600~700℃、あるいはそれ以上であったと推察されます。この温度の違いが、生成するPAHsの組成に影響を及ぼしたものと考えられます。

 では、この組成の違いはPAHsの毒性にどのような影響を及ぼすのでしょうか。これを知るには、前回のコラムで説明した毒性当量(TEQ)という考え方を使います。これは、ベンゾ[a]ピレンの毒性を1としたときの、各PAHsの相対的な毒性当量係数(TEF)を決めて、各PAHsの濃度とTEFの積から、ベンゾ[a]ピレンに換算した毒性当量を求めるというものです(詳細は前回のコラムをご覧ください)。

 このTEQを用いて、食材1 gあたりのPAHs発生量を計算しました。その結果、網焼き調理では0.244 ng-TEQ(これはTEQ換算という意味です)だったのに対して、直火調理では91.7 ng-TEQと算出されました。両者の差は約390倍です。ここで、TEQではなく、単なるPAHs総量では、既に述べた通り両者の差は約109倍です。つまり、網焼きから直火にすることで、発生するPAHs量の増加以上に、毒性が増していることがわかります。この理由は、直火調理では4環以上のPAHsが支配的だったことにあります。表1に示した通り、PAHsの毒性は、4環、5環、6環で高くなる傾向があるのです。直火調理では、炎によって食材が比較的高温で燃焼することにより、4環以上のPAHsが多く生成しました。これが、直火調理において毒性が高まった理由なのです。

 以上に示した通り、「焼き調理」といっても、その方法の違いによって生成するPAHsの量や組成、毒性が大きく異なることがわかります。直火調理は発生するPAHsの量、毒性のどちらも大幅に増大すると言えます。しかし、そうは言っても、焼き魚は少し直火で炙るくらいがおいしいという意見も多くあります。また、屋外で家族や仲間と興じるバーベキューは楽しいものですし、うなぎや焼き鳥などは炭火で焼くととてもおいしく食べられます。とすると、次に気になるのは、直火調理により排出されるPAHsが健康に与える影響はいかに? ということではないでしょうか。そこで次回は、この点にスポットを当ててお話したいと思います。

参考文献

[1]田中ほか:分析化学,61,2,77,2012.
[2]Rogge et al.:Environ. Sci. Technol., 25, 6, 1112, 1991.
[3]Rey-Salgueiro et al.: Food Chem., 108, 607, 2008.

執筆者

田中 伸幸

東京工業大学大学院修了、電力中央研究所入所。主に化学物質の環境リスクについて研究している。料理は趣味で、週末は3食とも担当

調理と化学物質、ナゾに迫る

私たちの身の回りにはさまざまな化学物質があり、調理に起因するものもあります。本コラムでは、主に調理排気に含まれる化学物質について、さまざまな視点から述べたいと考えています