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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

高オレイン酸ダイズへの置換えを目指す米国~その時日本は?(下)

宗谷 敏

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 2014年4月2日のBiology Fortified Blogが掲載したDuPont社の高オレイン酸ダイズ(油)「Plenish」に関するQ&Aを抜粋した(上)に続け、米国ダイズ業界の高オレイン酸ダイズ(油)志向の背景や影響について考察する。

 このQ&Aは、技術的解説を別にしても、含蓄が深く様々な示唆に富むものだ。

 先ず、2012年12月10日にUSEC(アメリカ大豆輸出協会)が東京で開催した「2012年アメリカ大豆アウトルック・コンファレンス(日本の業界対象のダイズ新穀説明会)」に話を巻き戻す。「U.S. Soy Competitiveness:Trait Enhancement」というプレゼンで登壇したUSB(アメリカ大豆基金)のCEOであるJohn Becherer氏が、”Bottom line:U.S. Soy industry commitment to rapid high-oleic soy adoption.”と結論を述べた。

 メモが見つからずうろ覚えで申し訳ないが、2020年までに80%という数字が挙げられ、会場が一瞬フリーズした。当然会場質問が出て「希望的観測だ」とトーンダウンしたが、高オレイン酸ダイズに対する米国ダイズ業界の並々ならぬ思い入れを思い知らされたのは、この時だ。

 なぜか? この答えは、ほぼ1年後にFDA(米国食品・医薬品局)によりもたらされた。2013年11月7日に発表されたトランス脂肪酸(TFA)の規制強化案である。

 一般紙やソーシャルメディアは、「TFA禁止」と報道したが、それはあまりに大ざっぱだ。TFAが問題化したのは2003年あたりからだが、FDAは2003年7月に食品メーカーに対し2006年1月から栄養成分(義務)表示にTFAを加えるよう要求した。

 この結果、食料品店とレストランメニューからはTFAがほぼ消滅し、1人一日当たりの平均摂取量は2003年の4.6gから 2012年には約1gにまで減った(尚、米国で問題にされているTFAは、常に人工的に生成されたTFAのみを指し、ウシなどの反芻動物の肉や乳脂肪に含まれる天然のTFAは対象外である)。しかし、TFAは一連の加工食品にはまだ留まり続けているとFDAは言う。

 これらの加工食品中の人工的TFAの主な源泉は、部分水素添加された植物油(PHOs)なので、これらと生じたTFAをGRAS( generally recognized as safe: 一般に安全と認められる食品添加物)から除外したい、というのがFDAによる2013年11月の提案である。

 FDAが例示した問題とされる加工食品は、

- クッキー、クラッカー、ケーキ、マフィン、パイの皮、ピザ生地とハンバーガーロールのような一部のパン
- 製菓・製パン用のハードマーガリン(スティックマーガリン)と植物性ショートニング
- プレミックス製品(ケーキミックス、パンケーキミックスとチョコレート飲料ミックス)
- 揚げた食品(ドーナツ、フレンチフライ、チキンナゲットと硬いタコシェルを含むフライド・チキン)
- スナック食品(ジャガイモ、トウモロコシとトルティーヤチップス;キャンデー;包装されたまたは電子レンジ用のポップコーン)

 など多岐にわたる。

 2012年の米国における植物油の消費量は1千326百万トン、ダイズ油が約61%の807万トンを占める。GRASからの排除は、Bloomberg紙が指摘した通り、米国ダイズ業界にとっては存亡に係わる大問題なのだ。これが、水素添加を必要としない高オレイン酸ダイズ(油)への置換を急ぐ主な理由である。

 FDA提案へのパブリック・コメントは、2014年3月8日に締め切られたが、ASA(アメリカ大豆協会)を先頭に食品業界は反対意見を提出している。しかし、おそらくこの流れは止まらないことは業界側も覚悟している。

 高オレイン酸ダイズ(油)への置換の速度は、表示には3年の猶予を与えたFDAの施行期日と、開発メーカー側による販売用種子の準備状況とに左右されるだろう。高オレイン酸ダイズの流通は、差別化商品としてIPハンドリングされ、当面は国内需要を満たすことに追われ、輸出には回らない筈だ。

 しかし、USECが目論むようにほとんどの米国ダイズが高オレイン酸ダイズに置き換えられたなら、輸入国はこれを買わざるをえなくなる。もちろん、現在のnon-GM食品大豆市場のように通常ダイズを購買し続ける(non-GMとは逆に、避けるべき高オレイン酸ダイズの方がIPハンドリングされているというのは一つのプラス要因だろう)という選択肢は理論上ありうるが、いかんせん必要量が違う。おそらく価格も高騰し、食用油や搾油後のダイズ粕を飼料原料とする畜産品の小売価格に跳ね返るから、消費増税に泣く消費者はさらに困るだろう。

 そして、日本にとっては、実に頭の痛い固有の問題がある。それはGM食品表示だ。Q&Aにある通り、高オレイン酸ダイズは脂肪酸組成変更のためには外来遺伝子を導入していない(但し、外来遺伝子により除草剤耐性を付与されるのは従来のGMダイズと同じ)が、分類上は安全性評価や一部表示が必要な遺伝子組換え作物になる。

 精製植物油は、Q&Aにもあるが組換えDNAやタンパク質が残存しないので日本でも表示対象外である。しかしながら、高オレイン酸ダイズ油は「組成、栄養価等が著しく異なる(これには明確な定義やスコープがないのだが)農産物」という別の表示要件に抵触するため、現行制度上植物油でもGM義務表示対象となる。

 しかも、GM食品表示を決めた1999年8月10日の「農水省食品表示問題懇談会遺伝子組み換え食品部会」においては、DuPont社のプロトタイプ高オレイン酸ダイズ(260-05系統)の油が、ご丁寧にも表示例として配布資料に特掲された(因みに、この会議で代理出席のくせに高オレイン酸ダイズ油の義務表示化にあれこれ理由をつけて強硬に反対し大顰蹙を買ったのは、「将来これあるかも」を薄々予感していた若き日の宗谷であった)。

 こうなった場合、油脂業界には「平然とGM表示をして高オレイン酸ダイズ油を店頭で市販する(業務用には別のシナリオがあるかも)」から、極論の「(米国産)ダイズ搾油を止めてしまう(畜産飼料原料のダイズ粕はほぼ全量輸入になる)」までの間で、様々なシナリオが考えられる。

 行政も業界も、どうせ自分が現役のうちは起こらない問題だろうと高をくくっていては危ない。米国という国は官民とも、動き出すと早い。ナショナル・ブランドのサラダ油が、すべて「大豆(高オレイン酸遺伝子組換えのものをXX%混合)」と原料表示されてスーパーの店頭に並ぶ日は来るのだろうか?

 その前に、現在の輸入ダイズ(製油用・食品用を問わず)への高オレイン酸ダイズの「意図せざる混入」を懸念する声もある。日本でも安全性承認済みだから、未承認問題にはならないにし、IPハンドリングされている高オレイン酸(GM)ダイズが5%以上混入する可能性は極めて低いが、万一の場合を考えておく必要はあるかもしれない。

 食品用ダイズへの影響はどうか?当面高オレイン酸ダイズは全量米国内製油用に回る。高オレイン酸ダイズの健康訴求効果は食品用ダイズにも通用しそうだが、Non-GMという絶対的ステータスとはコンフリクトを起こす。それ以上に懸念されるのは価格の問題。一部農家は、Non-GM食品ダイズと高オレイン酸ダイズのプレミアムを比べて、どちらを作付けるか考えるだろうから、Non-GM食品用ダイズの市場価格上昇を招くだろう。

 また、4月3日のBloombergは、Chicago Mercantile Exchange(CME)が、従来相対取引で価格指標を欠くオーガニック作物とnon-GM作物の先物取引上場を検討していると伝えた。これが実施された場合の市場価格形成への影響には諸説あり、まだ不透明だ。

 ただ言えるのは、遅ればせながら米国にもnon-GM食品ブームが到来しつつあり、商品取引所で上場が検討されるまで流通量が増えている、ということだ。これにより国内向けと輸出用の奪い合いとなり、non-GMダイズの価格が高騰する要因はここにもある。

 杞憂に終わることを期待して煩わしい問題に目を瞑れば、高オレイン酸ダイズは、漸くにして初めて消費者に直接的利益を与えるGM作物だという見方ができる。同じカテゴリーの「ゴールデン・ライス」の恩恵は途上国に限られるが、高オレイン酸ダイズは先進国の消費者が対象だ。18年の苦闘のあと、GM食品の汚名返上成るか?も注目されよう。

 さて、GM食品反対派の諸氏は、Obama大統領がFDAの主席コミッショナーに任命したMichael Taylor氏の前職がMonsanto社幹部であったことを指摘し、度々問題視している。そこで、今回のFDAの措置は、Monsanto社の「Vistive Gold」拡販(つまりMonsanto社のダイズ種子販売シェアにおけるチャンプの座の安泰)のための陰謀だ!とは、なぜ騒がないのだろうか。そのMichael Taylor氏は「この案が発効すればPHOsは添加物扱いとなり、安全性が公認されない限り、加工食品への使用は認められなくなる」とコメントしている。

 証拠の無い陰謀論に荷担するつもりはないし、TFAに対しては段階的規制を実施していくFDAの姿勢も分からないではない。が、1人一日当たりのTFA平均摂取量が約1gにまでに落ちた現在、しかも熱帯産油脂の消費は増えているのに飽和脂肪酸にはお咎め無しというこの提案は、PHOsのみにやや苛酷過ぎるという個人的印象は免れない。いつもとは逆に、米国の消費者団体筋が「政治的判断を廃し、FDAが『科学的根拠のみ基づく決定をした』ことは評価できる」などと述べているにしても。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい