科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

GMダイズには『極限レベル』の除草剤が残留、という報道を読み解く

宗谷 敏

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 ノルウェイの研究グループが2014年6月15日付(オンラインでは3月下旬公開)Food Chemistry誌に「Compositional differences in soybeans on the market: Glyphosate accumulates in Roundup Ready GM soybeans(市場におけるダイズの組成的差異:ラウンドアップレディダイズにはグリホサートが蓄積されている)」という論文を発表した。一部海外メディアがこれを取り上げて騒いでいるが、これはそれほど危惧される話だろうか?

 この研究の概要は、市場にある(米国アイオワ州の半径200キロ以内の圃場で栽培)有機栽培されたダイズ11サンプル、慣行農法(農薬使用)で栽培されたダイズ4品種10サンプル、除草剤耐性GM(遺伝子組換え)ダイズ9品種10サンプルの組成と農薬残留を比較分析したところ、

(1)一部栄養成分(総たんぱく、必須アミノ酸、亜鉛、糖分など)に有意差が認められ(脂肪酸組成の比較もあるので、興味のある方は論文を参照)、有機ダイズが多かった(逆にセレンや食物繊維など有機の方が少なかった成分もある)。なお、研究グループはこの結果からGM作物の安全評価における「実質的同等性」への疑義を提示している。

(2)除草剤ラウンドアップの主成分であるグリホサートがGMダイズのみから発見された(グリホサート以外の農薬は3農法区分を越えて少数検出されている)。

というものだ。

 (1)については、「有機栽培作物に栄養的優位性はない」という従来からの数多くの定説(有機業界は決してこれを認めない)への反証となるだろうか?このことは、本稿の主題ではないので、懐疑的なコメントを少し書くに留める。

 論文209ページに各品種の一覧表(Table 1.)が掲載されているが、サンプル数の致命的な少なさと最長400キロの地域差には目をつぶるとしても、栽培方法により微量成分に有意差を生じるかという試験を厳密に行うためには同一品種のGM、非組換え慣行、有機をマッチアップさせないと説得力に乏しい。この点に関しては、クラスター分析がなされてはいるが、直接比較できる同一品種は、慣行農法3品種と有機1品種の「Legend 2375」のみだ。

 また、論文211ページのTable 2.が明示する通り、ダイズのたんぱく量と油分は通常反比例する。有機ダイズは、食品用にたんぱく含量を重んじる品種が栽培される。一方、食品用Non-GMを除く慣行とGMは通常製油用ダイズは逆に油分が重視される。このことは、同一品種を比較すべきという前提を強く支持するし、ビジネスに無知な(あるいは無視した)ノルウェイの研究者たちにとって盲点だったかもしれない。つまり、出したデータは正しくても、比較すべき対象を間違えているという試験設計のミスから、導き出した結論も栽培品種の格差を栽培方法の相違と誤読し、当たり前のことを騒ぎ立てているだけのようにも思えるのだ。

 (2)については、有機栽培は化学農薬の使用を禁止しているし、成育中の非GMダイズに非選択性除草剤のラウンドアップを用いれば枯れてしまう(収穫前の使用などに関しては後述する)から、GMダイズだけからグリホサート(ラウンドアップの主成分)が検出されたというところまでは、ごく当たり前の話。

 では、(2)で何が問題なのかと言えば、Ecologist誌はじめ多くのメディアが「’Extreme levels’ of Roundup are the norm in GMO soya(『Extreme levels』のラウンドアップがGMダイズでは普通です)」という見出しを使ったことだろう。もちろん「Extreme levels」は、論文中でも言及されている。

 いかにも大事件めいた、これを越えたらヤバそうな感じを受ける「Extreme levels(極限レベル)」とは、何を意味するのだろうか?論文とメディアの説明はこうだ。Monsanto社が、GMダイズのグリホサート最高残留値は5.6ppmで、それは普通に見いだされるよりはるかに高い「Extreme levels」だと1999年に主張した、というのだ。

 論文210ページの残留値比較グラフ(Fig. 1.)を見てみよう。この棒グラフは、AMPAとグリホサートの残留値を示しているため、少しややこしい。化学物質AMPAとはaminomethyl phosponic acid(アミノメチルホスホン酸)で、グリホサートの主要な分解生成物。いわば元・グリホサート、変身グリホサートということだ。

 AMPAの安全性に関しては、1999年4月のOECD(経済協力開発機構)「環境局化学品委員会と化学品に関するワーキングパーティーとの合同会合」において、「植物および動物の農産物中のグリホサート残留物のみが規制されるものであり、その代謝産物である AMPA は、食物中のそのレベルにかかわらず、毒物学上の懸念となるものではない」という1997年のEPA(米国環境保護庁)による主張が合意されている。

 2004年には、JMPR(FAO/WHO 合同残留農薬専門家会議)も、AMPAの毒性評価を行いグリホサートと同等かそれ以下としたが、ADI(一日摂取許容量)はグリホサートとAMPAの合算とされた。さらに2011年にはJMPRで別の代謝産物であるNアセチル体の毒性も評価され、残留物の定義はさらに拡大されている。CODEX(国際食品規格委員会)によるMRL(残留基準値) などでは、作物や用途に応じてこれら残留物の組み合わせで決定、管理されている。

 EUにおいては、EFSA(欧州食品安全機関)が2009年9月に「代謝物(AMPAなど)の毒性学的懸念は親化合物(グリホサート)より高くないので、グリホサートに設定されたADIを、長期的リスクの評価に適用しても差し支えない」とし、「ダイズ及びトウモロコシなどのリスク評価のための残留物定義を『グリホサート、N-アセチルグリホサート、AMPA及びN-アセチルAMPAの総量をグリホサートに換算したもの』に変更する 」とした。

 米国 EPA(環境保護庁)では、残留物の定義をカノーラ、トウモロコシ、ダイズなどについては「グリホサート及びNアセチルグリホサートをグリホサート換算で合算したもの」とし、その他の農産物ではグリホサートのみと定義している。

 尚、日本においては、個別のGM作物の安全性評価で、グリホサートの各代謝物(分解生成物)も評価されている。ADIやMRLの検討は、食品安全委員会農薬専門調査会がグリホサート及びAMPAを暴露評価対象物質とする方向で現在評価中だ。

 これらを踏まえてグラフを見直すと、EU加盟国ではないヨーロッパのノルウェイにおける研究が、グリホサートとAMPAを合算した数値を示している意味が明らかになる。具体的には、グリホサートの平均3.26ppm(0.4~8.8ppm)、AMPAは平均5.74ppm (0.7~10.0ppm)、これを合算すれば、GMダイズ10サンプル中7サンプルはMonsanto社が(昔)言った「Extreme level」5.6ppmを越えているじゃないか、というのだ。

 Monsanto社が1999年当時述べた5.6ppmは、上述の1997年のEPA主張、1999年のOECD合意から推測してグリホサートのみの残留と考えるのが妥当だから、AMPAとの合算値で比較することはルールの変更に当たり、少しおかしい。この観点からグリホサートのみの残留を比較した場合、Monsanto社の主張に合致しないのは10サンプル中1サンプルのみになる。

 次の問題は、GMダイズへのグリホサート残留が法的残留農薬基準値を上回っているのか、さらに大量に残留し安全性懸念がないのかということになるだろう。グリホサートのダイズ残留基準値は、CODEX、EU、日本、米国(上記EPAのリンク参照)とも20ppmだ(尚、2013年5月1日の改訂 で米国のダイズ残留基準が40ppmになったという一部GM反対派の主張は誤りである。20ppmから40ppmにされた「Oilseeds, group 20」にダイズは含まれない)。

 合算値を用いたとしても、研究グループの合算値平均は9.0ppmにすぎない。管理基準を越えているのは1サンプルのみだが、通常残留農薬検査のサンプリングは一粒検査ではないから、サンプルは基準値以下に希釈されてしまいロット全体が違反となる可能性は極めて低い。

 ところで、一般的傾向としてグリホサート残留値が高くなったということはあるかもしれない。これはグリホサートの使用方法が多様化したことに由来する。このことは論文中でも触れられているが、播種前、成育中の使用に加え、収穫物の乾燥目的などで収穫前に散布される例が増えてきたからだ。

 従い、慣行農産物からもグリホサート残留が検出されるし、GM作物では残留量が積み増しされる。各国のグリホサート残留管理基準値が、度々引き上げられてきたことは、この適用拡大と無関係ではない。また、Monsanto社の主張がなされた1999年当時は、適用拡大に添った使い方は、現在ほど盛んではなかった。この点からも、昔の「Extreme level」と現在の残留値を比較するのはフェアではない。

 このように、「『Extreme levels』のラウンドアップがGMダイズでは普通です」は、実は一般読者がタイトルから想像するような恐ろしい話ではない。1970年代に登場したラウンドアップは、他の除草剤に比べ「benign herbicide」(良性な除草剤)であるという相対比較は健在だが、それ故に、また2000年の特許切れも手伝って世界中であまりに多量に使われすぎたという事実に伴う諸々の懸念は正当なものだろう。ノルウェイの研究グループが最後の方で言及している諸論文は、いろいろと警鐘を鳴らしている。個々の論文を精読していないので、私には評価できないが。

 長年GM論争をウォッチしてきたが、米国などのGM反対派の主張が、最近微妙に変化してきたように感じられる。GM(作物)自体の安全性論争は、いくらやっても科学の土俵で先ず勝てない。そこで、グリホサートや2,4-Dなどの化学農薬リスクと除草剤抵抗性GM作物を絡めて攻める(Btは生物農薬として有機でも使われるので、害虫抵抗性GM作物はこの手法ではちょっと攻めにくい)というのがトレンドになりつつある。最近「週刊文春」が燃えカスを火吹き竹で一所懸命吹いて煽っているSeraliniのNK603 Rat Study も、この一傾向として整理できるだろう。

 これらの問題に対して、開発メーカーや行政は真摯に取り組み、適正な情報提供をしてもらいたい。同時に、国内外を問わずメディアもいたずらに一般消費者の恐怖を煽るだけではなく、信頼するに足る情報源となることを目指して欲しい。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい