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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

治験に進んだ遺伝子組換えスーパーバナナはハードルを越えられるか?

宗谷 敏

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 2014年6月16日、オーストラリアのクィーンズランド工科大学(Queensland University of Technology:QUT)が開発したビタミンA前駆物質含有量を増加させた遺伝子組換え(GM)バナナについて治験が行われるというニュースが広く報じられた。生物学的に栄養強化(biofortification)されたGMバナナによる世界初のヒトを対象にした試験ということに、メディアの関心が集まったらしい。

 QUTによるリリース 「スーパーバナナ-世界初の治験」の概要(内容の殆どはJames Dale教授による説明)は、以下の通り。

 米国Bill and Melinda Gates財団から約1千万ドルの支援を受けて、James Dale教授が主導するQUT プロジェクトは世界で最も重要な biofortification プロジェクトの一つです。治験は、2005年に開始されたこのプロジェクトの意義深いマイルストーンであり、2020年頃にウガンダにおける実用化が期待されます。

 バナナは東アフリカ諸国の主食ですが、ビタミンA前駆物質(pVA)や鉄分などの微量栄養素に欠けます。ビタミンA欠乏(VAD)により、世界では65万~70万人の子供たちが毎年亡くなっており、少なくともさらに30万人が失明の危機にさらされています。VADが、免疫不全や脳の発達障害を招くという証拠もあります。

 良い科学が、ウガンダにおけるバナナのような主要素農作物をpVA で強化して、栄養に富む食料を貧しく自給自足している人々に提供することで、劇的に状況を改善できるでしょう。

 QUTで試験栽培されたこのバナナは、世界初の治験のために米国に送られました。治験は6週間行われ、年内に最終的な結果が出されるでしょう。スナネズミ(Mongolian gerbils)を用いた米国での試験が、既に成功しています。

 このバナナの外見は普通のものと同じですが、果肉はクリーム色ではなくオレンジ色になります。プロジェクトは、乾燥重量1グラム当り20マイクログラムのpVA最低レベルを目指しています。

 ウガンダにおける試験栽培が始まる前に、QUTによる最初のラボテストがブリスベーン極北部で実施されました。さまざまな遺伝子を導入して試験栽培されたすべてのバナナが機能することが確認され、実際に成績の良かった遺伝子がウガンダに送られ試験栽培されました。次の3年でエリートラインが選択され、ウガンダ各地で試験栽培されるでしょう。

 GM作物の商業化を許す法律をウガンダ議会の委員会が審議中ですが、政府は2020年までにこれを発効させるべきです。GM作物の試験栽培を可能にする規則は、既に存在します。

 ウガンダで承認されれば、ルワンダ、コンゴ民主共和国地域、ケニアとタンザニアを含む東アフリカ緒国が同じ技術を使えない理由がないでしょう。この同じ技術は、様々な品種に容易に移転できます。

 このプロジェクトは、アフリカの主食製品に莫大な好影響を与える可能性があり、健康を高め、世代を超えて何百万人もの福祉に貢献できるでしょう。

 プロジェクトが直面している最大の挑戦は、小規模プロジェクトから国家規模に進むに当たり純粋にロジスティックスの問題です。しかし、現在Dale教授のチームで研究に取り組んでいる5人のウガンダ人の博士課程の学生が、今後数年のうちに、QUTと共同研究を進めているウガンダの科学者チームに加わることでしょう。(QUTリリースの概要おわり)

 このバナナのpVAを強化するという開発コンセプトは、先行した「ゴールデンライス」と同じだ。「ゴールデンライス」は、過剰とも思える規制クリヤー問題とGM食品反対派からの根強い抵抗に遭遇し、苦難の道のりを歩む。「ゴールデンライス」は、中国での治験結果では成功しながら、Greenpeaceの告発によるプロトコル違反問題で躓いたことは記憶に新しい。

 「ゴールデンライス」に対するGM反対派の主張の大部分は根拠に乏しい言い掛かりや、開発当初は懸念されても、その後(技術的・政策的に)解決された問題を知らないフリをして繰り返している。不勉強なメディアが、易々とそれに乗って拡散してしまうという悪循環に陥っている。だから、スーパーバナナも、QUTが述べているロジスティックス問題だけではなく、同じ抵抗に遭う懸念は十分にあるだろう。

 治験に供されるこのバナナの品種は、「キャベンディッシュ (Cavendish)」であり、もともと三倍体ゲノム構成を持つ栽培種なので、不稔である。花粉や種子を産出できないから、GM遺伝子が外部に拡散するという懸念はまずない。米国Microsoft社創設者で大富豪のBill Gates氏が人道的に資金提供しているが、GM開発国際企業は一切係わっていないし、除草剤耐性や害虫抵抗性作物のように雑草や害虫に耐性を発達させるリスクもない。GM反対派にとってはまさに難攻不落に見えるが、そこはまた、なにか無茶振りをしてくるのだろう。例えば、GeneWatch「ベータカロチン(pVA)の過剰摂取はガンを招く証拠がある」とか。

 QUTの技術的な説明は、殆どのメディアがGMとだけ書いて省いている。一言で言うなら、pVAの蓄積遺伝子をバナナに導入し、その遺伝子を植物体内で発現させるということだろうが、簡単な技術的説明はプロジェクト解説にあり、OGTR(オーストラリア遺伝子技術規制局)の試験栽培承認文書 は、個々の導入遺伝子まで詳述している。

 バナナは、ウガンダでは一人当たり年間250キロも消費される。世界では年間1億トンも生産され、市場規模も50億ドル(約5070億円)に達するという。「キャベンディッシュ」は、その47%を占める中核品種なのだが、このところ新たな懸念が伝えられている。

 バナナ就中「キャベンディッシュ」が、フサリウム菌病(パナマ病)の感染により絶滅さえも危惧されるという話題だ。被害は、アジアからアフリカ・中東へと拡大し、中南米にも潜在的リスクがあると言われる。この件は、しばしばメディアも取り上げているのでご存じの方も多いだろうが、最近の記事をリンクしておくので参照願いたい。

 2014年4月4日のIndependent紙による「Bananageddon」「Noah’s Ark」記事、前者には和訳 もある。4月14日のFAO(国連食糧農業機関)による警告文書及び4月15日のAFP記事和文

 実は、James Dale教授率いるQUTチームは、biofortificationと並行して、このパナマ病に抵抗性を持つGMバナナも研究しており、こちらの成果も期待される。

 減産や絶滅危惧にある植物をGMで救おうとする試みは、バナナだけではない。ハワイ産パパイヤ(パパイヤリングスポットウィルス:PRSV)の成功は有名だが、フロリダ州のオレンジ(カンキツグリーニング病-Citrus Greenig Disease:CG)や、アメリカ栗の木(クリ胴枯病-Chestnut blight)などへのGMによる対策が開発途上にある。

 もちろん救済措置はGMだけに限らないが、これらの場合は現在もっとも有効な手段と考えられている。そして、研究者たちが口を揃えて懸念するのは、GM反対派の技術に対する阻止運動とそれに煽られた一部メディアが感染させる公衆の不安である。

 上記のNew Scientist誌が述べている通り「種の運命は、怖れと偏見によって決定されるべきではない」。まるでカルトの終末思想のように社会不安を煽り続けるアンチGMイデオロギストたちと洗脳された一部メディアの介入により、バナナやオレンジが高騰したり食べられなくなったりするのは、消費者にとっても残念で、不幸なことだろう。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい