科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

錦秋の米国、GMOを巡るあれこれ

宗谷 敏

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 日経BP社の「日経バイオ年鑑2015」に掲載する「特別リポート・遺伝子組み換え作物を巡る世界各地の動き」の執筆にかまけて、1月余Foocomを休載してしまった。400字詰め原稿用紙換算147枚にも及ぶこの年間ログを書いていて、筆者が気になった直近(9月、10月)のGMO(遺伝子組換え作物・食品)を巡る米国の動きをいくつか紹介する。

<GM飼料の家畜や生産物への安全性>

 オーストラリアのJudy Carman と米国の獣医師らが2013年6月に発表したGM穀物飼料を与えたブタは、非GM飼料で育てられたブタに比べ、胃炎発症率が大幅に高いという研究は、GM反対派に良く引用される(心臓異常や肝機能障害の発症率は非GMトウモロコシだけを与えられた対照群の方が高いというこの研究の別のデータは常に無視される)。

 GM穀物飼料に関する研究は多数あるが、カリフォルニア大学ディヴィス校の研究者たちは、1983年からの2011年まで家畜への給飼と健康に関するピアレビュー論文をメタ解析(累計家畜数1千億以上)して9月2日Animal Science誌に発表した。結論として、家畜の健康と家畜由来の生産物にはGM飼料(1996年以後)によるネガティブな影響はなく、非GM飼料との差異はなかった。

 なお、ヒトや環境へのリスクも含めた同趣旨の論文メタ解析は、イタリアのペルージャ大学などの科学者チームによって13年9月16日Critical Reviews in Biotechnology誌に発表されている。
 こちらは、02年から12年までのGM食品安全性と環境影響に関する1,783例の研究論文を解析した結果、GM作物や食品が害となったことを明示している信頼出来る例証を見出すことは出来なかったと結論している。

<中国のMIR 162輸入拒否問題>

 2013年11月からの未承認チョウ目害虫抵抗性GMトウモロコシ(Syngenta社のMIR162「Agrisure Viptera」)混入を理由とした中国による飼料用米国産トウモロコシ輸入拒否は、年末に輸出好調だった製品のDDGS(エタノール製造に伴うトウモロコシ蒸留カス)にも及び穀物業界にとって大問題となっている。13年11、12月で54万5千トン、14年9月末までに累計125万トンが積み戻されたと言われる。

 Cargill社は、これにより9千万ドル以上の損害を蒙ったとして11年から米国内で種子を販売したSyngenta社をルイジアナ州司法裁判所に9月12日告訴した。トウモロコシ農家もイリノイ、アイオワ、ミズーリ、カンザス、アーカンソー州及びネブラスカ州の連邦裁判所に集団訴訟を起こしている。

<全米科学学会(NAS)・全米研究評議会 (NRC)によるGM作物の包括的レビュー>

 この科学ベースのレビュー「A Science-Based Look at GM Crops」は、米国政府の後援により18カ月(16年まで)かけて実施されており、第1回公聴会「Past Experience and Future Prospects」が9月15、16日にワシントンD.C.で開催された。

 この公聴会には参考人として、Gilles-Éric Séralini教授(フランスCaen大学)、Jeffrey M. Smith(Institute for Responsible Technology)、Michael Hansen(Consumers Union)をはじめ、Greenpeace International、Center for Science in the Public Interest、Center for Food Safety、Food & Water WatchなどのGM反対派の主役も軒並み呼ばれた。

 彼らの箔付けになるだけではと危惧されたが、NAS・NRCの狙いは、彼らが声高に主張するGMリスク説には、GM作物と食品の完璧な安全性を証明している現在の記録に挑戦する新しい(科学的)データが実は存在しないのを公共の場において示すことだったようだ。

<除草剤2,4-D耐性GMトウモロコシとダイズ種子及び除草剤の認可>

 グリホサート耐性雑草対策として農家が期待する Dow Agro Sciences社の除草剤2,4-D耐性GM(製品「Enlist」はグリホサートと2,4-Dコリン塩への耐性を併せ持つ)トウモロコシDAS-40278-9、ダイズDAS-68416-4及びDAS-44406-6 に対する最終環境影響評価書(EIS)規制緩和(ROD)をUSDA(米国農務省)・APHIS(動植物検疫局)が9月17日に発表した。

 EPA(米国環境保護局)も、10月15日にこれらの種子に対応する除草剤「Enlist Duo」を安全性承認登録した。当面は、イリノイ、インディアナ、アイオワ、オハイオ、サウスダコタとウィスコンシンの6州での使用が許され、「Enlistシステム」の米国内での市販が可能となった。

 残る障害としては、中国がこれらの種子の輸入安全性証明をまだ発給していないこと、2,4-Dはベトナム戦争の枯葉剤「Orange Agent」で発がん物質のダイオキシンが含まれる(誤報)と言い張る反対派からの訴訟などが予想される。

<Monsanto社も注目するmicrobialsはパラダイムシフトを起こすか?>

 ワシントン大学のRusty Rodriguez教授は、イエローストーン国立公園の苛酷な環境(高熱)下でも土壌の菌類の力を借りて植物が成育していることに気づく。これを食用作物にも応用できないかと考えた教授はAdaptive Symbiotic Technologies(AST)社をシアトルで起業する。

 同社は、種子を処理する(GMではない)ことで微生物が植物システムに侵入できるようにして、環境適応能力を授ける方法を試みている。種子処理されたトウモロコシは干ばつ条件下の栽培試験で、25~50%少ない水を使い25~85%の単収増加を示したと9月22日Kansas City Star紙が伝えた。同社の開発パイプラインにはダイズ、コムギ、オオムギ、サトウキビ、ソルガム、葉菜類、トマトと柑橘類がある。

 この微生物を利用(microbials)して植物の栄養を強化するinoculants製品や害虫、病気、雑草から保護されたbiocontrol製品を開発することに並々ならぬ関心を示しているのが、GMの雄Monsanto社である。開発の中核は8月27日に発表されたデンマークのNovozymes社との提携だ。
Inoculants目的の種子処理に対する規制は、(現在のところ)GM作物や農薬に比べて無きに等しいようだ。規制コストがかからない開発は、Monsanto社ならずとも強い魅力だろう。
 茶サジ一杯の土壌には500億の微生物が存在すると言われる。気候変動にも対応できる食料増産の可能性を持つ次世代農業技術としてmicrobialsは、このところ海外メディアへの露出も増えており注目株の一つだろう。

<オレゴン州の未承認GMコムギ自生は迷宮入り、新たにモンタナ州でも発見>

 USDA・APHISは、13年5月に発表したオレゴン州で栽培未承認の除草剤耐性GMコムギ(MON 71800)が発見された原因について不明とする報告書を9月26日に公表し、併せて14年7月にもモンタナ州モンタナ州立大学の試験圃場から未承認GMコムギが発見された(2例目)ことも発表した。
 この件は、白井洋一氏がFoocomに速報されているので、そちらをご参照下さい。

 尚、白井氏も触れている通り、オレゴン州事件により損害を受けたとするコムギ農家からの集団訴訟(カンザス連邦地方裁判所)について、Monsanto社は一部農家との間で金銭的和解が成立したと9月5日に判事に報告した。

<11月4日にコロラド州とオレゴン州でGM食品表示住民投票が実施される>

 米国のGM食品への表示問題は、12年以来国民的議論になった観がある。ハイエンドとしては、連邦議会において国家レベルのGM食品義務表示法案(S 809HR 1699)と、州レベルのGM食品表示を無効とする任意表示法案(HR 4432)とがそれぞれ議員立法されており、継続審議中だ。

 通常GM食品表示を求める具体的動きには、州などの地方議会による立法と市民発議(イニシャティヴ)による住民投票の2種類がある。13年に、コネチカットとメインの州議会が、トリガー(周辺他州も実施したならという施行条件)付きのGM食品表示法案を可決した。14年5月には、ヴァーモント州議会が、条件無し独立型のGM食品義務表示法案を成立させて16年7月施行となった。しかし、これに対して6月に食品業界がヴァーモント連邦地方裁判所で違憲訴訟を起こしている。

 13年から14年にかけて、25州で60本以上のGM食品表示関連法案が議員立法された(但し、カリフォルニア州のように州議会委員会レベルや上・下院で否決された州も多く、10月現在でもアクティヴで審議中なのは10州以下だ)。
一方、州民投票では13年11月に実施されたワシントン州Initiative 522が、12年11月のカリフォルニア州Proposition 37に続き僅差で否決された。

 14年は、11月4日の中間選挙に併せコロラド州(Proposition 105)とオレゴン州(Measure 92)において州民投票が予定されており、賛成・反対両派が高額のキャンペーン運動寄付金を州内外から集め、激しいCM合戦を展開している。10月中旬時点で、コロラド州ではYesに44万ドル、Noに1,120万ドル、オレゴン州ではYesに550万ドル、Noに1,070万ドルが注ぎ込まれた。

 偶々両州には、無作為抽出された州民20名が各イニシャティヴを事前評価する市民発議レビューパネル制度がある。GM食品表示について、コロラド州は賛成11票反対9票、オレゴン州は賛成9票反対11票と拮抗しており、投票結果もきわどいものになりそうだ。
 最大の関心は、表示実施コストに伴い州民のサイフを直撃する食品値上げ額がどの程度になるかということだ。これについては、賛否両派から様々な報告書が発表されている。例えば、4月28日に連邦議会下院の近代農業党員集会で趣旨説明されたCouncil for Agricultural Science and Technology(CAST)の「The Potential Impacts of Mandatory Labeling for Genetically Engineered Food in the United States」報告書は、GM義務表示自体に反対し、加工食品業界がGM表示を避けるためにNon-GM原材料の調達に走ればコストは相当上がるが、該当加工食品にGM表示するだけならコスト増はより少ない、いずれにしろ食品価格は上昇すると論じた。

 一方、10月1日にConsumers Unionが発表したオレゴン州のECONorthwest社による調査結果では、GM食品表示実施に伴う消費者の負担増は年間32セントから15.01ドルで、中間値は2.30ドルにしかならないと述べ、表示反対派の4人標準家庭で年間400~800ドルの負担増というTVCMを否定した。

<「Natural」表示食品やGMOに対する米国消費者の理解度は?>

 GM成分などを含むのに「(All) Natural」と表示している加工食品に対する消費者からの訴訟は、13年末時点で少なくとも100件発生している。FDA(食品医薬品局)が「Natural」の定義を定めず、連邦判事からの照会にも回答を1月6日に断ったため混乱は収まりそうにない。訴訟が長引くのを嫌い、高額な返金和解を選択する食品企業も出てきた。

 有機業界も「Natural」表示を商売敵として敵視する。Consumer Reports誌(Consumers Unionが発行する月刊誌)は、消費者の75%以上が「Natural」表示を誤解しているというアンケート結果を6月16日 に発表し、7月4日に撲滅を目指し「kill the natural label」キャンペーンを立ち上げた。

 さらにConsumer Reports誌は10月7日に追い討ちを掛け、6月の調査では60%以上の消費者が「Natural」の意味を「Non-GM」だと誤解していたが、市場にある「Natural」表示された加工食品を調べたところ殆どがGM成分を含んでいたと発表する。

 「Natural」表示とは別に、本家?の「Non-GM」マークを付けた加工食品も市場には溢れている。これらは、Non-GMO Projectにより加工食品の原料についてGMOフリー(閾値0.9%)を民間認証した証であり、今や2,000ブランド2万製品にも及ぶ(但し、もともとGMOが存在しない食品原料もどんどん認証している)という。

 主流科学界が格別なリスクはないといくら説明しても、GM食品を避けたい、故に表示を望む米国消費者はかくも多いハズなのだが、ABCテレビの人気ショー番組「Jimmy Kimmel Live」が10月10日に放映した街頭インタビューには考えさせられる。GMOを避けたいと思っている人々に対し、番組クルーが「GMOって何ですか?」と店頭や街角で尋ねる。驚くべきことに、殆どの人々は満足に答えることが出来なかった。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい