科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

中国人によるGM種子泥棒は米国国家に対する経済スパイ活動か?

宗谷 敏

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 2015年3月30日、Des Moines Register(アイオワ州地方紙)は、2007年から2012年まで、中西部のトウモロコシ畑から米国企業(Monsanto社、DuPont Pioneer 社及びLG Seeds社)が知的財産権を持つ研究用種子を盗んでいたとして、2013年12月に中国人グループ6名(中国バイテク企業と種子企業の関係者たち、その後もう1名追加)がアイオワ州で起訴された事件についてフォローしている。

 この事件は米国内では有名であり、しばしば報道されてきた。例えば2014年9月21日のCNN記事は日本語でも読める。しかし、事件性のある話題の常として、各紙の報道内容がかなりバラけているため、先ずこれらを時系列的に整理し直してみる(お断りするまでもないが、事実関係の検証は私には出来ないので、紙名を省略し報道内容を要約しただけである)。

<事件発覚から起訴までの推移>

2011年5月2、3日 アイオワ州タマのDuPont Pioneer社の研究圃場で、中国人2名が2日前に植えられた種子を掘り返しているのを警備員が発見し、フィールドマネージャーが尋問した。彼らは、アイオワ州立大の関係者で会議に出席していたとウソの弁明をしたが、通報を受けたFBI(米国連邦捜査局)は、レンタカーのナンバーから不審者の一人をMo Hailong(莫海龍)と特定した。

 Mo(通称Robert Mo)は、中国のバイテク企業Beijing Dabeinong Technology Group社(DBNグループ)の国際事業部長であり、カンザス州立大学で機械工学の大学院学位を取得、フロリダ州に10年にわたり居住する米国の合法的在住者だった。

 後に、もう1名はDBNグループの子会社で北京ベースのトウモロコシ種子企業Kings Nower Seed S & T社のWang Lei副社長と判明。

9月6日 トウモロコシ畑に不審者がいると911通報を受けたアイオワ州ポーク郡の保安官代理が現場に急行し、Moと中国人グループを尋問した。Moは中西部をドライブしてクロップサーベイ(輸入購買者などによる作柄調査)をしていると説明したが、そこは商用トウモロコシ圃場などではなくMonsanto社の研究圃場だった。Mo以外の中国人2名は、Kings Nower Seed社のWang Lei 副社長とCEOのLi Shaoming博士だった。

 このため嫌疑が確信に変わったFBIは、Moと仲間の携帯電話を盗聴し、レンタカーに録音装置、後にMoが賃借するアイオワ州種子貯蔵庫に監視カメラを仕掛けた。

9月27日 Moはアイオワ州ウェストデモインの郵便局からフロリダ州の自宅まで「トウモロコシサンプル」と表示された341ポンドの箱を1,152.97ドルかけて郵送した。

2012年2月15、16日 訪米した習近平中国国家副主席(当時)がアイオワ州デモインを訪れた際、州知事主催の歓迎晩餐会にMoが別名Hougang Wuを用いて参加していたことを、座席表からFBIが確認。習副主席随行団には、Kings Nower Seed 社Wang Lei副社長が参加。

3月下旬 Kings Nower Seeds社がイリノイ州の農場を60万ドルで購入。入手した種子を栽培していたものと推測される。

4月 FBIは、種子窃盗計画の一部に使われたと推測されるイリノイ州の農場購入にMoが関係していたという情報を得る。

 こうして、Moらは種子貯蔵庫(アイオワ州)を借り、自前の実験農場(イリノイ州)を購入するなど大規模な農業スパイ活動を展開していたことがFBIの監視により徐々に明らかになってくる。

4月30日 監視チームは、アイオワ州の種子販売店で、MoがPioneer Hi-Bred社のトウモロコシ種子6袋に現金1,533.72ドルを支払って購買するのを目撃する。この時Moは、知財権保護のための使用許諾条件契約書に署名しなかった(1袋200粒の種子のうち1粒は親株であり、ハイブリッド種子を再生産できるという)。

5月1日 アイオワ州の種子販売店で、MoはDeKalb社の(Monsanto社ブランド)トウモロコシ種子6袋を現金1,366ドルで購買した。彼は過去3年間この店の顧客だった。

5月 Moと2人の仲間が、イリノイ州のFedEx社を訪れ、合計重量125ポンドの種子5箱を香港に送ろうと試みたが、FISA(後述)法廷命令を得たFBIが中継地のテネシー州FedEx社でこの種子を押収した。

9月30日 合衆国税関と国境警備隊は、カナダとの国境近くのバーモント州ハイゲートスプリングスにおいて、Kings Nower Seed S&K社のCOOと研究部長の私物を調査し、電子レンジ用ポップコーン2箱からポップコーン袋の下に隠されていた封筒100枚を押収、封筒には番号が振られ、トウモロコシ種子が入っていた。チェック済み手荷物やポケットからもトウモロコシ種子が押収された。また共謀者と思われる人物の車のシートの下と手荷物から種子44袋も押収された。これらのケースでは、当局は種子の押収に留め、逮捕者は出していない。

2013年12月11日 12月10日に刑事告発されたMoが、フロリダ州で逮捕される。

12月17日 MoとBeijing Kings Nower Seed S & T社関係者ら中国人6名(Mo以外の5名はおそらく中国に逃げ、逮捕されていない)がアイオワ南地区Nicholas Klinefeldt連邦検事により起訴された。

2014年7月1日 Moの妹で、DBNグループのCEOである Shao Genhou(資産14億ドルの富豪と言われる)の妻Mo Yun(莫雲容、当時42歳)がカリフォルニア州ロサンゼルス国際空港で逮捕される(娘たちとディズニーランド見物に来ていた彼女は、早期決着を求めて兄たちの事件からの分離裁判を望んだが、認められなかった模様)。

<Des Moines Register紙の問題提起>

 以上の経緯を理解した上で、リードで紹介したDes Moines Register紙に戻る。同紙が問題提起しているのは、この事件の性格と、FBIによる事件への介入及びその根拠法適用の妥当性だ。この点に関しては、米国の法曹界でも意見が割れているようだ

 FBIは、この犯行に介入した根拠として、FISA(Foreign Intelligence Surveillance Act:外国情報監視法)を適用したとしている。この法律は、ウォーターゲート事件などを受けて1978年に成立し、スパイ活動やテロ行為を行う疑いのある米国民(永住権を持つ外国人を含み得る)による「外国の情報活動」に対する物理的捜索や電子機器を使用した監視による情報収集手続きを定めている。

 FBIは、グローバル化の時代に米国経済の競争力確保は国家安全保障上の優先事項である。経済スパイ(economic espionage)事件は、FBIの対諜報部(Counter-Intelligence Division)にとって主要な成長分野だ。盗まれた種子の価値と米国種子会社の知的財産は5億ドルを超える(一般にはこの事件の損失見積額は、5~8年の研究と3千~4千万ドル)と主張している。

 同種の事件に対し、FBIがFISAを適用したのはMoのケースだけではない。米国Ventria Bioscience社の製薬用コメ種子を盗み、中国の研究所に送ろうとした中国人科学者2名が、カンザスの連邦検察官により2013年12月に刑事起訴されている。Ventria社はこのコメの開発に7千5百万ドルを投資していた。

 このまま有罪が確定した場合、Mo兄妹は最高15年(10年という説もある)の実刑判決に直面する。しかしながら、もうお気づきと思うが、もし本件を米・中企業同士による単純な産業スパイ合戦の民事訴訟と考えたなら、FBIがFISAをタテに収集した盗聴や強制的な種子の押収などにより得られた50万ページ以上の書類、50時間の録音テープと2年にわたる調査によって作成された撮影フィルムなどは、証拠能力を持たない。

 もう一つのポイントは、DBNグループに対する中国政府の関与の有無だろう。被告側参考人が提出した供述書によれば、中国政府によるDBNグループの持ち株比率は高くなく(1.08%)、この点からはクラウンカンパニー(国営企業)であるとは指摘できそうにない。経済スパイ訴訟で、外国企業と政府間のリンクを証明するのは検察官にとっても容易なことではないようだ。

 Moの弁護士らは、Moらは中国国家のスパイではなく単なる実業家に過ぎないとしてFBIが提出した証拠類の審理への不採用を申請しているが、認められるかどうかは微妙らしい。ともかく、注目される審理は2015年9月14日開始が予定されている。

 中国のバイテク(種子)産業が米国先進企業に追いつくためには、3つの方法があるという。1)長期間にわたり営々と自前の研究を積み重ねる 2)米国企業と有料のライセンス契約を結ぶ 3)技術を盗む。事件が民事か刑事かはさておき、Moらが最も「経済的」で手っ取り早い 3)に手を染めてしまったという事実だけは、どうやら動かしがたいようだ。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい