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GMOワールドⅡ|宗谷 敏

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
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油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

中国国営企業がスイスSyngenta社を5兆円越で爆買い

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2016年2月8日

 2016年2月3日、スイスSyngenta社は、昨年末から検討していた中国ChemChina(中国化工集団公司)による買収に合意したと発表した。買収額430億ドル(約5兆1600億円)以上は、中国による過去最高の海外企業買収規模となる。

 このニュースは、2月3日付日本経済新聞はじめ国内一般紙やNHKニュースも報じたし、Bloomberg紙や、Wall Street Journalなど、外紙の日本語記事でも事実関係の概要が読める。本件について、多少のバックグランドと筆者が興味を抱いた派生事態を考察してみる。

<ChemChinaについて>

 中国国営企業であるChemChinaは、資産2923億元(約5兆2000億円、2015年9月)、北京に本部を置き140以上の国に進出している中国で最大の化学企業である。2015年Fortune Global 500(社) では265位(因みに、首位は米Wal-Mart、日本企業ではトップが9位のトヨタ自動車、ChemChinaランク付近では251位に富士通、267位にKDDI)。ビジネスとしては、化学物質、石油精製、ライフサイエンスからタイヤまで多角的に展開し、農業関連分野では肥料と農薬を販売する。

 1958年蘭州市生まれで化学工業省の官僚出身のRen Jianxin(任建新)会長は、国営メディアから「Merger king(合併王)」と呼ばれる。ChemChinaは100件以上の合併・買収を計画し、英国、イスラエル、イタリア、ドイツで主導的企業9社の獲得に成功し、オーストラリア、フランス、ノルウェーなどの専門化学薬品会社も手中にしている。2015年にはタイヤ業界世界5位のイタリアPirelli社を80億ドルで買収し注目を集めた。

<Syngenta社について>

 2000年にスイスNovartis社と英AstraZeneca社の合併により誕生した農薬と種子で年間販売額151億ドルと社員総数28,000人(いずれも2014年)規模の巨大企業だ。市場シェアでは農薬部門では世界第1位で、以下独Bayer社、米DowDuPont社、独BASF社(化学分野では世界1位)及び米Monsanto社がトップ5。種子部門では、Monsanto社、DuPont社に次ぐ世界第3位で、仏Limagrain社、米Land O’Lakes社が続く。

 Syngenta社の農薬と種子の販売額比率はおよそ8:2であり、最近のデヴェロッパーの傾向に従って環境に優しい統合的な作物防御と管理を志向する。農薬部門は、除草剤・殺虫剤・殺菌剤に有力ブランド群を揃えるが、特に注目されているのは種子処理剤だろう。

 種子部門におけるSyngenta社の強みは、穀物、野菜、花卉の3種類を幅広くかつバランスよく揃えていることだ。GM(遺伝子組換え)種子では、主力はトウモロコシ(食用スイートコーンやエタノール生産用などもある)で、ワタ、ダイズ(Bayer社と協同開発の除草剤メソトリオン及びグルホシネート耐性ダイズ SYHT0H2)などを持つ。

<Monsanto社、ChemChinaの思惑とSyngenta社の立場>

 2015年にMonsanto社は、Syngenta社との合併を画策し、8月には466億ドル(約5兆5000億円)の買収提案を蹴られて断念したが、今年に入ってからも未練タラタラだった。種子番長Monsanto社が欲しかったのはSyngenta社の農薬部門だろう。

 買収に成功すればMonsanto社は種子・農薬で世界二冠を達成するが、そんなことよりフラグシップ除草剤「Roundup(グリホサート)」が、特許切れ、耐性雑草の発生と拡大、国際がん研究機関(IARC)発がん性2Aランク付けなどアゲインストの風に曝されている。Syngenta社の耐性雑草対策商品や種子処理剤は魅力的だし、新規GM種子では撤退したヨーロッパ市場に新たな橋頭堡も築ける。合併を機にアクティヴィストから憎悪のアイコンになっている社名も変えるのではという憶測さえあった。

 Syngenta社の獲得に失敗したMonsanto社は、2016年第一四半期も不振で、今後もDowDuPont社とChemChina- Syngenta社との厳しい競合に見舞われるため凋落の序曲とみる向きもある。Monsanto社が、既に協力体制にあるBASF社やBayer社との業界再編に向かって動くだろうというアナリストの見立てもあり、農業産業は今後流動的で目が離せない業種になっている。

 一方、農業関連では肥料と農薬が中心のChemChinaの場合は、Syngenta社の種子部門へのウェイトがより高いと思われる。もちろん農薬の世界市場への進出は魅力的だが、環境問題を突きつけられている中国国内に限っては、2020年以後肥料と農薬使用の抑制案を2015年12月に政府が発表している。このため、ここで国内市場の成長は行き止まり横ばいとなる可能性が高い。従い、ChemChina は農業関連分野のポートフォリオを肥料と農薬から多様化する必要に迫られており、その場合種子7,000品種(野菜が5,000品種以上を占める)を揃えるSyngenta社の種子部門は垂涎の的だった筈だ。

 Syngenta社がMonsanto社の提案に乗らなかったのは、ヨーロッパで不人気なMonsanto社を嫌気したなどと説明されているが、もっと実務的な理由だったようだ。Monsanto社の提案には、合併後の人員削減計画が含まれていたため、Syngenta社はこれを呑めなかった。大型合併・買収にとって、米国やEUの独占禁止法は常に高いハードルになる。例えば、米国のDowDuPont社は、合併後事業を3分割することで、この壁をクリヤーしようとしている。

 Monsanto社に比べChemChinaは、Syngenta社に対して本社をスイスに残し、現在の経営陣が引き続き運営することを認め、1企業としての存続を可能とするSyngenta社にとってより好ましい条件を提示している。もちろん中国の国営化はしないという言質も与えている。いわばお店を居抜きで買うから経営はしてね、なのだ。さらにSyngenta社にとっては、競合他社に先んじて中国の潜在的国内巨大市場に大手を振って入っていけるというボーナス・チケット付きである。ChemChinaの話が案外早く纏まったのは、2015年11月のDowDuPont社の電撃合併も多分に影響している。これが、業界各社にとって再編と持続可能性追求への意欲や模索を加速させた。

<中国のGM事情とこの買収劇が持つ意味>

 中国のGM種子事情を俯瞰すると、ワタは国産で間に合っているし、Monsanto社が世界を席巻している(GM)ダイズは今や輸入商品であり、黒竜江省などの国産ダイズは非GMで輸出した方がお得という裏事情がある。そう考えると、GM種子の主力がトウモロコシであるSyngenta社の商品揃えは、中国のニーズに見事に合致する。

 中国におけるトウモロコシの生産性ギャップは著しく、平均単収は米国の半分程度しかない。巨大な人口を抱え耕地面積は限られており、むしろ下落しているため、GMにしろ、種子処理剤にしろ単収増加は差し迫った命題である。ダイズに続いてトウモロコシも価格競合に敗れて輸入依存になることを、中国としては食料安全保障上から絶対に避けたいのだ。

 しかし、現実的にワタ以外にはパパイヤしか商業栽培されていない中国はGM国内栽培には慎重姿勢で、実質禁止とも言える。「紅いMonsanto」とも称されるOrigin Agritech社は、中国の代表的な民間バイテク企業である。同社は、高フィターゼGMトウモロコシを開発し、2008年に国内栽培バイオセーフティ承認を受け、2015年に更新も得ているが、国内商業栽培には踏み切らず、むしろ海外市場への販売に注力している。

 中国の科学者たちはGM作物採用を推奨し、政府も(商業栽培を除く)研究・開発については熱心に支持しているが、共産党内部に強い基盤を持つ軍部が嫌米思想と相まってネガティブなスタンスを崩さない。さらにGreenpeaceが、未承認のGMコメやトウモロコシが地方で違法に栽培されているとゲリラ的な告発を繰り返しては中央・地方政府に揺さぶりをかけ、公衆への不安を煽り続ける。なお、Greenpeace(北京)は、ChemChinaのSyngenta社買収にも批判的コメントを出した。

 習近平国家主席ら政府中枢は、食料・飼料増産にGM作物は必須と理解しており、政府挙げて公衆の理解を進めることにも熱心なのだが、上述のネガティブな勢力とのバランスを取る綱渡りを強いられている。このバランスは、国営企業であるChemChinaがSyngenta社を獲得すればGM種子も保有することになるため、GM国内商業栽培の緩和に舵を切る可能性が高い。海外企業の進出は絶対にイヤだが、国営の自国企業が保有するなら使いたいというのは自然な流れだろう。従って、前述した肥料と農薬の国内総量抑制とは逆の方向ベクトルがGM栽培には生じると推測できるのだ。

<米国は立ち塞がるか?>

 この「国際結婚」に対しては、規制当局特に米国において、厳しい審査の対象になるだろうと指摘する法律家や金融関係者の声は多い。基本的に中国とスイスの話になぜ米国(政府)が容喙するのか? Syngenta社は、米国での拠点をノースカロライナ州に置き、カリフォルニア、デラウェア、アイオワとミネソタなどの諸州に関連施設を保有しており、売上高のほぼ1/4を北米市場が占めている。もし、Syngenta社施設近隣に米国軍事施設が存在すれば、中国スパイ活動の拠点にされるという懸念さえ指摘されている。

 連邦議会下院農業委員会Michael Conaway委員長(共和党、テキサス州)は、すかさずこの買収に関心を表明した。審査を担当するのは、国内資本の買収案件に絡む国家安全保障問題のレビューを行うCommittee on Foreign Investment in U.S. (CFIUS:対米外国投資委員会)で、財務省が所管し、国土安全保障省、国防総省など16の合衆国政府機関により組織される。

 CFIUS自体は、商業取引を止める権限を持たないが、米国資産に悪影響が及ぶと判断した場合には、当該企業に取引条件の是正を求めたり、米国大統領が取引に拒否権(veto)を発動(過去2回だけ実施された)するよう勧告したりすることができる。

 米国政府とCFIUSは、中国をもともと重点マークしている上に、最近特にヨーロッパ企業の動きにナーヴァスになっている。昨年、オランダPhilips社が売り出した照明事業部門を28億ドルで中国のコンソーシアムが買収しようとした。この取引に対し、LED製造などに関係する先端半導体技術の中国移転を懸念したCFIUSが強硬に反対した結果、Philips社は中国関係への売却を断念した。CFIUSが中国国営企業によるSyngenta社の買収に難色を示した場合、今後の進展に支障を来す可能性があるのは識者たちが指摘する通りだろう。

 EUの場合も、Syngenta社の域内売り上げが莫大な事情は同じだ。しかし、欧州委員会当局者がEU競合法適用は防衛取引しか前例がなく、この買収を拒絶できるメカニズムがないとコメントし、米国の不利益になりそうなことには基本反対しないといういつも通りのスタンスを表明している。EU非加盟国のスイスは元来中国に対して友好的だが、今回の買収に関しては国内意見も割れているようだ。

 Syngenta社と中国いえば、2011年からGMトウモロコシ種子「MIR162 Agrisure Viptera」を中国の輸入承認(2014年12月に認可)を見込んで米国で先行販売した事件があった。中国側輸入承認手続きが遅れた(遅らせた?)ため、未承認のMIR162混入を理由に米国産輸出トウモロコシや製品が中国輸入港で次々にブロックされ、穀物貿易が大混乱した。この結果、約29億ドルの損害を被ったとする輸出業者や米国農家からの賠償請求集団訴訟をSyngenta社は抱えている。ChemChinaの買収が成功したとして、訴訟に敗訴した場合の負債は、中国が播いた種を自分で刈り取ることになるのだろうか。

 また、GM種子と米・中関係で思い出されるのは、中国バイテク企業関係者らによるDuPont Pioneer社とMonsanto社の特許取得済みGMトウモロコシ種子窃盗事件だ。2013年12月にFBIに逮捕された主犯格のMo Hailong(莫海龍、米国籍)は、2016年1月27日に罪状を全面的に認め、禁固刑を5年(最高10年)以下に軽減する司法取引に応じたと続報されている。同じく逮捕された億万長者夫人であるMoの妹は、2015年7月に証拠不十分により告訴が取り下げられ中国に帰国した。Moの共犯者5名は、犯罪者引渡し条約のない中国へ逃亡したままだそうだ。この事案が、CFIUSの審査に影響するかどうかは不明だが、GMも先端農業技術だし審査開始時点で中国に対する米国の心証がよろしい訳がない。

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