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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

誤爆は恥だが話題になる~New York Times紙のGM作物批判

宗谷 敏

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 2016年10月29日、Danny Hakim記者による「GM(遺伝子組換え)作物の約束された恩恵に対する疑念」という記事がNew York Times紙の第一面を飾った。

 Hakim記者は、「GM作物論争は、長い間食べると危険であるという主に確証がない恐れに焦点を合わせてきた。しかし、もっと基本的な問題が手つかずであった-米国とカナダでのGMが増収を加速させず、あるいは化学農薬の使用量減少を導かなかった。つまり、GMの二つの約束は果たされなかった。

 その証拠は、20年前にGMを採用した北米と、主に拒絶したヨーロッパという二つの大陸における結果を、国連(FAO)のデータを用いて比較調査することで明白になる。米国・カナダと西ヨーロッパ諸国の1エーカー当たりの収量を比較すれば、新技術が約束を果たさなかったことが分かる。最近のNAS(全米科学学会)報告書も、GM作物が非GM作物との比較において収量増加に寄与したという『証拠がほとんどありませんでした』と述べている。

 そして、米国は農薬(除草剤と殺虫剤)の全体的な使用量を減らすことでは、フランスに及ばなかった。米国地質調査所によれば、米国では殺虫剤と殺菌剤の使用は1/3に減ったが、除草剤散布量は21%増えた。これに対し、フランスでは殺虫剤と殺菌剤は65%落ち、除草剤も36%減少した」と、本稿を書きはじめる。

 ここまでが、Hakim記者の主な論立てなのだが、ここから先の彼の長文は、GMについて書こうとする場合に(一般紙のライターが)陥りがちな陥穽にHakim記者もズブズブはまっていった。つまり、あまりに多面・多角的なこのGMの問題について、世に満ち溢れている数々の周辺関連情報の全てについて万遍なく触れたい、という誘惑に勝てなかったのだ。

 従って、ここから先を読んでも(基本GMが好きではないNY Timesの姿勢を反映し、GM推進派は不快、反対派は心地よいだろうが)華々しいタイトルと書き出し以外の新知見は得られない。そして、肝心要のGM作物は、収量を上げ、農薬使用量を削減するという二つの約束を果たさなかった、という指摘と引用した論拠データに対しては、科学者、・農業専門家、バイテク研究者たちから続々と疑義と反論が発表されている。

<NY Times記事に対する専門家からの意見>

 Monsanto社の筆頭副社長兼CTO(最高技術責任者)Robert T. Fraley博士は、NY Times記事中にもコメントが引用されており、「同紙のデータは都合の良い部分のみを引用した」、「すべての農家は賢いビジネスマンであり、ベネフィットがないと思ったら、技術に対して支払わないはずだ」、「バイオテクノロジーは明らかに途方もない収量増加を引き起こした」と述べた。10月31日Huffington Post紙では、さらに比較データを含む詳細な反論を寄稿している。

 Wyoming大学Andrew Kniss准教授は、10月30日Control Freaks誌で、NY Times紙の農薬使用量に関する米・仏比較が異なった単位(米国百万ポンド、フランス千トン)を用いており分かりにくく、しかも標準化された単位面積当たりの使用量を比較(Kniss准教授は、この分析を実際にやり直して示している)していないため虚偽であると指摘し、農薬管理に携わる実務者として「最も古く、最も腹立たしい」主張だと斬り捨てた。

 英国PG Economic社のエコノミストGraham Brookesは、10月31日Genetic Literacyで、天候、土壌品質、農業管理、肥料、農薬と種子、農家の知見と技倆、インプットの価格、害虫コントロールや病気と雑草に対する既存の技術の有効性など収量に影響を与える多くの要因があることを、Hakim記者は理解できなかったため読者をミスリードする誤った比較をしたと述べた。

 Florida大学のKevin Folta教授は、彼の11月1日のブログで、GM作物は直接収量を増やさなかったとしても、収量が最大にされるように作物成育の他の局面をコントロールしているとして、例証を示している。

 NY Times紙のGMに関する論評、論説とニュース記事は、Amy Harmon記者とAndrew Revkin記者を除いて偏向しており科学的に正確ではないと日頃から不満を抱いているStanford大学Hoover研究所のHenry Miller博士は、11月2日Forbes誌に寄稿し、NY Times紙のデータの不完全性と、GM作物が直接収量を増やすトレイトのために設計されなかったという事実を指摘した。

 ニュートラルな立場からGM論争の数々を鋭く検証してきたNathanael Johnsonは、もっとも信頼できるコメンテーターだと私(宗谷)は思うが、11月1日Grist誌に「NY Times紙が空騒ぎGMO巨編でしくじったこと」という論評を出した。Johnsonの指摘は、期待通りなかなか見事なので、少し詳しく概要を示す。

「この記事の最も穏当な解釈は、『GMOsは劇的に収量を改善しなかった。しかし、それらは有用である』となるから、それはニュースではない。

記事は北米と西ヨーロッパの農場統計値の比較に頼るが、このフォーカスにおける問題は GMOsに関するディテールを不明瞭にする。国際レベルでバイオ工学の効果を選び出すには、他の多くの変数-例えば、天候、害虫、土壌、経済学、農業技術など-が存在するため困難である。

もし、遺伝子工学が農業のために銀の銃弾であると判明していたなら、ズームアウトにより変化を見ることは可能だろう。 もし、GMOs が画期的な飛躍であると証明されていたなら、Hakim の未処理な国レベルの比較でそれを知ることができるだろう。この点で、 Hakim の貢献は有用である。

ここでの問題は、十分すぎるデータがあるためフォーカスの合わせ方によって、人は好きなストーリーを支持する証拠を容易に選べるということだ。例えば、Monsanto社CTOによる反論(上述)は、より狭いフォーカスを選んで、バイオ工学を支持する多くの反証データを示して見せた。

最もバランスがとれたアプローチは、利用可能なすべての証拠を調べることだが、それは5月にNAS報告書がすでに行っている。Hakimは、この報告書からもいいとこ取りだけをしている。

十分にズームアウトしなさい、そうすれば、最終的にあらゆる人間の努力がかろうじて光点を作るポイントに到達するでしょう。いいでしょう-後退して大局を見ることは常に有用です。

しかし、もし私たちがどのようにしてフードシステムをより均等で、持続可能にすべきか判断するのを望むなら、私たちは同じように地上の農業の現実にズームインしなければならないでしょう」(Johnsonの引用おわり)。

 GM反対・推進を問わず、報告書を読むとき気をつけるべきことがある。それは、最初にストーリー(推論)を定めておき、それに都合の良いデータだけを拾い集める(バックグラウンド情報やデータは無視する)、あるいは異なる目的で採られたデータを無理矢理に連結したり比較させたりする、という手法が用いられていないかだ。残念ながら、NY Times紙の記事は、この悪例に適合してしまう。

 例えば、NY Timesが使ったと思われるFAOSTATで、2014年の米国と中国のダイズの1ヘクタール当たりの単収を比較すれば、3213.4kgと1812.8kgとなる(因みにフランスは2998.2kg、日本は1760.6kg)。しかし、いかに熱烈なGMサポーターでも、米国はGMダイズの導入によって中国(や日本)の1.8倍もの単収を達成しているのだ、という分析はしないだろう。簡単に言ってしまえば、この逆バージョンを、しれっとして主張しているのがNY Timesの記事なのだ。

 そして、この記事を巡る騒ぎは、2015年3月のIARCによるグリホサート発がんリスク問題と構造的に似通っている。どちらも耳目を集めたのは、「国連WHO傘下」のIARCと「クォリティ紙」と見做されているNY Timesという「ブランド」である。しかし、肝心の内容については、IARCは論拠とした論文の不備不足を各国食品安全機関から指摘され、NY Timesも論立てやデータを科学者・農業・バイテクの専門家たちから糾弾されている。

 私(宗谷)は、科学者たちの積極的な論戦参加もあって、米国におけるGM食品表示論争が、GM作物・食品の安全性に関するメディアや一般消費者の理解を相当進化させたと感じている。今回のNY Times紙記事でもHakim記者は、「GM食品を食べることに伴う悪影響についての不安は、主として科学的根拠がないことが分かった」と繰り返し書いている。つまり、GM食品安全性問題は、米国ではもはや終わっている。

 これは、間違いなく進歩だと思うが、NY Timesのような一流紙であっても一般紙が、一歩進んで専門領域の議論にまで立ち入ろうとする(それは、一般読者のさらなる理解を深めるためには重要なことだが)と、まだまだハードルが高いという事実をこの記事からは突きつけられた感も強い。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい