科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

北米において本格的な上市への体勢が整うGMサケ

宗谷 敏

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2019年3月8日、FDA(米国食品医薬品局)は、AquaBounty Technologies社(本社マサチューセッツ州)が開発した成長を速めたGM(遺伝子組換え)AquaAdvantageサケ(卵を含む)に対する2016年2月1日付(米国への)輸入禁止警告を撤廃すると発表した。

本件に関しては、米国を中心に多数の報道がなされたが、California大学Davis校のAlison Van Eenennaam博士が、2019年3月27日のConversation紙に寄稿した「The science and politics of genetically engineered salmon:5 questions answered(遺伝子工学サケの科学と政治:5つの質疑応答)」が歴史的経緯も含めて行き届いた解説なので、以下に抄訳してみる。尚、Alison Van Eenennaam博士は動物ゲノミクス研究の第一人者であり、AquAdvantageサケを評価したFDAの獣医学諮問委員会メンバーでもあった。

 

1.AquaBounty社のサケは従来のサケとどのように異なりますか?

 主な違いは AquaBounty社のAquAdvantageサケは従来のサケより速く成長し、従って市販される重量により早く到達するということです。それは養殖の主なコストの一つである飼料が少なくて済むので、魚業者にとってこれは望ましいことです。

成長を速めることは、食用動物繁殖プログラムにおいて一般的な選択特性であり、既にニワトリなどで成功を収めています。

AquAdvantageサケ生産するために、カナダの研究者 30年前  に大西洋サケのゲノムに成長が速い太平洋サケキングサーモン(Oncorhynchus tshawytscha)からのDNAを導入しました。 AquAdvantageサケ は、そのオリジナルの成長が速い創始魚から引き継がれた後世代であり、通常の有性生殖を通して親からキングサーモンの速い成長遺伝子を継承 しました。

 

2.FDAが2015年にAquAdvantageサケを認可したのに、なぜ今まで米国内で販売できなかったのですか?

AquAdvantageサケは遺伝子組換えされた動物なので、FDAによる上市前の義務的な安全性評価  が必要でした。ほぼ20年にも及ぶ規制上の精査を経て、2015年11月にFDAは評価の結果は安全であったと決定 しました(GM動物としては初の承認)。

この承認に対し、アラスカ州選出のLisa Murkowski上院議員が、FDAにより「このような内容を消費者に知らせるための最終的表示ガイドラインが公表されるまで」、GEサケの輸入と販売を禁止するという文言 を、2016年の連邦予算案に導入しました。アラスカ漁業の利益と大西洋の「サケ資源を『フランケンフィッシュ』の多くの脅威から」守るためにこれを行ったと、彼女はプレスリリースしました。

その直後に、USDAは、2019年2月19日に発効した GM食品表示規則として知られるNational Bioengineered Food Disclosure Standard:NBFDS(全米バイオ工学食品情報開示基準)」を開発することを(議会から)命じられました。この規則は、魚(AquAdvantageサケ)がバイオ工学食品であるという表示を必要とします。

これに応じてFDAは、国内販売のための障害を取り除き、GEサケが米国に輸入されるのを阻止した2016年の警告を撤廃 しました。 GEサケは、既にカナダでは2016年に公認され、2017年からカナダ国内で販売されています。

 

3.GEサケを食べることはヒトの健康に有害かもしれないという証拠がありますか?

いいえ。FDAは成長が速いサケを評価して、従来のサケと同程度に安全であったと結論しました。FDAは、組成分析によって安全性を決定します-基本的に、GEサケとコントロールの魚のサンプルをひいて粉にしてそれらを比較します。これらの分析で、GMサケと野生の大西洋サケには相違がありませんでした。

同じく導入されたキングサーモンの遺伝子は新しいアレルゲンではないことも決定されました。もちろん魚にアレルギーを持つ人は、この AquAdvantageサケも含めて他のいかなるサケも食べないでください。

現実的に、全く完全に「安全な食品」というものは、この世にはありません。そこでFDAの科学者たちが結論を出したことは、 AquAdvantageサケからの食品が非組換えの大西洋サケからの食品と同程度に安全であるということでした。

 

4.一部の批判者は、GEサケが逃げて野生種と交雑するだろうと主張します。それはありえますか?

AquaBounty社は、GEサケのエスケープと野生種と交配する可能性を減少させるために、統合的な、過剰ともいえる生物学上の、地理的な、そして物理的な多くの抑止方法を使っています。

現在、同社はパナマの高地にあるFDAによって点検された施設において陸上の真水タンクの中でそのGEサケを成育しています。これにより野生種との交流は制限されます。成育されているのは全て雌であり完全な3セットの染色体を持つ三倍体 です。三倍体性の雌は本質的に生殖能力がありません。

繁殖力のある種親の魚は、FDAにより承認されたカナダのプリンスエドワード島にある閉鎖された施設で管理されることで、物理的、地理的な拡散防止措置を果たしています。これらの予防的措置をレビューしたカナダの健康と環境の当局は、(遺伝子組換えサケの)カナダの環境中への曝露の可能性は、合理的な確実性において無視しえるものであると分析できると結論しました。

2017年に AquaBounty社は、GEサケを成長させる計画のためにインディアナ州の養殖場を購入しました。このサイトは、2018年にFDAにより成長させるための施設として認可されました。米国内の陸上施設においてサケを増やす利点は、それが国内産の大西洋サケの地元供給源を提供することです。現在、米国で食されている殆どのサケが、かなりの輸送コストと二酸化炭素排出をかけてチリ、ノルウェーとカナダから輸入された養殖の大西洋サケです。

太平洋沿岸には天然のサケ漁場があります。その代表者の一部は、GEサケが土着の遺伝子プールに対する生態学と遺伝子の脅威であると言います。しかしながら大西洋サケ(Salmo salar)は太平洋サケ(Oncorhynchus spp)とは(生物分類上)異なる属にいる異なる種です。これは、それらが異種交配できないことを意味します。

私の見解では、 AquAdvantageサケが野生の太平洋サケに否定的な影響を与えるであろうという主張は、AquAdvantageサケが陸上のタンクの中で育てられているという事実のみならず、魚が逃げるのを阻止する物理的な、地理的な、そして生物学上の多くの抑止方法と、これらのサケが2つの別の属に分類され、基本的な遺伝子の不適合のために根拠を欠いているのです。

 

5.さらに詳細な情報はどこで得られますか?

私が推奨するのは、factcheck.orgのFalse Claims about ‘Frankenfish’(『フランケンフィッシュ』についての虚偽の主張)」と、biofortified.orgのFast-growing genetically engineered salmon approved(成長を速めた遺伝子組換えサケの承認)」 です。(抄訳文終わり。尚、原文ではgenetically modified:GM(遺伝子組換え)に代わりgenetically engineered :GE(遺伝子工学)が使われているので、訳文もそれに倣った)

 

AquaBountyTechnologies社は、FDAからの最終認可を確認してカナダの孵化場からインディアナ州の陸上施設にGMサケ生産用の卵の輸入を4月にも開始するものと見られている。

この動向に対し、漁業団体は批判的であり、Center for Food Safety、Food and Water Watch、Friends of the Earthなどの消費者・環境保護団体は、2015年のFDAによるGMサケの食品認可自体に対して、2016年3月に訴訟を起こしており係争中である。

ところで、FDAの発表を受けて忖度したものかカナダ政府も動いた。4月2日にAquaBounty Technologies社は、Environment and Climate Change Canada:ECCC(カナダ環境・気候変動省)から プリンスエドワード島ロロ・ベイの自社生産施設でGMサケを商業生産することを承認されたと発表したのだ。

Alison Van Eenennaam博士も述べているようにカナダ国内では既に2017年からAquaAdvantageサケが市場流通している。2017年8月4日にAquaBounty Technologies社が、第2四半期財務報告でGMサケの切り身4.5t(トン)をカナダ国内において販売したと発表したのだ。

これに先立つ2017年5月17日にカナダ連邦議会下院が、GM食品義務表示法案( C-291 )を賛成67票対反対216票で否決しているので、GMサケの切り身は表示なしで流通したため反対派とのさらなる軋轢を生んだ。

2017年8月7日に、環境保護団体はスーパー各社に対しGMサケ販売の中止を要請する。さらに、10月12日になって境保護団体は、販売されたのはパナマから4.5トン輸入されたケベック州だろうと推測した。

 翌2018年になると、AquaBounty Technologies社が同年もさらに4.5トンのGMサケをカナダ国内で販売した(2年合計で約9トンになる)が、販売先は明かせないと9月に陳述した。

つまりカナダでは一定量が市場流通しており、米国では上市のための環境が整ったというのが北米におけるGMサケの現状である。今後の米国では、当然ながら先ず消費者の受容がカギとなろうが、カナダと異なりGM食品表示がされることがどう影響するのかも注目される。

次に気になるのは、AquaBounty Technologies社の供給能力だ。同社は、インディアナ州の養殖場に1千4百万ドルを投資して改修を続けており、最終的な生産能力は年産1,200トンが目標とされている。

通常サケが市場規模に成長するのには3年かかるが、GMサケは18~20カ月しかかからず、飼料は約25%節約できるという。2020年にはGMサケが、インディアナ州の養殖場からレストランや食卓を目指して泳ぎ出すことになりそうだ。

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