科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

共存管理は難しい~西オーストラリア州のGMナタネ農家vs.有機栽培農家

宗谷 敏

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 前回、自然環境におけるGM(遺伝子組み換え)ナタネのこぼれ落ちに固有のリスクはないとするEUの研究を紹介したが、畑におけるこぼれ落ち的現象が、西オーストラリア州において発生し、ここ半年あまり問題となっている。これは、GMナタネと非GMナタネとの交雑という従来からあるパターンではないので、ケース・スタディを試みる。

TITLE: GM canola contamination row escalates in WA
SOURCE: ABC
DATE: 13 May, 2011

 2010年12月上旬、西オーストラリア州の州都パースから南東約300kmに位置する有機農家Steve Marsh氏は、自己所有の畑の一部にナタネのサヤ(seedpod)が落ちているのを発見する。
 同州においては、10年3月11日にGMナタネのモラトリアムが解除され、約7万haにGMナタネが作付けられていたため、Marsh氏はこれらのナタネを簡易ストリップ検査してみた。すると、Monsanto社の除草剤耐性GMナタネの陽性反応を示した。Marsh氏は、直ちに同州農業食品局と国際有機認証団体であり自身も有機承認を受けているNASAA(the National Association for Sustainable Agriculture, Australia)にこの事態を報告し、両機関が調査に入る。

 Marsh氏自身は、オートムギ、コムギとライムギを有機栽培しており、ナタネは栽培していない(従って、有機ナタネとGMナタネとの交雑が起きた訳ではない)。しかし、隣接する(GMナタネ)農家との境界フェンスから最高1.5km離れた地点まで、帯状にナタネのサヤが見つかり、これはMarsh氏の有機耕作地6区画の合計293haのほぼ2/3を占めた。さらに不幸なことに、Marsh氏飼育の羊たちがそれらの一部を食べてしまったので、Marsh氏はそれらの羊を隔離した。
 10年12月24日、Marsh氏は、州農業食品局からGMを確認したという最悪のクリスマス・プレゼントを受け取る。追い打ちをかけるようにNASAAは、Marsh氏の有機資格と有機証明書付き出荷の最低1年間停止処分を確定する。Marsh氏の経済的損害は、今年の収穫物に対する有機プレミアムを失うことと、今後一定期間有機栽培が出来なくなることだ。

 原因について、Marsh氏は、隣接する農家であるMichael Baxter氏のGMナタネのスワッシング(刈り倒して乾燥のために一定期間その場に放置しておく作業)中に、その一部が強風で境界を越えて運ばれてきたものと推測し、訴訟を検討していると警告を出す。
 しかし、Baxter氏はGMナタネ栽培に当たり、州政府が定め、産業界も支持した5mの緩衝地帯設置(先行してGMナタネ栽培している東部諸州の規制と同じ距離)を遵守しており、法的に落ち度はない。さらに、問題のGMナタネがBaxter氏栽培のものであると、March氏が証明することは難しいため、11年5月現在、告訴に踏み切ってはいない。

 Marsh氏側には、多くの有機農家が同情を寄せ、支持に回っている。一方、Baxter氏に対しては、Monsanto社が訴訟となった場合に全面的にサポートしたいと申し出ており、渦中のBaxter氏自身は、今年も継続してGMナタネを栽培したいとの意向を表明している。
 Terry Redman同州農相は、EUですら有機に対するGM混入に0.9%の閾値を設けており、0%の閾値は生態系において非現実的であるとし有機業界側に譲歩を求めるが、有機側は聞く耳を持たない。一方、野党勢力からは、GMナタネ栽培を許した管理態勢が甘かったのではとの批判にさらされてもいる。

 この事例では、ナタネ同士が交雑してしまったという従来型の問題とは異なり、Marsh氏の生産物自体にはいかなる変化も起きていない。従って、閾値さえ認められれば、Marsh氏は、今年の収穫物中のGMナタネの混入率を調べ、閾値以下であることを証明したうえで、有機農産物として販売することが可能となる。
 普通、閾値は隔離距離と交雑率の相関によって決められる。5mの緩衝地帯とは、GMナタネと非組み換えナタネとの中間に求められている距離で、交雑率をナタネ輸出先EUの閾値0.9%に合わせて見積もられている筈だ。しかし、自分の畑が1km以上侵略されたというMarsh氏の主張が正しければ、かつそれらがBaxter氏の畑由来のGMナタネだとするなら、5mの緩衝地帯は見直しが必要かもしれない。
 有機は行程認証だから畑にGMが存在することは許されず、Marsh氏が今後有機農業を続けるためには、自分の畑を完全にクリーニングして、ボランティア(自生)も含めてGMナタネの痕跡を消し去らねばならないという面倒な問題も残る。

 このケースは、公開されている情報からのみ判断すれば、双方の農家には現行制度上落ち度が一切ない。原因が強風だとすれば、自然現象を律する法律はありえない。また、畑地内における事件は、常に第一義的にはビジネス上の問題であり、環境リスクとは混同すべきではない点も注意を要する。
 一言で共存と言っても、その理想と現実のギャップは深く、共存管理が制度面でいかに難しいかという一例かもしれない。しかし、だからこそ逆に人同士の決め事による解決は可能でもあるのだ。

 NASAAは、偏執狂的に過酷なGMゼロトレランスを有機農家に求めるべきではない。州政府は共存ルールを見直し、万が一の被害者救済ルールも明確にすべきだ。Monsanto社もGM栽培農家に対する交雑や営農管理の指導教育を徹底し、互助的な民事賠償積み立て組織などを、種子販売価格の一部から原資として率先して拠出することも可能だろう。関係者は、実行可能でかつ有効性のあるプロトコル策定について、徹底的に議論すべきだ。
 GMも有機も、目指すものは案外近い。「和して同ぜず」が理想だが、「どうして和せず」の近親憎悪が現実なのは、双方にとって不幸なことである。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい