科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

トウモロコシからダイズの時代へ~バイテク各社の開発パイプライン(下)

宗谷 敏

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 今や植物研究者の関心がトウモロコシからダイズに移行しているとし、開発各社のパイプラインについて論じている2011年8月29日付「Farm Industry News」 を取り上げて検証している。
 9月5日付(上)の米Monsanto社と米Pioneer Hi-Bred社に続き、(下)では瑞Syngenta社、米Dow AgroSciences 社及び独Bayer CropScience社の取り組みについて紹介する。

<Syngenta社の取り組み>

 2010年から開始されたアブラムシ(Aphid)・マネージメント・システムには、アブラムシ抵抗性トレイトの開発が含まれている。このトレイトは、既存の「CruiserMaxx」シード・トリートメントと組み合わされ、2012年の商品化を目指している。
 「CruiserMaxx」ダイズシード・トリートメントとは、種子自体に薬剤をコーティングして、ダイズ発芽時のアブラムシを含む害虫とカビ毒被害を防ぐ方法で、発芽時の防御を目指す。新たにアブラムシ抵抗性が付与されれば、成育後のアブラムシ被害からもダイズは守られる。従って、アブラムシ・マネージメント・システムは、農家にとって1シーズンを通してのアブラムシ管理ができる便利さが売りとなる。

 除草剤耐性では、HPPD 阻害型除草剤(成分名メソトリオン)の耐性トレイトの開発が、パイプラインにある。Bayer CropScience社と協力しているもので、2010年台後半に商品化されれば、ダイズ農家は、グリホサート耐性雑草に対する武器を手に入れることになる。

<Dow AgroScience社の取り組み>

 (上)の米Pioneer Hi-Bred社のくだりでも触れた通り、除草剤2,4-D耐性を含む「Enlist」と名付けられた統合雑草防除システムが、Dow社の切り札だ。2,4-D耐性は、ダイズとトウモロコシへの導入が計画されている。
 ダイズでは、Monsanto社の「Roundup Ready 2 Yield」ダイズ(MON89788系統)を含むグリホサート耐性とのスタックが予定されているとこの記事には書かれている。しかし、Bloombergは8月、「Enlist」システムにはMonsanto社のグリホサート耐性のライセンスを使わず、代わりに米M. S. Technologies社が開発したグリホサート耐性を用いると報道している。

 「Enlist」システムダイズの米国規制クリヤーは2015年までかかるとみられ、まだ先だが、トウモロコシは先行しており、2013年までの規制クリヤーを目論んでいる 。
 但し、「Enlist」システムの一部の除草剤耐性に対しては、Bayer CropScience社から特許権侵害訴訟 が起こされており、この先行きは不透明だ。

<Bayer CropScience社の取り組み>

 Bayer社は11年3月、南部諸州に販売地盤を持つ種子会社 米Hornbeck Seed社を買収 した。これが注目されたのは、Bayer社が除草剤グルホシネートに耐性を持つ「LibertyLink 」ダイズ種子を、米国農家へ直接販売する姿勢を示した点にあった。

 「LibertyLink」ダイズは、Monsanto社の「Roundup Ready」ダイズに対して、現在のところ農家が購買可能な唯一の対抗馬でありながら、Monsanto社の寡占を許してきた。パフォーマンスでやや劣ったという米国農家の話を聞いたこともあるが、Bayer社が種子会社へのライセンス販売のみに依存してきたことも一因だったのだろう。
 南部市場向けの「LibertyLink」 ダイズ新品種開発が進められ、2013年には農家は入手可能となる見込みだ。

 Bayer社は、さらに国境や大陸を跨いで南を目指す。南米アルゼンチンの市場にも意欲的で、「LibertyLink」ダイズとスタック品種の種子販売認可を最近獲得 した。この認可は、グリホサート耐性雑草対策としても期待されている。

 さらに将来的には、「LibertyLink」とグリホサートにHPPD阻害型除草剤を加えて、3タイプの除草剤に耐性を持つダイズの開発にも取り組んでおり、2015~2016年の商業化の予定という。

 HPPD阻害型除草剤(成分名イソキサフルトールなどイソキサゾール系)耐性技術は、M. S. Technologies社が提供 しており、これとグリホサート除草剤耐性(計2タイプ)を併せ持つダイズ(FG72系統)は、既にカナダと日本において安全性認可を申請中だ。

 害虫抵抗性では、2009年に買収した植物バイテク企業米Athenix社のパイプラインからは、ダイズシストセンチュウ(SCN)抵抗性トレイトも準備されている。

 これらの各社動向から見えてくるのは、単なる除草剤耐性とか害虫抵抗性というトレイトの付与に捕らわれずに、統合的防除システムを目指す傾向だろう。いわばワン・アンド・オンリーで、精緻な自然を相手にどこまでこれらの作戦が通用するのかは興味深い。そして、このフィールドにおいては、科学者たちがしばしば主張していた通り、遺伝子組み換え技術はもはや道具箱のツールの一つでしかない。

 次に注目すべきことは、長らく続いた「Roundup Ready」ダイズの寡占状態が崩れつつあるということだ。これは、除草剤「Roundup」への耐性雑草の出現とも絡んでくる問題だろう。生産国ダイズ農家に選択肢が増えるのは悪いことではない。

 一方、輸入国側からすれば、規制面では安全性審査や検査法の開発が一挙に複雑化する。先行してスタックなどで多様化されたトウモロコシを見ても、輸入者やダイズ業界にとって管理の難しさは幾何級数的に増えるだろう。ダイズが自家受粉植物で交雑リスクが小さい点は救いではあるが、いろいろ頭の痛い問題ではある。

 面白いのは消費者の健康志向にマッチした脂肪酸組成の改変だ。例えば、オリーブ油は高価な油であるが、殆ど脂肪酸組成が変わらないダイズ油がより安価に登場すれば、プアマンズ・オリーブ油として市場の底辺を広げるかもしれない。オリーブ油とダイズ油は、EU圏と米国の各々食用植物油の代表選手という見方をすれば、これが原因での貿易戦争の激化も考えられる。

 健康面でのメリットを訴求した遺伝子組み換え食品は、消費者受けがそれほど悪くない、という世論調査に基づいた調査研究も、EU米国 において、最近相次いで発表されている。但し、上記米国アイオワ州立大の調査で、もっとも消費者に受けが良いのはintragenic(野菜などの同種間内での遺伝子転送)に限定されていることは注意が必要だろう。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい