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GMOワールドⅡ|宗谷 敏

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
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油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

優等生も学級の罰は免れない~TPPの遺伝子組み換え食品義務表示論議

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2011年11月14日

 ネットの掲示板なら「祭り」と表現するであろう大騒ぎの後、漸く201年11月11日に野田総理による実質的参加表明が出たTPP(環太平洋経済連携協定)問題。TPP反対派の一部が、反対理由の一つに挙げているのが、遺伝子組み換え(GM)食品義務表示の後退だ。その可能性はあるのか?TPP交渉の詳細内容は明らかにされていないため、仮説となるが現在入手可能な情報から推論してみよう。

消費者選択が目的のハズが安全性表示と誤認?

 この話が国内メディアに登場したのは、10月初旬だ。TPP反対議連の山田正彦前農相が盛んにこの懸念を表明した(10月8日東京新聞など)。10月19日(東京新聞)、20日(毎日新聞)にはTPPで交渉中の21分野と、日本への影響に関する政府見解が紙面を賑わした。
 GM食品の義務表示は、「貿易の技術的障害(非関税障壁)」、「食品の安全規格のルール」などいう項目に分類されている。経産省の「遺伝子組み換え食品の表示ルールなどで日本より緩い基準が提起される可能性はあるが、『安全確保のため』慎重に判断する」というコメント(10月20日毎日新聞)もある。これらの報道を受けて、一部のGM食品反対派は「GM食品表示が無くなってしまうかもしれない」などと騒いでいる。

 しかし、外務省の分類や経産省のコメントは明らかにおかしい。なぜなら、「日本の」GM食品表示は、食品安全性とは無関係だし、現状では非関税障壁にもなっていない(後述する)からだ。
 この表示制度が発足したとき、食品安全性は審査により担保済みだから、その目的はあくまで消費者選択であり、安全性に係わる表示ではないと、政府は国の内外に宣言している。その結果、WTO通報も無事通過した経緯がある。
 外務省は、21分野をまとめるに当たり各省庁との協議を経たらしいが、GM食品表示を所管する消費者庁は、なぜこの点を主張しなかったのか。

 米国政府は、自国内においてGM食品義務表示を頑なに拒んでいる。米国消費者の96%が「選択のために」GM食品表示すべきだという11年3月のMSNBC世論調査が出ても、である。その主な理由の一つは、GM食品は安全ではないという誤解を消費者に与えるという懸念があるからだ。
 これでは、将来的に日本のTPP交渉者が「我が国のGM食品表示は消費者選択のためだ。貴国でも消費者の大部分が選択のための表示を求めているのだから、むしろ当方に整合させてはどうか」などと仮に主張しても、米国から「何をおっしゃる。貴国の消費者はもとより政府の一部までが、現実的に安全性表示だと認知しているではないか。だからGM食品義務表示はダメなんだ」と切り返されて、轟沈してしまう。

 つまり、外務省と経産省は、敢えて誤解を装うことで実は自国GM食品義務表示を潰したがっているのではないか、それに一部のGM食品反対派が無意識に一生懸命協力しているのではないか、という皮肉な構図も浮かび上がる。
 だが、日本の官僚は優秀だから、普通ならこんな凡ミスは犯さない。山田前農相に代表されるように政権党はGMが大ッ嫌いらしい。「好きこそものの上手なれ」の逆で、良く学ばずにヘタレな政治主導をしてしまい、結果的に国益を損ないかねない致命的な戦略ミスを招いた可能性もあるだろう。
 なお、誤解を避けるために書いておくが、この場合の両国政府に共通するのは「表示され(てい)るGM食品は、自国政府による安全性審査に合格しており、同類の非組み換え食品と比べても同等以上のリスクはない」という基本認識だ。

日本のGM食品表示は米国から見れば優等生

 農水省は、TPPでGM食品義務表示が被弾するかもしれない理由として、USTR(米国通商代表部)の「外国貿易障壁報告書」を挙げている(テレビ番組)。しかし、10年7月28日付のReutersは、Ron Kirk米国通商代表の特に重要な貿易障害に関するコメントとして、日本の米国産牛肉禁輸とEUのGM作物承認の遅れを指弾しているが、日本のGM食品義務表示への言及はない。
 また、11年3月30日に公表された「2011年外国貿易障壁報告書」の最新版外務省訳文にも、GM食品義務表示国の一つとしてリストアップはされているが、日本に対する関心項目にGM食品表示制度に関する記述はない。要するに、米国は「日本の」GM食品義務表示を明確な貿易障壁とは認識してはいない。

 もちろん00年3月に官報告示された日本のGM食品表示制度の新設時には、米国は並々ならぬ関心を示した。故・中川昭一農水相(当時)は、メディアからの「米国からの干渉はあったか?」という質問に、「あったかなんていうものじゃない。アメリカは言い過ぎたんだよ」と苦笑しながら答えていた。
 しかしながら、農水省が叡智を絞ったこの制度は、発効してみると米国からの被弾を巧妙に避け得る実態が明らかになった。年間1500万トン以上を輸入するトウモロコシは殆どが飼料用で表示対象とはならない。200万トン以上輸入される米国産ダイズも、義務表示対象品目の原料となる食品用ダイズ(国産含め総量約90万トン)のうち米国産は30万トン程度に過ぎず、しかもNon-GMOプレミアムまでご丁寧に日本は支払ってくれている。

 今や月間500~600万トンのダイズを輸入する中国市場を前にして、日本の年間30万トンはもはや米国の関心事ではない。閾値の5%やIPハンドリングも、流通関係者にとってハード過ぎる負担とはなっていない。他国と比較しても、日本のGM食品表示制度は、米国にとっては優等生なのだ。

他国のGM食品(義務)表示に対する米国の関心と干渉

 しかし、他国のGM食品義務表示に対しては、米国は常に目を光らせている。不倶戴天の敵EUは置くとして、これを分析することは米国がGM食品義務表示のどこに対して怒るのかを知る上で重要だろう。

 前述の「2011年外国貿易障壁報告書」 では、「Mandatory Biotech Labeling」が、2010年のトレンドの一つとして提示されている(2010年度版報告書でも内容はほぼ同じである)。
 GM食品義務表示は、(1)類似品と異なっており、より安全ではないという印象を消費者に与え、(2)消費者と関連業界のコストを増やし、貿易に悪影響を与え、(3)米国の輸出を妨げたり、時には完全に阻止したりした、と主張している。

 GM義務表示実施国としては、当然日本も含めオーストラリア、ブラジル、中国、EU加盟国、インドネシア、韓国、マレーシア、ニュージーランド、ペルー、ロシア、サウジアラビア、トルコ、ウクライナ、タイ、台湾、ベトナムがリストアップされており、このうち韓国、トルコ、ベトナムが、槍玉に挙げられている。
 米国とFTAを交渉中の韓国では、義務表示対象品目を加工食品の植物油や焼酎にまで拡大しようとした08年のKFDA(韓国食品医薬品局)の動きを米国は非難する。科学的に検証が担保出来ない製品に義務表示すべきではない、ということだろう。尚、KFDAの動きはフリーズしている。
 トルコは、09年公布、10年に改正した規則で、GM原料を含むすべての食品と飼料を義務表示対象とし、WTO通報に先立ち法律を施行したこと、品質に差異のない植物油などへの表示はヘルスリスクがあると消費者に誤解を与えることなどが米国の逆鱗に触れ、TBT(貿易の技術的障害 に関する協定) 委員会に訴えられている。
 ベトナムの場合は、10年6月に義務表示を採択したが、公式には表示品目や閾値がまだ定められていない。これらが、米国の食品輸出の妨げにならないか、USTRは先行きを懸念しつつ注視し続けるぞ、というものだ。
 これら3カ国に対する米国の怒りの原因を、日本はすべて巧みに回避していることが良く分かるだろう。

TPP交渉でGM食品義務表示を潰しに来る可能性

 上記にリストアップしたGM義務表示実施国のうち、TPP交渉に参加しているのはオーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、ベトナム、ペルーの5カ国である。ニュージーランドでは、既に交渉担当者が、GM表示規則がTPP 協定締結への「トップの局所的な障害」の1つであると認知しているようだ。
 米国が義務表示を潰したい意向であることは間違いないし、日本政府が述べるようにTPP交渉でこれを出してくる可能性は否定しえない。二国間協議であれば日本は上位概念のTBT協定をクリヤーしているから充分戦えるだろう(但し、冒頭書いたように食品安全性論議で挑んだら必ず負ける)。

 しかし、他国を巻き込んでTPP参加国すべての国内規制にもしもハーモナイゼーションを要求された場合には、交渉参加国の過半数を占めるGM義務表示実施国と共闘する余地はあるが、かなり厳しい。優等生でも学級ごと罰せられてしまうのだ。

 米国は戦略的に動く国家だ。11年7月、Codex食品表示部会で条件付きながらGM任意表示を米国が認めたことに周囲は驚かされたが、それも義務表示を潰すための布石と考えれば納得はいく。科学的根拠に基づくなら任意表示は認める、だから任意表示で充分だろうという肉を斬らせて骨を断つ戦略だ。そして、義務表示を潰した後に透けて見えるのが、GMコムギやコメであることは、ほぼ間違いないだろう。

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