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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

大事件ではないが看過も出来ない~米国のBt抵抗性害虫発生問題

宗谷 敏

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 一般的に年末・年始のメディアは記事枯れになるから、溜め記事などを一斉に吐き出す。2011年12月28日のAPは、米国でGM(遺伝子組み換え)トウモロコシに対して抵抗性を有する害虫が発見されたという問題を取り上げ、これが世界中で広くカバーされるところとなった。新しいトピックではないのだが、時間を経た分、背景(特に経済的側面)の考察などは良く書き込まれている。

 この話の中核は、11年11月30日に、EPA(米国環境保護局)が公表したメモ にある。EPAは、2009年にアイオワ、イリノイ、ミネソタ、ネブラスカの中西部4州において、Western Corn Rootwormが、Monsanto社のCry3Bb1 タンパク質を導入した遺伝子組み換えトウモロコシに対する抵抗性を発達させている懸念があると公表した。同社に義務づけられているモニタリングプログラムの実施状態が効果的ではなく不適切だと警告し、コロラド、サウスダコタ、ウィスコンシンの諸州にまでモニタリング対象地域を拡大するよう要求している。

 Western Corn Rootwormは、トウモロコシに付くコウチュウ目害虫ネクイハムシであり、Monsanto社はこの害虫をターゲットとする殺虫成分Cry3Bb1を産生するBt(Bacillus thuringiensis)菌を導入した遺伝子組み換えトウモロコシMON863系統を、2003年から販売してきた(以後、同じコンセプトのMON88017系統や他の形質を持つ系統との掛け合わせ品種も多数発売)。

 Cry3Bb1抵抗性Western Corn Rootwormの発生は、11年7月29日にアイオワ州立大などの研究者たちがジャーナルPLoS ONEに発表した論文 により学術的にも確認されており、このことはEPAメモの中でも触れられている。

 農薬や遺伝子組み換え作物がターゲットとする雑草にしても、害虫にしても、いずれ抵抗性を発達させるであろうことは充分予想されてきたし、そのために製品ライフスパンを延長する対策も練られてきた。だから、EPAはメモであり、PLoS ONE論文も「世紀の新発見」という訳ではない。

 従って、EPAメモに対して11年12月1日にコメントしたMonsanto社のリリース も、「Issue(事件)に対する同社回答のコーナー」には置かれてはいないし、内容も冷静で穏当なものだ。

 Monsanto社は、EPAの警告は真剣に受け止めるが、抵抗性害虫の発生は孤立した局地的現象であり、コーンベルト地帯で広範な問題にはなっていないと主張する。EPAが指摘する諸州において、Western Corn Rootwormに抵抗性があったという決定的証拠はない(これらはEPAも認めており、Monsanto社は後述する農家による管理の遵守に対してより重点を置いている)。

 さらに、MON863系統などの単独品種の栽培比率は少なく、現在では複数の殺虫成分を組み合わせたスタック(掛け合わせ)品種が主流だから、対策は講じられている(これに対しては、EPAの方はやや懐疑的)と述べている。

 EPAは、Bt抵抗性害虫発生を予防するためIRM(Insect Resistance Management)プログラムを、2001年からBt 作物の登録者に対して義務付けてきた(当該EPAメモもIRMのレビューである)。このプログラムの内容については、2004年5月28日に開催された農水省生物多様性影響評価検討会総合検討会の配布資料 に要領よく纏められているので、そちらを参照願いたい。

 要するに、農家はBtトウモロコシ栽培区に隣接して、一定比率(20%)で非Bt 作物栽培区(refuge)を設けることにより、Bt抵抗性害虫発生は抑止できると考えられてきたのだ。チョウ目害虫であるEuropean corn borer (アワノメイガ)の場合などでは、少なくとも99年間Bt抵抗性は進化しないと予測されていた。

 それにも拘わらず、なぜ多くの科学者が予想したより10倍も早くWestern Corn Rootwormでは問題が顕在化する傾向が示され、警告が発せられたのだろうか。科学者たちの解釈は、どうやら農家による管理状態が主因だという結論らしい。

 先ず、土壌栄養分保全や害虫発生抑止に対する長年にわたる農家自身の知恵であった輪作(トウモロコシとダイズなど他作物または休耕地を年毎にローテーションする栽培方法)の放棄だ。一部農家が毎年トウモロコシを連続して作付けるようになったのは、最近の傾向である。

 その理由は、トウモロコシの価格高騰による農家の収益増という経済的背景であり、価格高騰の要因としては旺盛な飼料穀物需要と2007年以来のバイオ燃料用エタノール生産に伴う契約栽培ブームだと冒頭のAP記事は指摘する。このような理由から農家がトウモロコシの連作に走ったのはムリからぬことだろう。

 だが、さらにそこからAPが述べるように、一部の農家が20%のrefuge設置を怠り IRMプログラムに不服従だった、という問題まで行くならことは重大だ。2003年には、10人中9人の農家が基準を守っていたが、今や7~8人に過ぎないという。この問題については、過去にもしばしば指摘されてきており、NCGA(全米トウモロコシ生産者協会)もrefuge遵守の徹底に躍起となっていたが、どうやら欲には勝てないらしい。

 思い返せば、2004年5月18日号の「全米科学アカデミー紀要」(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States 
of America)に、refuge内も花粉の交雑によりBtトウモロコシが成育してしまうとして、refugeの効果を疑問視する論文が掲載されたことがあった。当時、The Scientistなど、ほかのジャーナルも取り上げ、話題となった。だから、守らないでもいいという訳ではないだろう。

 トウモロコシの市場価格高騰は、反収のより良いBtトウモロコシの作付面積を増やしたいという農家の要望に応える形で、開発メーカー各社にrefuge面積節約を可能とする製品開発・販売を促した。例えば、Monsanto社の究極のスタック品種SmartStaxでは、農家に販売する種子袋の中に一定割合で非GMトウモロコシ種子を混入させること(Refuge-in-the-Bag)により、農家のrefuge設置面積を20%から5%に削減する規制緩和をEPAに認めさせている。

 規制緩和は開発メーカーや種子販売業者の望むところではあるだろうが、同時に彼らにはIRMプログラムを、農家に遵守させるべき責務もある。農家の目先の利益を優先させて、せっかくのBt作物による優れた害虫管理を100年持たせるべきところ、10数年で終わらせてしまうのはあまりに愚かな所作である。Bt剤を許される数少ない生物農薬として利用してきた、ただでさえGM作物を敵視しがちなオーガニックセクターの怒りを増幅させるべきではない。

 現在のところ、Bt抵抗性Western Corn Rootworm発生が確認されているのはアイオワ州のみで、孤立したままの状態にある。故に「直ちに米国農業の供給に影響を与えるものではない」のは確かだろうが、潜在的リスクの可能性を、Monsanto社のみならずすべてのステークホルダーが各々の立場で真剣に受け止め、問題を拡大させない対策に謙虚に腐心すべきだろう。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい