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GMOワールドⅡ|宗谷 敏

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
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油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

福島原発事故が陰の致命傷~ヨーロッパから撤退のBASF社植物バイテク

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2012年1月23日

 2012年1月16日、世界的な化学薬品大手企業ドイツBASF 社は、ヨーロッパ市場向け植物バイオテクノロジー製品の新規開発を中止し、系列会社のBASF Plant Science社(本部従業員840名規模)が主に担うその活動部門を、より受容的な地域に集中させる計画を発表 した。BASF 社は、1998年から2008年の10年間に、植物バイオテクノロジーのオペレーションに対し10億ユーロ(約995億円)をつぎ込んだと言われている。

<BASF社リリースの概要>

 同社取締役会の植物バイオテクノロジー責任者Stefan Marcinowski博士は、「私たちは植物バイオテクノロジーが21世紀の重要な技術であると確信します。しかし、ヨーロッパの多くの地域において、大多数の消費者、農民と政治指導者からこの技術は十分に受け入れられないから、この市場のみに的を絞った製品に投資し続けることは経済的な意味をなしません。従って、私たちはより魅力的な南・北アメリカ市場と成長が見込まれるアジア市場に活動を集中させるでしょう。」とこのリリースで述べている。

 具体的には、「植物バイオテクノロジー開発本部を、一部の機能だけを残してドイツ南西部のリンブルガーホフから米国ノースカロライナ州の州都ローリー市のリサーチ・トライアングル・パークに移転する(リンブルガーホフの農薬部門はそのまま)。研究・開発活動は、ローリーと、有力な研究施設と大学があるベルギーのゲント、ドイツのベルリンに集中する。ドイツのガタースレーベンとスウェーデンのスヴァローヴにある研究施設を残念ながら閉鎖し、これに伴いヨーロッパでの雇用人員(約200名)の再配分及び削減を実施する。ヨーロッパ市場だけに栽培の目標を絞ったすべての製品開発と商業化は中止されるが、すでに開始されている規制当局への認可申請プロセスは継続する」というものだ。

 開発と商業化が中止されるヨーロッパ市場のみでの栽培を目標した製品には、工業用途にでんぷんを改変したGM(遺伝子組み換え)ジャガイモ3品種(EU承認済み「Amflora」、承認申請中の「Amadea」 と「Modena」)、ジャガイモ疫病(potato late blight)に抵抗性を持たせたGMでんぷん改変ジャガイモ及び食用GMジャガイモ「Fortuna」、菌類による病害に耐性を持つGMコムギ品種などが含まれる。但し、すでにEUで始動されているジャガイモ製品の認可プロセスは続ける。

 BASF Plant Science社の今後の製品パイプラインは、トウモロコシ、ダイズ、ワタ、カノーラ(ナタネ)、ムギなどに対する収益向上と干ばつのようなストレス抵抗性にフォーカスされる。これらには、米国Monsanto社との協同事業が含まれ、米国で2011年秋に栽培承認された干ばつ抵抗性トウモロコシはその第一弾である。また、ブラジルでEmbrapa(ブラジル農牧研究公社)と共同開発した除草剤耐性GMダイズ「Cultivance」も、ブラジルでの栽培認可を獲得し、主要輸出市場の承認プロセスが進行中である。

<諸メディアが報じた各方面のリアクション>

 欧州委員会は、一私企業による決定についてコメントしないと述べたようだが、「Amflora」を栽培承認し、科学ベースの承認プロセスを推進しようとするJohn Dalli健康コミッショナーにとっては痛手だ。具体策を検討中のGM作物栽培を加盟国個々の判断に委ねるという政策に対しても、なんらかの影響を及ぼす可能性もあるだろう。

 EuropaBio(欧州バイオ産業協会)の会長は「皮肉にも、ヨーロッパは他の地域からバイオテクノロジー産品を輸入しており、結果的にこれらの産品に必要以上の対価を支払い、研究者もこれらの国々へ流出している。」と慨嘆し、同事務局長も「農業バイオテクノロジーに対する(ヨーロッパの)時として機能不全な規制と政治的環境が、この敗北に主要な役割を果たしたことは疑いを得ない。ヨーロッパのための、ヨーロッパでの革新を止めるという決定は、一企業のみならずヨーロッパ全体の損失であり、世界の他地域がこの技術を速やかに採用していることときわだった対照を示す」とコメントした。また、ヨーロッパ中の植物科学者がBASFの発表について嘆いたと伝えられている。

 ドイツ国内の農家で「Amflora」の協力的な栽培者も「農業の産業的場所としてのヨーロッパにとって悲惨な出来事だ」と嘆息しつつ、他のバイオテクノロジー企業がこの先同様の決定を強制されないことを保証するために、なんらかの政治的な関与を要求している。

 GM反対を唱える環境保護グループGreenpeaceは、「消費者のための勝利であり、安全なバイオテクノロジーの開発に向かってのステップ」として歓迎し、Friends of the Earth Europeも同様の見方から、「これは、誰も食べることを望まず、ほとんどの農民が栽培することも望まないヨーロッパにおけるGM食品に対するもう一本のトドメの一撃だ。」と喜んでいる。しかし、北米の、就中Monsanto社への種子生産の一極集中、農業支配反対という日頃からのお題目に逆行する皮肉な結果を招いたことについては、気が付いていないか無視を決め込んでいるようだ。

<「Amflora」はEUで栽培承認されたが・・・>

 実は、BASF社植物バイオテクノロジー部門の北米移転話は、新しいトピックではない。2004年7月にスイスSyngenta社が英国におけるGM作物研究開発からの撤退を表明した直後の7月12日、BASF社Juergen Hambrecht会長が「the Financial Times」紙に、このままEUのゼロリスク信仰が続くならこちらにも考えがあると、北米移転の可能性を既にして仄めかしている。さらに、申請から2010年3月のEU栽培承認まで、実に12年を要した「Amflora」の承認作業の遅れに対しても、BASF社からは揺さぶりの材料として北米移転がしばしば漏らされてきた。

 「Amflora」は栽培承認され、実際にドイツ、スウェーデン、チェコ共和国などで2010年から栽培が開始されたが、2010年9月にスウェーデンの圃場でEU未承認の「Amadea」が「Amflora」種子に混入して栽培されていたことが発覚し、ケチがついた。この結果、「Amflora」は製品販売もはかばかしくはなく、2011年には2010年の栽培面積を下回るという事態に陥る。

 しかし、2011年7月6日付の「Bloomberg」紙 に詳しいが、致命傷はお膝元のドイツだ。2011年3月11日に起きた日本の福島原発のメルトダウン事故により、ドイツは2022年までに稼働中の原子炉17基のすべてを止める決定を直ちに下す。

 この動きは、BASFが本社を置くラインラント・パラティナテ州で連立政権の一翼を担う緑の党の発言力を強める結果になった。2011年3月27日に実施された選挙では、緑の党が同州内での得票数を3倍も伸ばした。GMOs(遺伝子組み換え生物)のリスクは計算しがたいと、緑の党は主張しており、同州環境大臣を務める緑の党議員などは「GMOs は原子力とまったく同じようなものだろう。リスクは隠され、華々しいベネフィットだけが強調されるが、どんな損害のコストも払わされるのは一般大衆だ」と語っている

 上記「Bloomberg」には、ISAAA(国際アグリバイオ事業団)のClive James氏も「ドイツのような国が、バイオテクノロジーに反対の決定を採るなら支払わなければならない対価は非常に高価なものになるだろう。資金と科学者が他の地域に流出し、長期的損失を招く。」と2011年6月15日付コメントを寄せている。しかし、追い込まれたBASF社は、遂に北米移転を決断するに至った。

 歴史的に見ると、BASF社はアグリバイオ事業への参入には出遅れた。BASF Plant Science社の設立・稼働は、Monsanto社などがGM作物の本格的商業栽培を開始した1996年に遅れること3年の1999年である。その後はドイツ企業らしい堅実さでかなり健闘してきたが、現時点における経営判断としてはおそらく正しいこのドライな決断は、もしかしたらGM作物や技術への思い入れがもともと、多少薄いためであるのかもしれないと、筆者は感じている。

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