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GMOワールドⅡ|宗谷 敏

どんなコラム?
一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
プロフィール
油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

「空飛ぶ豚と海を渡るトウモロコシ」の書評と蛇足

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2012年2月20日

 例えば、GM(遺伝子組み換え)食品に対してなぜ激しい反対運動があるのかについて問われた米国の生命科学者Nina V. Fedoroff博士は、こう答えた。「私たちは、昔よりも食糧増産に長けました。数世代を経て農場に暮らす米国人が半数近くから2%になり、私たちはもはや食料品店にある素晴らしいものが、どうやってそこに着いたかを考えません」。

 Fedoroff博士がCondoleezza Rice国務長官付の科学技術顧問だった4年前、The New York Times紙に掲載されたインタビュー記事 からだ。この生産現場と、食料品店の陳列棚や食卓との分断・乖離という問題は、GM食品問題一つに限らず、そして国を問わず、おそらく食料の供給サイドにいる者-筆者も含めて-が常日頃から少なからず抱いている感覚だと思う。

 だから、三石誠司氏の「空飛ぶ豚と海を渡るトウモロコシ-穀物が築いた日米の絆」(日経BPコンサルティング、2011年12月5日刊、税別1,600円)を読んだ時、いい仕事をしてくれたと率直に思った(日経BP書店の購入ページ)。我が国の食料自給率は、先進国中でも異常に低いが、一般消費者がそれを意識することは殆ど無い。スーパーや食料品店には生鮮食品や加工食品が溢れ、日々の新聞のフルカラーの折り込みチラシは、サービス価格を競い合っている。

 しかし、そんなきらびやかな食品群の中で、畜産品や清涼飲料の主原料は、日本の自給率がゼロの輸入トウモロコシ、可塑性に富むこの農産物を、様々な形で私たちは日々口にしている。そのトウモロコシは、誰が作り、運び、加工しているのだろうか?

 世界の人口増加、食料価格の高騰、地球温暖化仮説、干ばつや洪水などの災害、水不足など世界の食糧需給は逼迫してきている。TPP論議を始める前に、そもそも輸入依存型の日本が今後とも安定的に食料を確保していくことは可能なのだろうか? この書物は明快に答え、あるいは考えるための貴重なヒントを与えてくれる。

 宮城大学食産業学部フードビジネス学科教授である三石氏とは筆者も面識があるが、教職に就く以前は全国農業協同組合連合会(JA全農)に所属し海外勤務も経験していることが最大の強みだ。ビジネスの実態を知らない学者先生が、机上の統計数値だけで描いてみせた著作とは一味違う。一方、これは一般的に教職者の美点でもあるが、文章も分かり易くて上手い。

 三石氏も筆者も食料輸入に携わってはきても、日本が40%を割り込んだ食料自給率を上げるべきだという主張には賛同を惜しまない。しかし、現在の我が国の豊かな食生活を維持しつつ100%の食料自給率を達成することは困難であることも現場で実感している。おそらく誰も終戦直後の逼迫した食生活の形態でもいいから、輸入は一切止めろとは言わないだろう。

 また、サプライチェーンの一部が断絶しただけで起きるフードシステム全体が崩壊するリスクは、古くはオイル危機当時のニクソンショック(米国ダイズの禁輸政策)や、最近の東日本大震災でも私たちは身をもって経験済みだ。にもかかわらず、スーパーの陳列棚から食品を取ってカゴに入れるとき、その食品の由来に思いを馳せることは日頃まずない。

 三石氏は、米国産トウモロコシの輸入を中心に、現在のフードシステムがどのように構築され維持されているのか、その歴史と現状や、食糧需給について日本の置かれている現実的立場を圧倒的な説得力を持って、しかも平易に語る。食料ビジネス関係者だけではなく、一般消費者にこそ是非読んで頂きたい理由だ。

 三石氏と筆者が立場的に異なるのは、三石氏も著作中で述べているように食料輸入のプレーヤーとして大別される全農と総合商社のうち、三石氏が全農で筆者は総合商社系統に帰属する(していた)点である。また、扱う商品がトウモロコシとダイズなどであることだ。

 また、これも三石氏が既に指摘していることだが、トウモロコシは主に飼料穀物、ダイズは油糧種子という分類用途的な違いがある。全農の輸入量的比率は、トウモロコシに比べれば油糧種子ではより小さい。

 総合商社における商品区分や取扱部門構成は各社各様だが、トウモロコシは飼料(原料)部、ダイズなどは(穀物)油脂部と単純化したり、飼料部(主原料トウモロコシ、副原料ダイズ粕など)、油糧部(ダイズ、ナタネなど)、食糧部(コメ、ムギ)と三大区分したりすると分かり易いだろう。

 だから、筆者にとってトウモロコシは、「隣の部」の扱い商品ということになる。その視点から、トウモロコシとの比較でダイズなど油糧種子の事情を少し補足してみる。基礎的な部分は三石氏が記述してくれているので楽だ。

 輸入量比較から見ればトウモロコシ約1,600万トン(飼料用1,200万トンその他400万トンに対し、ダイズは約340万トン(2009年の統計、以下同じ。搾油用250万トン、食品用77万トン、飼料用その他13万トン)となる。一方、価格の指標となるシカゴ定期の相場ではトウモロコシよりダイズは常に高価だ。

 三石氏の著作の副題に「穀物が築いた日米の絆」とある通り、輸入国を見ればトウモロコシでは殆ど全量を米国に依存している。一方、ダイズの場合、米国が価格・量とも信頼するに足る安定供給先であることは論を俟たないが、米国産は約70%で、南米ブラジルやカナダ、中国が残りを占める。

 なお、筆者が常々主張しているのは、同じダイズでも植物油と粕が飼料原料に回る製油用ダイズ(米国、南米産)と、豆腐・油揚・納豆などの食品用ダイズ(一部米国、カナダ、中国など)は、まったく別の商品であると理解した方がいいということだ。しかし、長くなるので、今回この話は省く。

 また、油糧種子全体から眺めれば、ダイズ以外にカナダを主力とするカノーラ(ナタネ)の輸入が220万トンあり、一粒当たりの油分が多いので、日本での植物油脂生産・供給量ではダイズを凌ぐことになる。スーパーでもお馴染みの最も一般的な食用植物油である「サラダ油」は、ダイズ油とナタネ油の調合油だ。

 つまり油糧種子では、ユーザーの製油業界の要求により、食料安全保障のキーワードの一つである原料輸入ソースの多元化が割と早く達成されていたことになる。特に、カナダカノーラに関しては、純粋な開発輸入とは言えないまでも、この商品をカナダの政府や業界と協力して育て上げてきたという自負が製油業界にはある。「井戸を掘った者を忘れるな」は、製油業界の先輩がカナダ産ナタネについて良く口にした言葉だ。

 GMOに関しても、製油業界の受容は早かった。トウモロコシ、ダイズ、ナタネに対する本格的導入が始まった1996年時点で、困難は予想されてもこれを拒否していては日本への原料の安定的供給は成立しないという腹をくくった経営判断に迷いはなかった。

 もちろん日本政府の安全性承認は絶対条件だったが、1996年産作物の輸入を控えて1997年秋までに日本政府が安全性承認を終えるかは、かなり微妙なタイミングであった。特に、厚労省は、バラエティ(あまたある個別品種)毎の安全性確認が必要と、植物育種学上なんだか訳の分からない主張をしており(業界が説明・説得した結果、後にこれを撤回し亜種の場合は必要と訂正)、先行きの不透明感は拭えなかった。

 まさか日本政府がダイズやナタネの輸入を止めることはあるまいと考える一方、製油業界では(輸入業務上の)安全確保のためにGMOの作付けを1年遅らせてもらえないかという申し入れを、米国とカナダの業界に対して行った。

 2国の対応は対照的だった。米国の答えは「米国は自由の国だ。(米国)政府が安全性を認めた作物を米国の農家が作付けする、しないは個々の農家の自由である」というものであった。しかし、カナダからの回答は異なった。「現時点でGMナタネの作付けを中止することはもうできない。しかし、収穫時に分別流通を行い今年の日本への輸出にはGMナタネが混入しないよう努力する」。

 この年、実際に現地を視察してみると、GMナタネにはカラフルなコンフェティ(紙吹雪)を混ぜることで、IPハンドリング(分別生産流通管理)が厳格に実施されていた。日・加のナタネ業界は、政府もオブザーバー参加する毎年2回の定期協議を通じて、今でも良好な相互貿易関係を維持している。

 一方、スターリンク事件のような不幸な出来事もあり、トウモロコシ業界のGMOへの対応は遅れたように見られているが、これは業界の責任ではない。GM食品表示制度を検討した頃、厚労省は身近なダイズに目を奪われ、トウモロコシは飼料だという認識で、殆ど顧みることがなかった。途中でこのことに気がついた筆者は、厚労省に参考人招致されたとき、より交雑リスクの高い他家受粉作物であるトウモロコシのことももっと考えて欲しいと訴えたが、容れられることはなかった。

 さらに農水省でも、表示問題懇談会遺伝子組換え食品表示部会には、トウモロコシの関係者はおらず、議事でも殆ど等閑視されていた。但し、農水省の名誉のために追記すれば、その後の飼料用トウモロコシ管轄課のGMOに対する取り組みは並々ならぬものであり、安全性マニュアルやデータベースの策定など、瞠目すべき成果を挙げてきている。

 三石氏の飼料原料業界も、筆者の油糧種子業界も、日本への安定的な食料供給を達成するために今まで様々な取り組みを行ってきた。それらは表だってあまり語られたことのないフードチェーンの隠れた一環でもあるが、三石氏の著書により一般消費者がその一端に触れ、畜産製品や食用油脂を店頭で手にするとき、それらがそこに辿り着くまでの由来や旅路を思い出して頂ければ嬉しい。

 また、業界としては、三石氏が指摘されているように、マクロ・ミクロの厳しい環境変化の中で、今後の30年のフレームワークやそれを実現する戦略をいかに構築するのかを真剣に考えていくべきだろう。

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