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GMOワールドⅡ|宗谷 敏

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
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油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

英国の切り札となるか~「スマート」なGMコムギ試験栽培

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2012年4月16日

 英国政府最高科学顧問John Beddington卿が率いる科学庁が、今後20~80年間の政府による戦略・政策決定に資するために取り組んでいるプロジェクトの一つがForesightだ。その核心的テーマは、地球規模の気候変動と国際的な食糧安全保障との相関であり、最終報告書「International Dimensions of Climate Change」 が2011年7月11日に公表されている。

 食料、水、エネルギーと気候変動の密接な関係に着目し、世界から注目を集めたのは、Beddington卿が2009年に発表した「Perfect Storm paper」 であり、この話題については、2009年3月19日のBBC紙 が触れている。

 これらを踏まえた上で、2012年4月13日のFarmers Weekly Interactive紙に掲載されたBeddington卿へのインタビュー記事「The Forsight saga: Calling for urgent action to meet food security challenges」を先ず見てみよう。

 前段では、2009年に「Perfect Storm paper」によって鳴らされた警鐘が、国際的な関心を惹起し、食糧安全保障への挑戦は今やG8とG20でも論議され、世界銀行やFAO(国連食糧農業機関)を含む多くの国際グループが重要課題であることを認識しているが、その緊急性はいや増していることが語られる。

 次に、世界的な人口増加と都市への集中による消費増が食品、水とエネルギーの需給を悪化させる中で、英国の農民が具体的になすべきこととして、化石燃料や農薬の削減、二酸化炭素の隔離技術など「気候-スマート」な持続可能的農業を志向するようBeddington卿は要望する。英国政府は、温室効果ガスの排出量を2020年までに34%、2050年までに80%削減する目標を設定しており、農業セクターも自身の役割を果たすべきだというのだ。

 そのためには、一例として農家は高精度農業(high-precision agriculture)メカニズムを使って反収を上げることができるだろうと、Beddington卿は主張する。これとは一般的に敵対すると考えられがちな有機農業については、生産レベルを上げることは手強い課題であるとしながらも、固有の条件による農家の好みの問題だとして排除してはいない。

 英国政府の農業研究・開発予算は4億ポンド(約513億円)だが、うち1億ポンド(約128億円)は食糧安全保障プログラムに配分されている。GM(遺伝子組み換え)技術に対するBeddington卿の支持は一貫しており、環境と健康に関する検査を条件として、水不足、気候変動と窒素肥料の使用削減を含めて、害虫や病害などのいくつかの困難な問題を解決する助けとなる可能性を持つと、以前から繰り返し語っている。

 フランスとドイツのような加盟国を含めて、EUのGMに対する政治的敵対姿勢については、あくまで政治的ポジションであり科学的ポジションではないと断った上で、GMがもたらしつつあるブレークスルーが、生産性の改良や持続可能性の強化増大を導くなら、完全に排除されることは受け入れ難く思われると述べている。より多くのGM作物が世界中で栽培されるだろうと自分は信じるが、EUが依然としてそれに乗り遅れるのか、あるいは政治的意志が変化するのかは、自分には判断できないとしている。

 また、ブラジルの驚異的な生産性増大に触れ、その根幹をなすEmbrapa(ブラジル農牧研究公社)などによる農業研究の極めて高い効率性を賞賛している。インタビューの最後の方は、アナグマが媒介するウシ結核やワクチン開発の話なので省略。

 以上がインタビューの概要だが、この中で2032年までにヘクタール当たり20トンの反収を目標としたGMコムギの開発(試験栽培の段階にある)が、食糧安全保障向上を目指す具体的な取り組みの例として挙げられており、Beddington卿も並々ならぬ期待を寄せているようだ。

 このGMコムギは、アブラムシをターゲットとした害虫抵抗性作物に分類できるが、従来のBt作物に比べて、なかなか凝ったギミック仕様になっている。捕食者からの攻撃を受けるなどの理由で怯えたアブラムシは、他のアブラムシに対して警報を発する昆虫フェロモン((E)-β-farnesene)を発散させる。

 これを嗅ぎつけたアブラムシたちは、そこへは立ち入らない。さらに、このフェロモンは、アブラムシを捕食するテントウムシや、アブラムシを半殺しにしておいて卵を寄生させるジガバチなどの天敵に対しては、逆に彼らを引き寄せる作用を併せ持つ。

 アブラムシの食害を受ける野生植物の中には、身を守るために意図的にこのフェロモンを発生させアブラムシを追い払うものがあり、Rothamsted農業試験場 の研究者たちは、2006年にこのフェロモン遺伝子を分離して他の作物に挿入する実験に成功した。Rothamsted農業試験場は、1843年世界初の農業試験場としてハートフォードシャーに開設された由緒ある研究機関である。

 ところで、抽出または合成したこのフェロモンを畑に散布してやれば、用は足りるのではないのか?という疑問は誰しも抱くところなのだが、その方法では研究者たちが意図した効果が得られず、彼らは遺伝子組み換え手法を選択したという。

 DEFRA(環境・食糧・農村省)の承認を経てRothamsted農業試験場が、このGMコムギの試験栽培を、12万ポンド(約1億3千万円)を費やした厳戒態勢のもとに2012年3月23日から開始したというニュースは、BBC をはじめ3月末の英国メディアを賑わした。日頃からGM嫌いのIndependant紙さえ、在来GM作物への嫌悪感は隠さないものの、このGMコムギに対しては好意的書きぶりだったのは印象的だった。

 情報公開規則によりウェブで場所は明示されているが、金属フェンスで隔離された6m四方の8区画に植えられたのは、代表的な冬コムギ品種であるCadenzaに、ペパーミント植物由来の遺伝子を装備したセットと合成遺伝子を導入したセットで、「whiffy」コムギと名付けられている。英国におけるコムギに対するアブラムシによる損害額は、直接的な食害以外にも病気を蔓延させるため、年間8千万ポンド(約103億円)から1億2千万ポンド(154億円)に達するという。

 ヒトには感知できない臭いの遺伝子を食経験のある同じ植物体から持ってきて、殺虫剤の使用を減らし、生態系への影響も抑えるように配慮し、経済的損失をも予防する「スマートな」GM植物への期待は、Beddington卿ならずとも大きい。EU全体の「政治的意志の変化」をも引き起こすのではないかといった声もあるほどだ。

 しかしながら一方で、英国においても現実はなかなか厳しい。反対派は「Take The Flour Back」キャンペーンを組織し、来る5月27日に、Rothamstedに押しかけて試験栽培中止を求める抗議活動を準備している。Rothamstedの研究者たちは、説明会の開催をはじめ、どのような話し合いにも出向くという紳士的態度を崩していないのだが。

 こじれにこじれたEUのGM論争のただ中で、諄々と大義を説き続けて孤軍奮闘する英国政府に、一般国民や農家が今後どのような審判を下すのかは非常に興味深い。

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