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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

ブラジル農民のGMダイズ特許権使用料訴訟、Monsanto社粘り勝ちか?

宗谷 敏

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 GM(遺伝子組み換え)作物の本格的商業化から17年、初期に導入された種子に対する特許権が世界各地でそろそろ切れ始める事態について、白井洋一氏が興味深い論考 を書かれている。

 その特許権使用料に関し、ブラジルでは現在、米Monsanto社の除草剤耐性GMダイズであるラウンドアップレデイ-ダイズ(RRS)を巡って同社と農民グループとの間で法廷バトルが繰り広げられており、今回はこの問題を取り上げる。

 先ず、概要について2012年6月15日の「Nature」を、他メディアからの情報も補足しながら見てみよう。

 ブラジルは、2011年にGM作物(主にダイズ、トウモロコシ、ワタ)を3030万ヘクタールに作付けし、米国に次ぐ最大のGM作物栽培国である。RRSの栽培は、1998年に南部リオグランデ・ド・スル州で始まったが、これらの種子は国境を接するアルゼンチン(因みにアルゼンチンでは種子への特許権が認められていない)から密輸されたものであった。

 アルゼンチンはRRSの商業栽培をいち早く承認したが、当時ブラジルでは未承認だったからだ。政府が有効な規制を行わず、行き当たりばったりのパッチワークを繰り返しているうちに、リオグランデ・ド・スル州では(違法)RRS栽培が農民の人気を博しどんどん拡大した結果、6~7年後には同州ダイズ生産量の3/4を占めるに至る。

 これは米国ダイズ農家からの怒りを招く。自分たちは1996年以来RRS種子購入時に特許権使用料を支払って来たから、生産が拡大するブラジルダイズ農民と不公平な(輸出)競争を強いられている、と非難の矛先はMonsanto社にも向かう。

 漸く2005年シーズンからLula大統領(当時)がRRS栽培を合法化し、同時にMonsanto社はブラジル農民からも特許権使用料を徴収しようとする。しかし、この時点でブラジル農民が保有するRRS種子は、アルゼンチンから密輸されたものか、それから農民が自家採種したものだったから、Monsanto社は米国のように種子からの特許権使用料を徴収することが出来なかった。

 困ったMonsanto社は、集荷・輸出大手業者4社(Archer Daniels Midland社、 Bunge社, Cargill社とLouis Dreyfus社)と協定を結び、RRS農民販売額の2%を特許権使用料として徴収することを決める。さらに農民が販売する非GMダイズを検査し、RRSが見つかった場合は当該農民から約3%を徴収することした。もちろん対象はリオグランデ・ド・スル州に限定せず、ブラジル全国ベースで実施され現在にいたる。

 ところが、2009年、リオグランデ・ド・スル州の農業シンジケートのコンソーシアムが、RRSと従来の非GMダイズを分離することは現実的に困難であり、自家採種した種子から生産した作物に課徴するのはビジネス上不公正だとして同州裁判所に提訴する。

 Monsato社は、ブラジルのダイズ農民の殆どが、依然として密輸種子を使っており、同社は収入を奪われているから、作物への課徴を通して経費を取り戻さなければならないと反論した。一方、ブラジル種苗協会は、農民の70%が合法的にRRS種子を購買しているとコメントしている。

 2012年4月4日、リオグランデ・ド・スル州地方裁判所のGiovanni Conti判事は、ブラジルにおいてはRRSに関連する特許はすでに期限が切れたことを指摘し、Monsanto社の徴収が非合法であったと裁定する。

 そして、同社に対し、特許権使用料徴収をやめて、2004年から集められた特許権使用料は農民に返金するか、最低20億米ドルを払い戻すことを命じた。Monsanto社は、直ちに州上級裁判所に控訴しConti判事の判決は見合わされ(サスペンド)ている。

 この判決に先立つ2011年、Monsanto社は、もしリオグランデ・ド・スル州で敗訴し、それが500万人のダイズ農民を擁するブラジル全土に適用されたなら莫大な損失となることを懸念し、ブラジル最高裁に農業シンジケートは訴訟を起こすべき法律上の地位を持たず、どのような最終判決が出てもリオグランデ・ド・スル州のみに限定されるべきだと訴える。

 2012年6月12日に、最高裁の判事は満場一致で、リオグランデ・ド・スル州で裁定がなされたなら、それは直ちに全国的に適用されるべきであると決定して、Monsanto社は敗訴した。

 この訴訟の思いがけない結果として、もしMonsanto社が多額の特許権使用料の返還を迫られるなら、同社が研究提携しているブラジル農牧研究公社(Embrapa)などとのバイテク研究資金をカットするかもしれない、と「Nature」はいかにも科学誌らしい分析を加えているが、これは今回のテーマとは関係ないから触れない。(「Nature」他の引用終わり)

 訴訟を起こしたリオグランデ・ド・スル州のダイズ農民集団は、RRS種子を買うときMonsanto社が特許権使用料を取る権利があることは認識するが、次世代のRRS種子を保留し、播種し、交換することを禁じる規則を問題にしており、第二世代のRRS種子から生産されたダイズを特許使用料無しで食料もしくは飼料として販売する権利を要求する。

 これは、アルゼンチンでも同様だが、農民が自家採種する権利は法律的に認められているから、たとえ商売上の契約規則でRRS自家採種を禁じたとしても、複製されたRSS種子やその生産物にまで特許権使用権は及ぶのかという極めてコアな争点のようにも思える。

 しかし、これに対してMonsanto社は「殆どの農民が(違法)密輸種子を使っている」と反論している。農民は正規RRS種子からの派生物を問題にしているが、Monsanto社は違法種子からの生産物への課徴を理由としており、出発点がうまく噛み合っていない。

 またMonsanto社は、(ブラジル)農民がRRS特許権使用料を支払うには2種類の方法があり、正規種子購入時に支払うか、(不正規販売されたRRS種子や第二世代RRSから)
生産したダイズ販売時に支払うかは、農民のオプションであると同社のホームページに記している。つまり、二重課税している訳では無い。

 さらに、Conti判事の判決も、Monsanto社は植物品種保護法(PVL, Law n. 9.456/97)に違反しているという裁定理由はいろいろなメディアにあるが、具体的にどの条文に対するどのような違反なのかは不明のままだ。しかも、この連邦法は種子に特許権を与える法律である。「Nature」にある「RRSに関連する特許はすでに期限が切れた」という主張も、農薬のことを指しているのかもしれないが、なんのことやらよく分からない部分である。

 ともかく「思い出の事件を裁く最高裁」ではないが、控訴審もたっぷり時間がかかりそうだ。上記のMonsanto社ホームページには、リオグランデ・ド・スル州における上告手続き準備までは1~2年かかるが、その間は従来通り販売段階での徴収は認められており、最高裁判決も州の判決が及ぶ範囲を特定させただけで、リオグランデ・ド・スル州の係争自体に何らの影響を及ぼすものではない、とコメントしている。

 ところで、害虫抵抗性GM作物(Btトウモロコシ、ワタ)の場合、自家採種の再利用という問題はあまり聞かない。おそらく第二世代ではBtタンパク発現量が落ちて、充分なパフォーマンスが発揮されないからではないだろうか。特にF1ハイブリッド品種での劣化は顕著だ。そして、Monsanto社は従来の除草剤耐性とBtによる害虫抵抗性をスタック(掛け合わせ)したBt Roundup Ready 2 Yield (BtRR2Y)ダイズのブラジルでの展開を計画している。

 リオグランデ・ド・スル州での控訴審を数年かけてグタグタやっているうちに、ブラジルのGMダイズをBtRR2Yに置き換えてしまえば、帰結的にMonsanto社はもはや農民のGMダイズ自家採種問題で頭を悩ます必要はなくなるのかもしれない。好き嫌いは別として、Monsanto社のビジネスモデルはやはりすごいのかも。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい