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GMOワールドⅡ|宗谷 敏

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
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油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

民意のお値段ではない~カリフォルニア州GM食品表示法案の失敗

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2012年11月26日

 米国大統領選の2012年11月6日、カリフォルニア州では遺伝子組換え(GM)食品表示を求める州民投票(Prop.37)が実施された。最終得票数は賛成5,603,286票(47.9%)、反対6,099,474票(52.1%)という4ポイントの僅差をもって州民は表示法案を否決した。

 投票日の2カ月前の時点では、州民の表示法案に対する支持率はほぼ2:1で、さらに米国消費者の90%以上が終始一貫してGM食品かどうかを知ることを望むという世論調査の結果からも、同州表示法案の成立は確実視されていた。

 しかし、定期的に州民世論動向を調査してきたPepperdine大学の10月11日公表では、賛成が 66.9%から48.3%に急落し、反対が22.3%から40.2%に急伸する。さらに10月30日の公表では、賛成39.1%、反対50.5%と、遂に逆転現象が起きた。

 この現象が起きたのは、Los Angers Times紙はじめ主要各紙が、こぞって反対への投票を勧める社説を掲げたからでもある。その理由は様々だが、筆者が3回にわたり詳細に分析した通り、この法案は叩けばホコリがもうもう立つ、欠陥だらけのダメ法案だったからだ。

 表示法案の成立を推進した「YES ON 37キャンペーン」の報道官(女性弁護士)は、その敗因を、法案に反対する「NO ON 37キャンペーン」による「嘘と卑劣な企みと4,500万ドル」だと語っている。「4,500万ドル(最終的に4,600万ドル、約37億円)」とは、Monsanto社、DuPont社などのバイテクメーカーやPepsiCo社、 Coca-Cola社、 Kraft社、Kellogg社など食品加工大手企業が「NO」に投じた寄付金総額で、「YES」の集金総額920万ドル(約7.4億円)をはるかに上回る

 「嘘と卑劣な企み」とは、「バイテク食品は安全だ」と結論していると「NO」が述べた4組織のポジションが事実と異なること、投票者に郵送された文書に「(GM食品表示は)本質的に誤解を招きやすい」というFDA(米国食品医薬品局)の見解(それは事実である)と共にFDAのロゴマークを無断使用したこと、表示反対を訴えたHoover研究所のHenry I. Miller博士のTVCMのバックがStanford大学になっており、(Hoover研究所がStanford大学構内にあることは事実だが)博士が同大教授であり、大学も表示に反対しているという誤解を与えたこと、表示が実施されれば食品価格が高騰し家計負担が増えると脅かしたことなどである。

 しかし、政治的キャンペーンにこの種のミニ・スキャンダルはつきものであり、「YES」側もほぼ同じ「嘘と卑劣な企み」を動員している。Texas州立大学のJames McWilliams博士の著書からDDTの安全性に関する一部分のみを恣意的に引用したこと、フランスCaen大学のGilles-Eric Séralini教授らのRat Study のジャンクサイエンスを援用して発ガン性の恐怖心を煽ったこと、投票日直前に、DOJ(司法省)とFBI(連邦捜査局)が、FDAのロゴマーク無断使用について「NO」の内部調査を開始していると発表したこと(DOJは直ちに否定)、などである。

 両陣営とも公式の訂正や謝罪などはなしに、上記のマズかった点のほとんどは後日こっそり修正された。従って、「嘘と卑劣な企み」は、どっちもどっち、お互い様なのである。もちろん集金力の差についてのみは、宣伝ツールの動員回数などで差がつくことは否定しえない。しかし、先進国の情報化社会において、もはや民意や選択権を金で買える時代ではない。だから、「YES」側がそこのみに敗因を求めて、法案自体の欠陥を頬被りして反省しないのは進歩がない。

 まず、「YES」陣営は、最初から拠って立つポジションに無理があったと筆者は思う。「消費者の知る権利(Right To Know)」は大事であり、コストとの見合いはあってもそのこと自体への反論は難しいのだが、そこに食品安全性を絡めざるを得なかったことは「YES」の失敗だ。

 市場にあるGM作物(食品)には、在来同等作物以上のリスクはないとFDA、EFSA(欧州食品安全機関)はじめ世界各国の公的食品安全機関が主張している以上、食品安全性を問題とする場合には申立する側に「安全ではない」という論拠を証明する義務がある。

 だから、Séralini教授に代表されるような、GM食品の健康危害を訴える研究が時たま発表される。しかし、それらは精査の結果、試験設計自体に無理があったり、データ解釈が恣意的だったりして、科学界や公的機関から否定されるのが常だ。

 もし、GM食品が本当に危険だと信じるなら、反対運動が要求すべきは先ずGM食品の流通禁止であり、次に安全性評価システム改善への対案であるはずだ。既に市場にあるという前提を認める表示ではない。ここに「YES」陣営が抱える決定的な矛盾があり、「安全性は認める。しかし、知る権利としてのみ表示を求める」とは、言い切れなかったのが弱点だった。

 そして、「YES」陣営は欲張りすぎた。GM食品表示に加え、「Natural」表示の禁止も要求した。GMに反対する組織がここぞと相乗りし、資金提供した寄せ集め「YES」陣営は、どっかの国の第三極の野合のように、アジェンダを肥大化せざるを得ず、分かりにくいものにした。

 カリフォルニア州で当初Prop.37を支持したのは、経済的にはあまり豊かではない層だったという。たしかに富裕層は最初からオーガニック食品しか買わないから、関心は薄かったかもしれない。従って、「NO」が打ち出した、この表示制度は年間最高400ドルの家計負担増につながるかもしれないという主張は、かなり効いただろう。

 「YES」は、この否定に躍起になった。説得性に差異はあっても、確かに試算はどうにでも出せるし、市場の経済的要因は複雑だから、実際にやってみなければ結果は分からないのも事実だろう。しかし、一般的に賛否に迷った場合、人は現状維持(この場合はNO)を選択するという投票行動もあるようだ。そして、GM反対派が日頃から標榜する「予防原則」を、州民が自分のサイフに適用してしまったことは、なんとも皮肉である。

 「NO」が、表示反対を主張する農家をCMに起用したことも効いた。カリフォルニア州は、コメとオーガニック中心の果菜類を栽培する農家が中心で、中西部のようにGM作物を栽培してはいない。

 しかし、米国は食べ物を供給してくれている自国農家への尊敬や感謝の念を常に忘れないという点においては、かなり健全な国民性を持つ。だから、農家が法案に従って「(Non-GM)誓約書」を書いて、その内容に責任を持つという物理的・心理的負担増を嫌うと言えば、それも大いに効くのだ。

 Prop.37の失敗は、提案者の立ち位置の矛盾と、科学的合意を無視してご都合主義な脅し戦法を使ったことから農業・食品関連産業を仮想の敵として反撃を喰らってしまったこと、法案に様々な要求を盛り込んだ結果、本来の「知る権利」がボケてしまい、投票者の賛同を得られず、さらに投票者から提案が紛らわしく、コストもかかりそうだと結論させてしまったことだ。主要な敗因は、4,500万ドルという民意のお値段ではない。

 最後に、カリフォルニア州の各郡部の投票結果を見ていて面白いのは、沿岸部ではYESが勝っており、内陸中央部はNOに投票している。この現象に対する地政学的説明は難しいが、沿岸部は以前からGMにネガティブなHumboldt、Mendocino、Sonoma、Marineなどの諸郡が集まっており、Los Angelesでは一部のハリウッドスターが「YES」に力を貸した。一方、中央部は州内農業地帯だと区分できる。

 ところで、我が国では、GM食品表示が無くなるというTPPオバケがまだ闊歩しているらしい。現行の日本のGM食品表示は、USTR(米国通商代表部)からも特に問題視はされていないし、その可能性は低い。しかし、これ以上GM義務表示を拡大すればどうなるかは分からない。とすれば、GM食品表示への干渉懸念からTPPに反対することと、GM義務表示拡大を要求することは、Prop.37提案の立ち位置同様、やはり二律背反で矛盾しているように筆者には思えてならない。

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