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GMOワールドⅡ|宗谷 敏

どんなコラム?
一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
プロフィール
油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GM大国インドの混迷~Btナスの挫折とBtワタへの毀誉褒貶(上)

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2012年12月10日

 ISAAA(国際アグリバイオ事業団)によれば、インドは2011年に1060万ヘクタールのBtワタを栽培した世界第4位のGM(遺伝子組換え)作物栽培大国である。だが、国内ではGM作物の是非を巡って大論争が起きており、2012年11月7日に掲載された白井洋一氏の「農と食の周辺情報」 にも、「付録」としてインド国内事情が簡潔に紹介されている。そのフォローアップを、2回に分けて試みる。

 2009年10月14日、GEAC(遺伝子工学承認委員会)は、Maharashtra Hybrid Seeds社(Mahyco)に対しBtナスの商業栽培における安全性を承認した。しかし、インド初の純食用GM野菜の商業化は国民的議論を呼び、2010年2月9日、Jairam Ramesh 環境・森林大臣(2011年7月に地方開発相に異動)が、この商業栽培のモラトリアムを決定する。これが、インドのGM作物・食品を巡る大混乱の幕開けである。

 さらにRamesh 大臣は2011年3月9日、ビハール州のBtトウモロコシ試験栽培についてGEACの試用承認があっても州政府の同意が必要であるとする見解を示した。この結果、マハラシュトラなどの3州を除き、ビハール、ケララ、マディヤプラデシュ、チャッティスガールなどの諸州はGM試験栽培を禁止し、各地でGM試験栽培が頓挫するという事態を招く。

 これらの背景には、不透明なBtナス承認作業などでの不手際が暴露された環境・森林省傘下のGEACを改編し、GMリスク評価・管理政策を一元化して担当する国家バイオテクノロジー規制局(BRAI)を新設置しようとする法案審議の動きがあった。科学技術省などが主導するこの計画の審議を巡り議会は紛糾し、論争の火種にはことかかなかった。

 BRAI法案は、現在でも議会で棚ざらしだが、2010年から下院農業委員会が超党派で31名のパネルを設置し、GM食用植物の栽培を巡るさまざまな意見と論争に関する調査を開始する。2012年8月9日、パネルは「GM食用作物の栽培-可能性と影響」と題された報告書を公表した。この報告書は500ページ近くもあり大部だが、3ページの要約版もある。

 一言で言えば、インドはGM作物により慎重であるべきであり「さらなる分析と監視メカニズムが実施されるまで試験栽培は中止されるべき、将来的研究開発は厳格な管理下で行われるべき」という厳しいものだ。この報告書は、農業委員会で満場一致で採択される。

 パネルは2年かけて多くの利害関係者を含む15,000ページの証言と50の口頭陳述を集めたという。この議員団の努力には頭が下がるが、メタに集めただけで個々の情報についての妥当性の解析やプライオリティは判断されていない。かなり酷いネガ情報も「再評価されるべきだ」とコメントしつつも、一つの判断材料として等価に扱っている。このあたりが、専門家ではない政治主導の限界と弊害であろう。

 一方、司法の場でも闘いが継続している。環境保護活動家Aruna Rodrigues女史らを原告とするGM作物栽培を巡るPIL(公益保護のための最高裁への請願)は2005年に遡り、延々と訴訟手続きが繰り返されてきた。あの手この手の様々な請願テーマに、初期はGM推進派の農業・食品加工省や科学技術省による防衛的な抵抗が功を奏してきたが、こちらも最近では風向きが変わってきた。

 2010年に名古屋で開催された第5回バイオセーフティー議定書締約国会議(MOP5)・第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)に合わせて、10月7日~10日に開催された「バイオセーフティーの理解促進のための国際科学者会議」で、Rodrigues女史は「インドのBtナス:最高裁判所から公開討論へ」という5年以上に及ぶ「わが闘争」風な発表を行っている。

 Rodrigues女史は、Ramesh 大臣のBtナス商業化モラトリアムを歓迎するが、それに満足してはいない。GM作物の試験栽培も含む完全なモラトリアム、つまりはGM作物のインドからの完全追放が、女史らの究極のゴールだからだ。最高裁は、Rodrigues女史らのGM試験栽培モラトリアムに関する請願をヒアリングした後、GM 野外試験栽培の是非について6名の科学者から成る科学パネル(TEC)を2012年5月10日に設置する。

 10月17日、分子生物学者Imran Siddiqui 博士や毒物学、生物多様性、栄養科学などの高名な専門家で構成されたTECは中間報告書を最高裁に提出した。ワタのような非食用も含めGM作物の野外試験に10年のモラトリアムを推薦し、10年で規制システムを強化し詳細な食品安全性評価を実施すべしという内容で、議会報告書と異なり専門家からの意見だけにこれは重い、と普通には考えられる。

 ところが、ことはそう簡単ではない。TEC中間報告に先立つ10月9日、Manmohan Singh首相の科学諮問委員会(SAC-PM)が、GMは農業と健康に役立ったし、経済と社会の発展に貢献する転換的な技術だとして歓迎する報告書を出したからだ。

 トップ・サイエンティスト32名を擁するSAC-PMは、「予防原則は生得的に健全ではあるが、科学ベースの安全性評価と社会・経済の分析を通して適用されなくてはならない」と述べ、最高裁TECや議会パネルとは基本姿勢で対立する。規制のレビューという点だけは意見が一致しているようにも見えるが、SAC-PMはBRAI(法案)の早期成立を促すなど効率化を志向し、方向性が異なるのだ。

 11月9日、最高裁はTEC中間報告書に基づき即刻GM作物試験栽培の暫定禁止措置を求めた原告の要求を拒否した。TEC(報告書)には拘束力がなく、中央政府のGM作物への強い支持表明や、人口増加に鑑み試験栽培は継続されるべきという検事総長の意向が反映された形だ。そして最高裁は、原告と政府など関係者からのヒアリングを今後も継続するので、この問題はまだ決着した訳ではない。

 いずれのGM栽培国も規制を持つから、強弱の差はあれその国の政府は基本的にGM栽培を支持していることになる。一方、反対運動もそれぞれの国に存在し、(行政)訴訟も特に珍しいことではない。

 各国のコメやムギ、米国のサケ、カナダのリンゴなど、純食品のGMは消費者側のハードルが依然として高い。インドの迷走は、Btナスという純食用野菜がきっかけとなり、さらに規制の本陣たるGEACへの信頼性が大きくぐらつき、遂には崩壊してしまったことに主因がある。そして、非食用のBtワタにまで類は及ぶのだが、そのあたりの事情は(下)で。

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