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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

「Monsanto保護法」騒動記~間違いだらけの米国内報道

宗谷 敏

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 2013年3月21日に米国議会を通過したHR 933(包括予算割当法案)に、Obama大統領は3月26日に署名した。この立法に対しては、法文中にあるSection 735を「Monsanto Rider」と揶揄し、故にHR 933全体を「Monsanto保護法」と呼ぶソーシャルメディアを中心とした反対運動があり、Obama大統領宛に拒否権を行使するよう25万人署名の請願が送られたという。

 積極行動主義者らの主張は、Section 735は「その作物について、健康や環境にリスクがあると法廷が裁定しても、USDA(米国農務省)はそのGM(遺伝子組換え)種子由来の農作物の栽培と販売を認可できる」制度で三権分立を侵し、政界へのロビー活動に熱心なMonsanto社にもっぱら益する、というものだ。Monsanto社は、ほとんど常に彼らの攻撃の対象であり、GM反対派にとってアイコン的意味を持つ。

 ソーシャルメディア発のこのストーリーに乗った米国内の一部メディアも、3月21日以後日々熱心に記事を増産し流し続けた。しかし、たった199語のSection 735を、78ページあるHR 933の象徴とした行為が雄弁に物語るように、妄想とは言わないまでもあまりに拡大解釈が過ぎるその主張を、ほとんどの有力紙・一流紙は無視したのも特徴的だった。

 そして、「Ignore Hysteria Over New ‘Monsanto’ Bill」と題された4月9日付のBloombergは、「もしあなたが『Monsanto保護法』について何かを読んだなら、それは間違っている可能性が高いでしょう」という書き出しで、注意を喚起した。以下はその抄訳。

 問題の条項は、Obama大統領が3月下旬に法律とするべく署名した政府が資金の供給を継続できるようにしておくための広範な法案の一部でした。

 それにおびえた反対者は、もしMonsanto社のようなバイオテクノロジー企業が有害な副作用を持つGMOsを製造しても、訴訟からこの法律がひそかに彼らを守るであろうと考えます。

 この法律は、連邦裁判所を「Monsanto社を阻止することから無力にする」と論じ、「隠された裏取引」により作成され、予算法案に「こっそりしのびこまされた」と主張します。

 そして、それは同じく「憲法をズタズタに切り裂きます」。

 実際に、9月30日に期限が切れる法律は、リスクを見いだした作物の流通を、法廷と連邦規制当局の両方が差し止めることから自由なままにしておきます。

 そして、この法律の及ぼす影響はきわめて穏当なものなのです。

 USDAが、骨が折れるプロセスを伴うレビューの後に、GMOsの販売と使用を許したとしましょう。

 それから、おそらく数年後に、USDAがそれを許すことを決定するにあたって、適切なプロセスに従わなかったと法廷が判断したとしましょう。

 この条件下で、最終決定を待つ間、農民は作物を使うことを許されるとこの法律は述べます。

オーガニック農家

 実際、それは現実に起きており、この法律の制定を導いたので、このシナリオを想像する必要はありません。

 2005年に、USDAは除草剤耐性GMアルファルファを承認しました。

 複数の環境保護団体が、承認を覆すために訴訟を起こしました。

 彼らは、作物が健康危害を起こすであろうとは論じませんでした。

 その代わり、例えば非組み換えアルファルファに新しい作物が交雑するだろうから、「有機栽培である」と表示する権利を失うかもしれないオーガニック農家を、特に害するであろうと主張したのです

 バイオ工学問題を調査するCompetitive Enterprise InstituteのGreg Conkoは、オーガニック基準が、交雑の可能性から彼らの作物を隔離しておくように農民に要求し、意図しない他花受粉を罰しないので、この恐れはおおげさだと指摘します。

 しかしながら、2007年に連邦判事が、USDAはもっと徹底的な(環境)レビューをすべきであったと裁定して、新しい種子の販売を妨げました。3年後に、最高裁判所は7対1の票決により、下級裁判所の裁定は誤りだったと逆転判決を出しました。

 2010年に、もう1人の判事が、その時点で既に米国のサトウダイコンの95パーセントを占めていた除草剤耐性GMサトウダイコンに対して類似の裁定を出しました。

 2年後に、USDAはGMサトウダイコンを栽培することは問題がないと結論しました。

 再び、これらの場合でも、農作物が健康危害を起こすとは一切誰も主張しなかったし、法廷もそれが環境に有害だとは結論しなかったことを、肝に銘じてください。

 去年、議会が新農業法を検討したとき、これらの場合に農民が、USDAがその承認を再検討する間、農作物を使い続けるのを許されると明確にする必要を、数人の下院議員が論じました。

 他の問題に関する意見の相違から、新農業法が議会を通過していません。

 しかしながら、バイオ工学条項は、Obamaが署名した政府予算割当法案に入りました。

(情報の全面開示:私の妻は、条項が挿入されるのを手伝ったと巷間伝えられているRoy Blunt上院議員のスタッフです)。

 訴訟を起こしたのと同じ積極行動主義者グループは、新しい法律を厳しく批判して暴走状態になりました。

 それらの安全性について証拠がどう言うかにかかわらず、多くの人々がGM作物は警鐘的であるのを見いだすからという一部の理由で、問題は大きくされました。

 そして救済措置後の世界で、特定の企業に好意的な行為のように見える法律が、政治的な領域を越えて高ぶった嫌疑を受けます。

異なる観点から

 この法律に責任を持つ委員会の委員長であるメリーランド州選出の民主党Barbara Mikulski上院議員は、彼女が責任をとる前に、法律がすでに議会を通過する途中であったと言って、この法律から距離を置いているように感じられました。
 Fox Newsが、 Danone SA の子会社でありオーガニックヨーグルト製造のStonyfield Farm社が、彼女の在任期間の前にすでにこの法律への反対を警告していたと指摘することによって、彼女の発言を支持しました。

 Stonyfield社-そして他の自然食品企業とそれらの支持者-の関与は、論争全体に異なった観点を与えます。

 これらの企業は、GM作物が彼らの製品の完全性に対する脅威であると信じるかもしれません。

 しかし、GM作物は確かに彼らの収益に対する脅威です。

 換言すれば、もし厄介な訴訟が彼らの競合する製品を市場から閉め出したなら、この論争の片側には利益を得るかもしれない企業があります。

 もう片方の側には、このような戦術による影響を制限することを望んでいる(バイオ工学)企業と農民がいます。

 どちら側がよりましなのかを決めるのは皆さんです。(ライターのRamesh Ponnuruは、the American Enterprise Instituteの客員研究員でNational Review誌編集主任)(記事抄訳おわり)

 2012年6月11日7月23日の本稿ですでにこの問題を分析し、Section 735は新農業法がスタックした場合の保険だろうと予見してきた筆者も、Ramesh Ponnuru氏の意見を支持する。

 仮にMonsanto社に余得があったとしても、この条項本来の目的は、播種時にコンプライアンス上何の落ち度も無いにも拘わらず、できた作物を販売できなくなる不条理から農家を救うことであり、BIO(バイオインダストリー協会)も、その点を強調している。

 もちろんHR 933を通過させた議員たちも、Obama大統領も、そんなことは先刻承知しているから、ソーシャルメディア系がいくら祭り状態で騒ぎ立てでも、25万人の請願が来ても、それらが拡大解釈や誤報に基づく以上は屁でもないのだ。

 読者の便宜のために、Sec. 735の全文を最後に付しておくが、この条項が参照しているsections 411, 412 and 414は、すべてthe Plant Protection Act(植物防疫法)の条文であり、FDA(食品医薬品局)が所管するヒトへの健康危害とは何の関係もない。

 Bloombergの奥床しい表現を借りれば「間違っている可能性が高い」米国ソーシャルメディア系大量報道に飛びついて、「TPPが締結されたらこの法案も日本に持ち込まれてしまう可能性がある」などと想像力たくましい論考を展開する我が国のヘタレな報道なども、読む必要は一切ない。

(参考:Section 735全文)
Sec. 735. In the event that a determination of non-regulated status made pursuant to section 411 of the Plant Protection Act is or has been invalidated or vacated, the Secretary of Agriculture shall, notwithstanding any other provision of law, upon request by a farmer, grower, farm operator, or producer, immediately grant temporary permit(s) or temporary deregulation in part, subject to necessary and appropriate conditions consistent with section 411(a) or 412(c) of the Plant Protection Act, which interim conditions shall authorize the movement, introduction, continued cultivation, commercialization and other specifically enumerated activities and requirements, including measures designed to mitigate or minimize potential adverse environmental effects, if any, relevant to the Secretary’s evaluation of the petition for non-regulated status, while ensuring that growers or other users are able to move, plant, cultivate, introduce into commerce and carry out other authorized activities in a timely manner: Provided, That all such conditions shall be applicable only for the interim period necessary for the Secretary to complete any required analyses or consultations related to the petition for non-regulated status: Provided further, That nothing in this section shall be construed as limiting the Secretary’s authority under section 411, 412 and 414 of the Plant Protection Act.

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい