科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

世に怪談の種は尽きまじ~遺伝子組換えトウモロコシの健康リスク(下)

宗谷 敏

キーワード:

 体調不良に悩む米国人主婦Caitlin Shetterlyが、Paris Mansmann医師の助言により、トウモロコシを食事から排除したら完治した。彼女はGM(遺伝子組換え)トウモロコシがアレルゲンだったと確信して専門家の見解を求めた手記を、読者数110万人を誇る米国版Elle誌2013年7月24日号に発表した。(上) (中)に引き続き、この記事に対する検証と反論を整理する。

(以下、Shetterly の手記を批判したSlate誌の引用の続き)

 Richard Goodmanが付言します。「GM食品からのリスクは無限小です。それらのすべてが、『もしかしてだけど~、もしかしてだけど~、もしかしてだけど~』という小惑星の衝突を心配するような最悪のシナリオです。革新に対する決定のリスク許容度をこのレベルの基準としたなら、私たちはまだ暗黒時代にいることでしょう。

 Shetterlyの懸念は、理論上理解できるものの、科学に基づいていません。私は、彼女にそう話しました。しかし、それは彼女が報告したものではありませんでした。この記事はばかばかしさの極みです」。

<訳者注:以上に続くJon Entineのコメントは、お馴染みなものなので要約に留める。「育種技法を問わず新しい食品が作られるとき、結果的に新たなタンパク質が生じる可能性があり、GMは植物ゲノムにランダムな変化をもたらすかもしれない(GM反対論者はここには触れない)他の育種技法よりおそらく安全であり、他の育種技法では稀である有用な新しい形質を素早く正確に作り出せる。

 科学者が病気、薬、化学薬品や食品でヒトへの長期の二重盲検検査をしない理由は、経済的に貧しい梅毒患者のコントロールグループを、40年以上治療せずに放置した政府によるテストを実施したTuskegee 大の失敗を教訓としている。研究者は、今では洗練された動物実験を行う」。

 さらにEntineは、Nathanael Johnson が7月8日からGrist誌に掲載しているGM論争のレビューから、アレルギーと規制をテーマとした論考及びRamez Naamのコメントを紹介して自説を補強するが、煩瑣になるので省略する。なお、Johnsonの連載は、この回に限らず、すべて刮目に価する。>

 Shetterlyの手記中で自分の見解の描き方に失望したのは、Goodmanだけではありません。Harwood Shafferは、Shetterlyの支持者として登場し「否定的な試験の結果を出すことをUSDAが企業に強いない」と憤慨していると報告されます。

 「とんでもない。それは私が言ったか、意味したことではありません」と、彼は私に言いました。Shafferの懸念-討論する価値はある一つ-は、 現在の評価と承認プロセスが、独占所有権(特許権に抵触する)のある研究の公表を必要としないため、一部のデータが非公開になっているように思われるということです。これは厄介な質問で、それ自体が論文としての価値を持ちますが、この文脈においては二次的問題です。

 私はShafferに、彼のレビューに基づいて、多くのGMOs に起因する危険性のデータが秘匿されていると信じるかどうか尋ねました。「それはありえますが、私たちの独自調査に基づいて、私はそんなことはないと思います。しかし、それは私が現状を受容できると思うことを意味しません。私はより多くの情報公開を支持します」。

 Shetterlyの彼へのインタビュー発表に対する彼の意見は、「私は主張しました。そして彼女は予め決めていた自身のテーマを支持するためにそれを誤用しました。彼女は、私が彼女に話したことを不適切に用いました」。

 好酸球疾患の世界的権威であるMarc Rothenbergは、MansmannのGMトウモロコシの疾患理論を「面白い」と表現しましたが、重要な警告を申し出ました、とShetterlyは書きます。「従来医療では誰もデータを持っていないでしょう」。そして彼女は、彼が未解明のGMOs と関連する環境の「ブラックボックス」があるかもしれないという印象を残したと書きます。

 「それは私が言ったこととは全く違います」と、Rothenbergが電話で私に言いました。 「私の名前がこの話に結び付けられるのを恥ずかしく思っています」。確認の電子メールでも「記事はばかげています。私は彼女と(Elle誌の)記事校閲者に、アレルギーまたは好酸球性疾患が GMOに起因することを支持する実質的な証拠がないと言いました」と、彼は述べました。

 さらにShetterlyは、Karl von Tiehlとのインタビューをねじ曲げたように思われます。「私の引用が、GM食品と好酸球性疾患とのリンクを疑わせるアイデアに信頼性を与えるために使われたことで、気が動転しています。現在、どんなに高品質の医学研究でも、米国の食料供給においてGM食品とアレルギー反応(もしくは他の健康関連問題)との正当なリンクの確立を見出してはいません」。

 Shetterlyは同じく、Mansmann の理論の一部をバックアップするために、Simon Hoganと話をしました。(彼女自身が書いているように)GM エンドウマメがマウスに炎症反応を起こすという2005年の人騒がせな彼の研究は、その後の研究で完全否定され、科学的知見は訂正されました。しかし、革新的なGM エンドウマメ開発はダメージを受けて中止されてしまいました。

 GMトウモロコシのアレルギー反応に関して、「決定的な分析がなされたと私は思いません」と、Hoganは言ったとShetterlyが引用します。私は、明確化のためにHoganに電子メールを送りましたが、彼からの返答はありません。

 GM トウモロコシがアレルギーあるいは他の健康障害を起こしていますか?

 GMOs は健康障害の恐れですか?

 Elle は、主流の科学と医学界に存在しない「論争」を永続させます。もっと悪いことに、それはグローバルな食料安全保障を改善する技術への一方的な反対に拍車をかけて、疑惑と不信の炎を煽ります。

 私は、Elle 編集部に電話と電子メールを出して、私の調査結果をレビューするよう促しましたが、回答を受けませんでした。Shetterlyからも梨の礫です。

 皮肉にも、Shetterly物語が現われた同じ8月に、ElleのRobbie Myers編集長は「女性誌でも、重大なジャーナリズムができます。実際、私たちは今までそれをなしてきました」と自慢しています。

 もし Elle が自身で主張するジャーナリズム的な品位を持っているなら、Myers女史はShetterlyの記事を撤回して、記録を事実通りに訂正する記事を出版するでしょう。
(以上Slate誌の引用終わり)

 Entineから記事の撤回を求められたElle誌は、8月9日に「(再び)議論しましょう:GM食品論争」という無署名のカウンターブローを放つ。

 内容を要約すると、「GM食品の安全性問題はすぐれて論争的な分野だから、 Shetterly の話を公表したとき、誰かが不公平に GMOs を中傷したと反論するかもしれないと思っていた。そしてEntine がSlate誌でそれを行った。

 彼女は病状と信じるに至ったその原因について詳しく述べた。彼女の見地は明確だったが、同時に彼女-とElle-は、Shetterlyの懸念を却下するAmal Assa’adの見解も含めたようにGMO論争の両サイドに忠実だった。記事の内容については、インタビューの記録をチェックするなど万全である」などと主張している。

 さらに、von Tiehlへのインタビューの一部をテープ起こしして、所謂「産業からの学際への圧力」の存在を仄めかす構成になっている。そして、最後には「お約束」通り、EntineとMonsanto社とのリンク(かって、請負契約があった模様)を指摘し、不信感を表明する。

 Entineは、8月12日に自身のGenetic Literacy Projectで、Elle誌に再反論しており、これは14日のForbes誌にカバーされた。

 しかしながら、肝要な部分はSlate誌(Entineが言いたかったことはこれに尽きる)との重複も多い。そして、論点が(女性誌)メディアの報道責任に移行し、残念ながらElleもEntineも個人の発言の片言隻語をとらえて揚げ足をとる論争に堕してしまっているため、あまり読む価値はないだろう。

 いま米国で盛んな表示論争とも絡むGM作物・食品のアレルギー誘発性のトピックは、GM食品リスク論議でもキモの部分だ。GM開発メーカー主要6社が組織するCouncil for Biotechnology Information (CBI)は、今まで公衆に対する説明不足があったことを反省し、対話型のウェブサイトGMO Answersを、7月29日に立ち上げた。ここのQ&Aでアレルギー問題 がどう説明されているのかは、かなり興味深い。

(以下、GMO Answersの引用)
質問:GMOs の人体に対する影響は何ですか? GM食品がある特定のグループの間でアレルギーの発症を増加させましたか?

専門家(ワシントン大学栄養学部長Connie Diekman)の回答(8月15日):これは重要な質問です。最初にFDAは、 GMO の使用に関するガイドラインを明示し、これらの文書により、バイオテクノロジー食品は他の食物と同じように消化されることを示す科学に言及しています。同じく科学は、これらの食品が摂取するのに安全であり、それらが増加したアレルギーの原因ではないことを示します。

 アレルゲンに関するあなたの質問について。GMO の開発についてのガイドラインは、アレルゲンの可能性があるいかなる食物でも、もしも通常アレルゲンとはならない食物に導入された場合には、その事実を公表するよう要求します。FDAは同じく潜在的なアレルゲンが GMO製品に導入されなかった事実を立証する科学的証拠を要求します。

 これらのガイドラインのゴールは、アレルギー反応を防ぐことです。
(GMO Answersの引用終わり)

 ウーン、規制に関するQ&Aも併せ読むべきなのだろうが、実に簡単明瞭であり分かる人はこれで分かるだろう。しかし、分からない人をターゲットにするのがこのサイトの趣旨と考えれば、ちょっと素っ気ない気もする。

 これら全てを(苦労して)読んだ訳者の感想として、

(1)Shetterly(もちろん症状の改善は喜ばしいが)の(科学的)知識不足×思い込みの激しさ+行動力=大暴走で、低ブレーキ性能(Elle誌) が起こした女性誌報道事故と総括されよう。Mansmannは、(コンタミ懸念から?)有機を含め全てのトウモロ コシを排除するようShetterlyに助言し彼女は従っているが、ごく少数(故に表示対象にされない)ながら(GMに限らず)トウモロコシでアレルギーを発症する人はいる。一方、好酸球疾患との関連は、これだけでは不明(Entine の照会をMansmannとShetterlyは無視)で精査を待つしかない。

(2)Entineも指摘している(拙訳では省略した部分)が、Seralini事件を契機として科学ジャーナリズムにはGM報道の(科学ベースの見地から)良化が見られ、科学ジャーナリストは、Mark Lynasの公式謝罪と転向によって勇気付けられた(但し、一般紙やソーシャルメディア系の混乱振りは、国を問わず相変わらずである、残念!)。

(3)科学者たちは、当初GMには「リスクがある」という仮定に立ってスタートしており、それはフェアな姿勢なのだが反対派からの突っ込みも招く。当然ながら、科学をもってしてもゼロリスクは達成できないが、現在ある対照作物・食品以上のリスクがない、というバックストップで規制は設計されている。そして、20年間人身事故が報告されていないという実績は評価できる(但し、技術の進歩に合わせて規制も見直すべき)。GM技術・作物一般と、規制をクリヤーした食品とは、(規制の妥当性も含め)分けて論じられるべきなのだが、たいていはそこがゴチャゴチャ。

(4)環境面の論争は、むしろ食品リスクより乱戦模様だが、環境リスク(またはハザード)の定義とスコープ、GM固有のリスクなのか、ビジネス(主に有機)上の問題が環境リスクと区別されず論議されるなど、さらにゴチャゴチャ感は強く、もっと整理が必要。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい