科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

笈川 和男

保健所に食品衛生監視員として37年間勤務した後、食品衛生コンサルタントとして活動。雑誌などにも寄稿している

食品衛生監視員の目

ユッケ食中毒事件が発生して1年-まだ食肉の生食の危険性を認識していない人がいる―

笈川 和男

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 2011年(昨年)4月下旬から5月上旬にかけて、富山県を中心に、5人もの死亡者を出したユッケによる腸管出血性大腸菌食中毒事件が発生してから1年経過した。そこで、この事件を振り返り、この事件が残した問題点、今後の課題等を述べる。

 先ず2012年3月19日の薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会に提出された厚生労働省からの資料を参考に、事件の概要を述べる。石川県に本部があった焼肉系列店の富山県3店、石川県、福井県、神奈川県の各1店、併せて6店で発生した。患者数は181人と、決して患者数が多い事件ではないが死亡者が5人と、健康人が感染発症した食中毒事件で死亡者が5人発生したのは、1984年に熊本県で発生した辛子蓮根によるボツリヌス食中毒(疑似を含め11人死亡)以来である。

1. 発生年月日 2011年4月19日から5月5日

2.発生店舗  同一焼肉系列店 富山県3店、石川県、福井県、神奈川県の各1店、計6店

3.摂食者数  不明 患者が摂食した期間4月16日から26日の6店の総利用者数は13,868人

4.患者数   181人

5.重症者(溶血性尿毒症症候群:HUS、急性脳症) 32人

6.死者数   5人(富山県4人、石川県1人) 男女比:男3人、女2人

7.原因食品  ユッケ

8.病因物質  腸管出血性大腸菌O111及び腸管出血性大腸菌O157

 食材の汚染状況検査で、横浜市の店舗で残されていた未開封のユッケ用の牛肉からベロ毒素非産生性の大腸菌O111が検出されたが、他の食材や施設の拭き取り検査から有意な病原菌は不検出であった。患者37人から腸管出血性大腸菌O111が検出され、24人からベロ毒素非産生性の大腸菌O111が検出された。患者から検出したベロ毒素非産生性の大腸菌O111と、未開封のユッケ用肉から検出した菌の遺伝子パターンが一致した。このことから、原因食品をユッケと判断された。

 汚染経路に関して、未開封のユッケ用肉から大腸菌O111が検出され、北陸方面と神奈川県内の店舗で同時期に患者が発生しており、ユッケ用肉と患者からの菌株の遺伝子パターンが一致していることなどから、焼肉系列店へ納入される前の段階で病因物質に汚染されていたと推定された。焼肉系列店20店舗のうち、患者の発生は一部の店舗に限られており、食肉卸売(処理)業者における拭き取り検査や食材の検査等から病因物質が検出されず、その汚染経路は不明であった。

 病因物質に関して、患者の45%から大腸菌O111の感染が確認され、不安定なベロ毒素遺伝子を保有する腸管出血性大腸菌O111が存在していたことが示唆された。腸管出血性大腸菌O157が17%から検出された。しかし、重篤な症状を示す者は、いずれも大腸菌は不検出であった。その患者16人の血液抗体検査では全員からO111抗体が陽性であったが、O157抗体は陰性であった。このことから、主たる病因物質は腸管出血性大腸菌O111である可能性が高かった。

 事故発生の要因は、ある特定の原料肉が腸管出血性大腸菌O111などに汚染され、その原料肉が納品された店舗で、食中毒が発生したと推測され、納入されたユッケ用肉は生食用の表示が無かったものの焼肉系列店本部では、食肉卸業者で衛生的に処理されたものが納入されているものと判断していた。生食用食肉の衛生基準に基づいたトリミング等の処理は、ユッケ用に加工した食肉卸業者においても、焼肉系列店でも行われていなかった。ユッケ用の肉を出荷したと畜場では、生食用食肉の出荷実績がなく、食肉を取扱う各段階においての安全が確保されず、ユッケの提供が安易に行われていたことが、大きな要因と考えられた。

 私は、今回のユッケによる腸管出血性大腸菌食中毒は起きるべきして起きた食中毒と考える。馬肉を除く生食用食肉は食肉店等で販売されていないのに、焼肉店ではユッケなどの生食が提供されていた。現役の頃、食肉の生食により腸管出血性大腸菌O157により食中毒が発生し、危険性が高いので、飲食店営業者に対し提供を止めるよう指導していた。食肉処理業においても同様な指導をしていた。飲食店対象の衛生講習会で危険性を説明し、注意喚起のチラシを配っても効果は見られなかった。食肉の生食提供に関して、禁止する法的な強制力がなかったためで、テレビのグルメ番組で「ここのユッケは美味しい」などと放送されると、提供する店舗は増える傾向があったと記憶している。今回の飲食店も事件発生の数か月前に同様のテレビ放送がされていた。

 この事件発生後、国の審議会で罰則を持った生食用食肉の厳しい規格基準の検討が始まると、牛肉の生食文化を壊すのかとの意見が新聞紙上に載った。しかし、我が国において鶏肉、馬肉を食べる食文化は狭い地域であったが、牛肉を生食する食文化はなかったと考える。昨年10月から罰則を持った厳しい規格基準が施行され、多くの焼肉店からユッケが消えた。

 牛肝臓の中までカンピロバクター、腸管出血性大腸菌が汚染しているとの検査結果から、牛生レバー提供に関する検討が始まると、牛生肉提供のための規格基準検討の時と同様に反対の意見の報道が見られた。3月30日に開催された審議会において「牛肝臓を安全に生で喫食するための有効な予防対策が見出せないので、安全性を確保されるまでの間、生食用牛肝臓の販売を禁止し、食品衛生法に基づく規格基準を設定する手続きを進める」こととなった。

 現在、食中毒菌で一番患者数が多いのがカンピロバクターである。そして、腸管出血性大腸菌は極めて少量で感染するので、生肉を食べた後、非症状でも感染していて、その結果としての家庭内の二次感染もある。

 腸管出血性大腸菌O111による食中毒で、死亡者が出た事例は聞いたことはなく、今までの腸出血性大腸菌食中毒での重症のHUS発生率は患者全体の5%以下であるのに、今回は18%と極めて高い。今後の調査で原因は判明されると思うが、強力な遺伝子を獲得したのだと思う。

 牛肉の生食は、ほぼ規制の対象となり飲食店から消えたが、現役の食品衛生監視員に聞くと、「豚肉の生食は良いだろう」という危険性を認識していない飲食店営業者もいるとのこと。豚肉の生食も同様に危険であり、E型肝炎による死亡者が発生している。そして、鶏肉の生食によるカンピロバクター食中毒防止のための検討も必要であると考える。

 さいごに、読者の皆さんは食肉の生食は危険性が高いことを理解していただきたい。飲食店においては生食で提供する場合には「生食用」と表示してある食肉を扱っていただきたい。なお、飲食店において冷蔵のブロック肉を仕入れ、規格基準に合った加工をすれば「生食用」として調理提供できるが、加工には専用の設備を備えなくてはならなく、ほとんどの店舗では無理と考える。

執筆者

笈川 和男

保健所に食品衛生監視員として37年間勤務した後、食品衛生コンサルタントとして活動。雑誌などにも寄稿している

食品衛生監視員の目

元食品衛生監視員として、食品衛生の基本、食中毒等の事故における問題点の追求、営業者・消費者への要望等を考えたい