科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

笈川 和男

保健所に食品衛生監視員として37年間勤務した後、食品衛生コンサルタントとして活動。雑誌などにも寄稿している

食品衛生監視員の目

ユッケ・浅漬け食中毒の共通点と牛レバ刺しの禁止

笈川 和男

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 昨年のユッケ食中毒と今年の浅漬け食中毒の共通点は、病因物質が腸管出血性大腸菌であり、死亡者が多かったことである。そして、牛レバ刺しの禁止等を考える。

腸管出血性大腸菌とは何か 
 大腸菌は哺乳類、鳥類類などの消化器官(主に大腸)に存在し、多くはその生物にとって有効であり、毒性をもたない。しかし、その一部に下痢を引き起こす菌があって、下痢原性大腸菌(病原性大腸菌とも呼ばれる)と分類される。下痢原性大腸菌は以下の5つに分類され、その中の一つに腸管出血性大腸菌(EHEC)があり、ベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)あるいは志賀毒素産生性大腸菌(STEC)と呼ばれることもある。
病原血清型大腸菌(EPEC)
腸管毒素原性大腸菌(ETEC)
腸管侵入性大腸菌(EIEC)
腸管出血性大腸菌(EHEC/VTEC)
腸管凝集付着性大腸菌(EAggEC/EAEC)

 腸管出血性大腸菌は下痢原性大腸菌の中で一番怖いとされている。その理由として、時には極めて少ない量(100個以下あるいは10個以下)が人間の体内に入った場合、腸管内で増殖しベロ毒素と呼ばれる強い毒素を産生することがあげられる。この毒素は赤痢菌毒素(志賀毒素)とほぼ同じである。この毒素によって、水様性下痢(悪化すると新鮮血を伴う下痢)や激しい腹痛を起こし、時には溶血性尿毒症症候群(以下HUS)や脳症(けいれんや意識障害)を併発することがある。

 このHUSには、免疫力がついていない幼児や、免疫力が低下した高齢者がなりやすく、次の三つの症状を特徴とする重篤な疾患で、死に至ることもある。
①急性腎不全(おしっこがでない)…………尿の量が減り血尿や蛋白尿がでる
②血小板の異常な減少(血が止まらない)
③貧血(赤血球がこわれる)
 極めて少ない量で感染するので、家庭内、高齢者施設内での二次感染が多く報告されている。なお、腸管出血性大腸菌は牛の常在菌とされ、牛の直腸内検査で約10%から分離されたとの報告があるが、牛の健康被害は無いようである。

腸管出血性大腸菌食中毒は死亡者が多い 
 2002年から2011年の10年間の食中毒による死亡者数は、総計で68人である。大きな内訳では、ふぐ・毒きのこなどの自然毒が40人、細菌が28人であった。
 ふぐ・毒きのこによる死亡の多くは採取者・漁獲者本人か、その家族・友人であり、多くが関係者で仕方のない一面もある。それに反して、細菌の場合は、ほとんど営業者が製造・加工・調理した食品である。死亡者28人中の腸管出血性大腸菌が17人と極めて多く、続いてサルモネラが9人であった。なおユッケ食中毒では5人が、浅漬けでは8人が死亡している。

牛レバ刺し提供禁止まで 
 今年7月1日に飲食店等における牛レバ刺しの提供は、罰則を持った禁止となった。その理由は、2011年12月20日の審議会において牛肝臓内部からO157を含む腸管出血性大腸菌が分離されたとの報告があり、2012年6月13日に審議会が「牛の肝臓は、飲食に供する際に加熱を要するものとして供されなければばらない」の答申したためである。なお、以前から牛の肝臓は食中毒菌であるカンピロバクターに汚染されていることは知られていた。

 牛レバ刺し禁止が報道されると、新聞には知識人の話として「牛レバ刺しの食文化消すな」「食べるのは個人の自由、禁止の必要はない」などの記事が掲載された。6月末には新聞各紙が「牛レバ刺し」を食べる熱狂を報道していた。
 6月30日の新聞の見出しは次のとおり
 朝日新聞「生レバー未練 タラレバ」
 産経新聞「さよならレバ刺し、駆け込み需要、はらむ危うさ」
 東京新聞(社説)「レバ刺し禁止 食の文化も忘れずに」
 毎日新聞(夕刊)「レバ刺し最後の晩餐」
 
 「牛レバ刺し」熱狂の結果、7月初旬はカンピロバクター食中毒が急増した。7月13日には、6月29日に家族と一緒に牛レバ刺しを食べた70歳代男性がO157で死亡 ししたと報道されている。

危険と禁止 
 まだ、「牛レバ刺しは危険かも知れないが食べるのは個人の自由、禁止の必要はない」と思っている人がいると思う。しかし、本人が一瞬美味しい思いをして、症状が出なくても症状が現れない不顕性感染者がいるのである。その人の糞便からは、発症に十分な腸管出血性大腸菌が排泄されることがあり、家庭内、職場内で二次感染を起こす可能性がある。そして、幼児、高齢者なら発症し、死亡することがある。そのために禁止は止むを得ない。韓国では問題になっていないと言う人がいるかも知れないが、食文化の違いであると考えるが、それ以上は分からない。

 9月6日の産経新聞に「厚生労働省は牛肝臓の放射線照射による殺菌効果を確認するための研究班の設置を決めた」との記事があった。牛肝臓に放射線照射して、腸管出血性大腸菌などの病原菌が殺菌できるかの調査と考える。現在、ジャガイモの発芽防止だけ認められているが、食品業界は多くの食品に放射線照射を認めるように働きかけていた。しかし、消費者団体の反対で調査が進んでいなかった。初めが「我が国の食文化」ではない「牛レバ刺し」用の調査と考えられ、情けない思いがする。そして、消費者団体からの反対意見が報道されないのが不思議である。

執筆者

笈川 和男

保健所に食品衛生監視員として37年間勤務した後、食品衛生コンサルタントとして活動。雑誌などにも寄稿している

食品衛生監視員の目

元食品衛生監視員として、食品衛生の基本、食中毒等の事故における問題点の追求、営業者・消費者への要望等を考えたい