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環境化学者が見つめる伊勢神宮と日本の食|谷山 一郎

どんなコラム?
食や農業と密接な関係がある伊勢神宮。環境化学者の目で、二千年ものあいだ伊勢神宮に伝わる神事や施設を見つめ、日本人と食べ物のかかわりを探る
プロフィール
農業環境技術研究所に2014年3月まで勤務。その間、土壌保全、有害化学物質、地球温暖化の研究に携わる。現在は伊勢市在住

9 外宮御敷地と白石・・・雨のゆくえ1

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2015年3月16日

(1)伊勢市の降水量

写真1 雨の岡本町国土交通省水位・降雨観測地点(左)、中央は勢田川、外宮は高倉山(標高117m)の麓にある(2015年1月22日)

写真1 雨の岡本町国土交通省水位・降雨観測地点(左)、中央は勢田川、外宮は高倉山(標高117m)の麓にある(2015年1月22日)

 伊勢市の降水量はアメダスデータでは1986年から20年間の平均で1,851mm、日本の平均降水量1,718mmと大差がありません。伊勢市民の実感とは異なっていると思って調べると、アメダス測定地点は伊勢市中心部にある外宮の6km西北の伊勢市小俣町明野でした。外宮に近く私が住んでいる伊勢市岡本町の国土交通省水位・雨量観測所では、2,423mmと全国平均よりも700mm多く(国土交通省,2008)、これなら納得できます。

 外宮の近くを流れる宮川の源流の大台ヶ原における降水量は3,446mm、内宮の敷地内を通過する五十鈴川源流の高麗広(こうらいびろ)では2,765mmとこの地域は日本でも有数の多雨地帯です。この降雨の多さは作物特に水稲にとっては恵みとなりますが、五十鈴川を含む宮川水系の地形的な要因もあり、神宮も付近の住民も昔から洪水に苦しめられてきました。神宮と洪水については別の機会に取り上げたいと思います。

 また、明野と岡本と距離が6kmしか違わないのに、降水量が700mmも差があるという地域的偏差や大台ヶ原の最高降水量が8,214mm(1920年)と時間的偏差も大きいことにも注目する必要があります。

 降水量から地表面からの蒸発量や植物による蒸散量を差し引いた水量が、地下にしみ込むか傾斜地では地表面を流れて川に注ぐことになります。伊勢市付近の蒸発散量のデータはないので、名古屋の814mmと同程度とすると、外宮付近では、1,600mmすなわち降水量の66%は地下へ浸透するか傾斜地では表面を流れて河川に流入することになります(名古屋は47%)。したがって、住宅地や水田以外の農地では速やかに雨水を排除する必要があります。倭姫命陵墓参考地のある伊勢市倭町の弥生時代後期の隠岡遺跡でも22棟の竪穴式住居の間を縫うようにして排水路が掘られていました(伊勢市教育委員会,1987)。

(2)新御敷地

写真2 雨の外宮の新御敷地、中央は心御柱覆屋、右の建物は忌火屋殿(2014年10月5日)

写真2 雨の外宮の新御敷地、中央は心御柱覆屋、右の建物は忌火屋殿(2014年10月5日)

 神宮においても雨水の排水は重要な問題となります。

 神宮の現在の社殿の建てられる以前の敷地または次回遷宮の際に社殿が建てられる予定の敷地を新御敷地(しんみしきち)と呼び、以前は古殿地(こでんち)ともいっていました。新御敷地は内宮、外宮ともに2015年現在は、正殿の東側にあり、内宮の新御敷地は塀に囲まれ見ることはできませんが、外宮は拝観可能です。参道から外宮新御敷地を眺めると、中央部に小さな建物があり、そこを頂点にして緩やかな円錐状の地形になっていることが分かります(写真2)。土壌にしみ込むよりも多い量の雨が降れば、雨水は速やかに周囲に排水される地形になっています。

 ところで、この建物は心御柱覆屋(しんのみはしらおおいや)と呼ばれ、遷宮の際にはこの中に心御柱という一本の柱が納められます。この柱は正殿の中央、ご神体である神鏡の真下に立てられた床まで達しない柱で、神宮にとって大変重要な柱です。その意味づけは諸説あり、説明は宗教や建築の専門家に譲りますが、神宮鎮座や遷宮の本義に関わる大切な構造物であることは間違いありません。

 その新御敷地または現在の正殿の周囲の御敷地には白い石と灰色の石が表面を覆っています。白い石は「白石(しらいし)」、灰色の石は「清石(きよいし)」と呼ばれています。白石は正宮の御垣内の中重鳥居の幅で内玉垣御門と外玉垣御門の間を、その両側は清石を敷いています。また、正殿の御敷地(瑞垣内)には全面白石が敷き詰められています。

(3)白石

 白石・清石は遷宮の際、新社殿造営工事の前に集めて保管し、新しい社殿の完成近くになると石を洗浄して、御敷地へ再び敷きます。石には補充が必要となるため、白石については、旧神領民と呼ばれる伊勢市民が新たな石を宮川の河原から拾い集め、洗浄・保管しておき、特別神領民と称する日本全国から集まった人々とともに敷並べる「お白石持ち」と呼ばれる行事があります。2013年の第62回式年遷宮に開催された「お白石持ち」には、内宮・外宮合わせて23万人が参加したとのことです(御遷宮対策委員会,2015)。

写真2 雨の外宮の新御敷地、中央は心御柱覆屋、右の建物は忌火屋殿(2014年10月5日)

写真3 外宮土宮の御敷地と新御敷地の敷石(2015年2月11日)

 正宮ではこの「お白石持ち」行事以外では白石や清石を間近で見ることはできませんが、別宮では足下で確かめることができます(写真3)。遷宮直後の外宮別宮の土宮では遷宮後の新敷地の白石や清石は旧敷地よりも白色をしていることが両者を比較することで分かります。遷宮では社殿や装束・神宝だけでなく、敷石までも新たに蘇るのです。

 この白石は日本の九州、四国、紀伊半島、関東を貫く中央構造線に沿って分布する三波川(さんばがわ)変成帯から産出する石英片岩が宮川の流水によって侵食・摩耗して丸くなったものです。大きさの決まりはありませんが、5~10cm程度の丸みを帯びた石が並べられています。清石は、白っぽい灰色から青みがかった黒などさまざまで、岩質も砂岩、泥岩や黒色片岩など多岐にわたるようです。

(4)敷石の機能

 この御敷地では古くは土を固めただけでしたが、その後砂や小石を敷いたといわれています。文献上の初出は、第40回内宮遷宮(1462年)の遷御の終了後の1466年に白石を敷き詰めたとあります。この敷石の意味については、見た目の清浄感の演出、雑草の防除および土による汚れの防止が上げられています(矢野,2006)。

 神宮の祭事の特徴の一つに「庭上祭祀(ていじょうさいし)」と呼ばれる神事の形態があります。一般の神社であれば、拝殿または社殿の中で神職が神事を行いますが、神宮では白石・清石が敷かれた屋外で神事が催されます。このため天気によって神事の進行と場所が異なり、雨が降っていない日は「晴儀」、雨の日は「雨儀」と呼ばれ、雨儀は屋根のある建物の中で行われます。

 したがって、雨上がりの晴儀では、舗敷(ふせつ)と呼ばれるイグサで編んだ茣蓙を置いてその上に座るとはいえ、土の上では服装が泥だらけになるのに対し、石で表面が覆われていれば、石の上に座ることで服装が汚れるのを防ぐ効果があります。

写真4 中国甘粛省蘭州市郊外の果樹(桃)園における石マルチ(2000年4月4日)

写真4 中国甘粛省蘭州市郊外の果樹(桃)園における石マルチ(2000年4月4日)

 農業では、土の表面を石、わらやビニールなどで覆うことをマルチと呼びますが、マルチには農業生産上または環境保全上、さまざまな機能があります。例えば、雑草生育の抑制、地温の上昇、土が雨によって流出したり風によって飛ばされる土壌侵食の防止、土壌表面からの蒸発抑制による土壌水分の保持などが上げられます。

 石によるマルチは、中国では石田と呼ばれて、耕起する必要のない果樹園などで現在でも見ることができます(写真4)。この技術は日本には定着しませんでした。なお、中国語では田は農地を意味し、麦畑は麦田、水田は稲田です。

写真5 沖縄県宜野座町のサトウキビ畑の土壌侵食(1985年10月16日)

写真5 沖縄県宜野座町のサトウキビ畑の土壌侵食(1985年10月16日)

 マルチの機能のうち、土壌侵食防止機能は重要です。雨粒は運動エネルギーを持っており、土壌粒子に当たると空気を適当に含んだ団粒構造を粘土粒子の小さな粒まで破壊してしまいます。するとその粘土粒子が土壌表面を覆い、水のしみ込みを阻害して、斜面に沿って水の流れができ、その水の流れが土壌表面を削り取って土壌を運び去るのが土壌侵食のうちの水食です(写真5)。こうして、農業上有用な栄養分に富んだ表土が流出して、作物の生産力が次第に失われていきます。ローマ文明やマヤ文明などの古代文明の衰退は外敵や内部抗争によるものだけではなく、土壌侵食による農地の生産力の低下が潜在要因となっていたことが最近の研究によって明らかになっています(モントゴメリー,2010)。

 敷石はこの雨の運動エネルギーを弱めて水のしみ込み能力を維持するとともに、表面流の速度を遅くしてはぎ取りエネルギーを弱め、土のはぎ取りに対する抵抗力を持たせます。したがって、敷石には社殿を支持する土壌の流出を防ぐという土壌侵食防止機能があります。特に伊勢市のように降水量が多い場所では、機能の効果は大きいといえます。

写真6 葺石を再現した神戸市の五色塚古墳(2015年3月4日)

写真6 葺石を再現した神戸市の五色塚古墳(2015年3月4日)

 畑の石マルチは日本では普及しませんでしたが、日本の古墳には斜面には装飾性と土壌侵食防止を兼ね備えた葺石(ふきいし)と呼ばれる石が敷かれているものがあります(写真6)。外宮の南に位置する神宮敷地内の高倉山山頂には、高倉山古墳と呼ばれる横穴式石室を有する基底の直径約40mの大きな円墳があります。江戸時代は天岩戸と称して拝観が可能でしたが、現在は立ち入り禁止となっています。外宮の正宮から多賀宮へ行く途中の川に橋として置かれている亀石は高倉山古墳の石室の石とのことです。この古墳の発掘調査では、古墳の保存状態が悪く、葺石や埴輪などは確認されませんでしたが6世紀後半の古墳と推定されています(皇學館大学考古学研究会,1992)。葺石がもともと敷かれていなかったのか、持ち出されたのかは分かりませんが、もし高倉山古墳に葺石が敷かれていたとすれば、外宮御敷地の敷石との関係を想像するのは楽しいことです。

 ここまでこの原稿を書いていて、敷石の土壌侵食防止機能に着目したのは、私が初めてだろうと思っていたのですが、神宮の神職が遷宮について書いた本の中で、敷石が土壌侵食防止機能の役割を果たしていると述べていることを最近発見しました(小堀,2011)。その中で、侵食による土壌流出が社殿倒壊の可能性もあることについても言及しています。ほぼ平坦な外宮ではその可能性は低いものの、傾斜の急な内宮では岩盤に穴を穿って柱を支えているのでなければ、敷石がないとそのようなことが起こることも考えられます。小堀さんは詩人でもあるそうですが、その慧眼には驚きました。

付記

 前回、朝熊小菜について掲載しましたが、読者から東京新宿の高島屋デパートの漬物屋で朝熊小菜の漬物を売っていたとのご連絡をいただきました。地域のマイナー産物が大都市でも取り扱われているという現代の流通システムに感心するとともにうれしく思いました。

(5)ガイド

外宮:自動車:外宮前駐車場。無料。
電車;JR・近鉄伊勢市駅南500m。徒歩10分。

参考資料:
デイビット・モントゴメリー(2010)土の文明史,p1-338,築地書館
御遷宮対策委員会(2015)お白石持ち行事http://isesengu.jp/index.html
伊勢市教育委員会(1987)隠岡遺跡発掘調査報告,伊勢市文化財調査報告5,p1-112,伊勢市
小堀邦夫(2011)伊勢神宮のこころ、式年遷宮の意味,p1-317,淡交社
国土交通省河川局(2008)宮川水系の流域及び河川の概要,p1-82
皇學館大学考古学研究会(1992)高倉山古墳,伊勢市とその周辺の古墳文化,皇學館大学考古学会報告Ⅱ,p26-30
矢野憲一(2006)伊勢神宮―知られざる杜のうち,角川選書402,p1-270,角川書店

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