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環境化学者が見つめる伊勢神宮と日本の食|谷山 一郎

どんなコラム?
食や農業と密接な関係がある伊勢神宮。環境化学者の目で、二千年ものあいだ伊勢神宮に伝わる神事や施設を見つめ、日本人と食べ物のかかわりを探る
プロフィール
農業環境技術研究所に2014年3月まで勤務。その間、土壌保全、有害化学物質、地球温暖化の研究に携わる。現在は伊勢市在住

11 御箸・・・神が宿る聖なる食器

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2015年5月14日

(1)神宮の御箸

 これから折に触れて、神様の食事である神饌または伊勢神宮(以下神宮)では御饌(みけ)の食材や食器について触れようと思いますが、そのトップバッターは塩でした。今回は神宮で御箸(みはし)と呼ばれる箸です。一般の神社の神饌には、洗米、塩、水、神酒を基調として、海の幸、山の幸の生ものすなわち生饌(せいせん)を差し上げるので、箸は使用しません。しかし、神宮を始めとする一部の神社では、火鑽具(ひきりぐ)から着火した忌火(いみび:清浄な火)を使って炊いた蒸し飯など火を使って調理された熟饌(じゅくせん)がお供えされ、箸が使われます。御饌を神前に配膳する際に最初に供されるのは箸です。

 神宮の御箸はヒノキの白木で作られ、長さは36cm、中太両細で真中の太い部分が径0.6cm、両端の細い部分が径0.4cmで断面が八角形です。写真画像はインターネットでも見ることができ(海の博物館,2013)、せんぐう館の第一陳列室の常典御饌のレプリカでも確認できます。現在の御箸は江戸時代から使われているとのことです(浦谷,2014)。

写真1 外宮下御井神社前のトクラベの木(2015年3月13日)

写真1 外宮下御井神社前のトクラベの木(2015年3月13日)

 御箸は、御箸台(みはしだい)または「耳かわらけ」と呼ばれる、箸が転げ落ちないように箸を置く皿の両側を折り曲げたグッドデザイン賞ものの素焼きの箸置きの上に置かれます。御箸台の皿の直径は6.5cm、高さは6.3cmです。毎日の食事である常典御饌では御箸の下にトクラベ(和名:ミミズバイ)の葉を敷いてあります(写真1)。神嘗祭(かんなめさい)と6月の月次祭(つきなみさい)の由貴大御饌(ゆきのおおみけ)では、アカメガシワの葉を用いています。

 神宮では、御饌を奉仕する神職は、忌火屋殿を出てお祓いを受けると、御箸に絶対に手を触れてはならないといわれています。すなわち、神霊はこの御箸に依りつき、それを使って御饌を召し上がるため、御箸は神の依り代そのものの神聖なもので、何人も御箸に触れてはならず、御箸台を持って配膳を行います(本田,1978)。

 トクラベを御饌の下に置く理由について、食べ物が土器にくっつかないためという説があります(矢野,1992)。しかし、トクラベを食べ物ではない御箸の下や神酒を入れる御杯(みさかづき)とそれを支える御杯台の間に敷くことを考えると、神と人間とを隔てる電気絶縁シートのような役目をしているとも考えられます。

(2)箸の歴史

 人が火を使い始め、熱いものを食べるようになり、手で食べることが困難になったことで、木の枝を使って食事をするようになったと言われています。また、穀類を常食とする場合は、箸を使って鳥のくちばしのように米や豆をつまむの対し、欧米ではナイフやフォークのように肉を切ったり突いたりする道具が使われるようになりました。

 箸は中国で今から3,500年前に発生し、漢時代(紀元前206年~220年)に一般化したと言われています。日本では弥生時代末期の遺跡から木や竹を曲げたピンセット状の折箸が発見され、取り箸や祭祀用に使われたと考えられています(一色,1990)。

 今、使われている二本箸は、飛鳥時代、7世紀に聖徳太子の命により、遣隋使として中国に派遣された小野妹子が、匙とともに宮中にもたらしたと言われています。二本箸の最古の出土品は、655年に焼失した飛鳥板葺宮跡からのもので、材料はヒノキ、粗削りで先端または両端がすこし細くなっており、長いものは33.2cmと御箸に近い大きさで、祭祀または儀式用と考えられています。その後平城宮跡(710~784)では、内裏のごみ捨て穴から、ヒノキを小割にし、両端を細くした両口箸、片方を細くした片口箸、両端が同じ太さの寸胴箸(直径0.5cm程度)が出土しました。完全な形の302本を測ったところでは、20~21cmのものが多く、板葺宮のものと比べると長さは短く、寸胴箸が多かったようです(山内,2000)。しかし、一般に普及したのは、平安時代の861年に御所の東門付近に宮殿の廃材を利用した箸を販売する店を開いた「白箸の翁」が現れてから、と言い伝えられています。

(3)再現御箸の使い勝手

 ヒノキ材を削って再現御箸を作ってみました。八角形に削るのは小さな鉋がないので難しいのですが、一応それらしいものができました。

 まず、どこを持つのかが問題となります。正月に使用する両口箸は、片側を神様が使用されるという前提になっているので持つ部分は中心付近ですが、御箸は神様専用なので、両口の惣菜箸のように端を持つことになりそうです。使ってみると断面が八角形なので豆のようなものでもつまむことができます。また、普通の割箸の断面もよく見ると八角形をしています。しかし、長さが長いことと先端部が太いため、神宮の御饌にある魚の干物をむしったり骨を取り除くには苦労しました。

 一般に使いやすい箸の長さは、親指と人差し指を直角に開いたとき、親指の先端から人差し指の先端までの長さを一咫(ひとあた)と呼び、その1.5倍といわれています。私の一咫は15cmですから、1.5倍で23cmとなります。実際に使用している箸の長さも22.5cmです。

 身長(ycm)と使いやすい箸長(xcm)の関係も求められており(向井ら,2001)、y=8.74x+11.1なので、長さ36cmの御箸の場合は、身長303cmの巨人が最も使いやすいことになります。一般に神様の御料とされる武具などの神宝や衣服などの装束はサイズが大きいものが多く、それに合わせたものでしょう。

 例えば、神宮の神宝である第一御太刀(だいいちのおんたち)の刃の長さは118cmですが、群馬県出土の古墳時代の金錯銘直刀(きんさくめいちょくとう)は60~65.5cmで、2倍近い長さがあります。また、神宮の装束である錦御襪(にしきのおんしたうず)と呼ばれる足袋のサイズは28.8cmです(勝部ら,1986)。

 御箸の断面が八角形なのは、縁起のよい八という数字に由来していると推定されています(浦谷,2014)。そうすると、御箸の中央が太い両口箸であることも、その形が米俵に見えることから五穀豊穣を願う「たわら箸」とか子孫繁栄を表す「はらみ箸」と呼ばれるように、縁起をかついだものとも考えることができます。私は、古代の両口箸の形を踏襲したと思っていましたが、江戸時代から使われたとすれば、そのような解釈も可能なのでしょう。

(4)忌箸(いみばし)

写真2 新嘗祭の日の内宮御贄調舎(2014年11月23日)

写真2 新嘗祭の日の内宮御贄調舎(2014年11月23日)

 内宮参道から正殿へ向かう石段の下の蕃塀(ばんぺい)と呼ばれる塀の南側に御贄調舎(みにえちょうしゃ)という屋根と柱だけの建物があります(写真2)。神嘗祭などの由貴大御饌で生アワビを調進する際、この建物内の南側にある豊受大御神を迎える石畳の前で三人の神職がアワビを、忌箸と呼ばれる調理用箸でおさえ、忌刀(いみがたな)で切り込みを入れる所作をし、忌箸で塩を三度ふって食材を整える御贄調理(みにえちょうり)と呼ばれる儀式が行われます(辻ら,1985)。

 この忌箸について記載している資料は少なく、神宮の神事の進行などを記録している神宮要綱にも出てきません。そこで、実物を見てみようと思いましたが、遠目でよく分かりませんでした。

<2015年12月1日追記> 2015年10月31日にリニューアルオープンした神宮農業館および皇學館大学内にある佐川記念神道博物館には忌箸が展示されており、先のとがった金属製の棒の手元に木の握りが付いた箸であることが分かります。

 御贄調理は、三節祭と呼ばれる神嘗祭や月次祭では深夜に行われるため観ることはできませんが、1月11日10:00一月十一日御饌、2月11日11:00建国記念祭、2月17日11:00祈年祭、11月23日11:00新嘗祭、12月23日10:00天長祭などでは日中に行われ、拝観が可能です。

(5)箸とエコ

 神宮の御箸は毎日新しいものが使われ、割箸とおなじように使い切りです。この割箸は日本人が開発した独特の箸で、その利便性、清潔さ、形そしてヒノキやスギ材などでは木目の美しさなど、自然を生かした食器として誇るべきものといえます。しかし、この割箸は資源の無駄遣いということで、何度か「割箸廃止・箸持参運動」の洗礼を受けました。

 最初は日中戦争時、1940年に下村情報局総裁がラジオで「造船などの資材を原料とする割箸が、1回の使用で捨てられるのは浪費である。製造を禁止して軍需に廻すべきである」と放送したものです。これに反応した大政翼賛会が割箸廃止・箸持参運動を展開し、さらにある学者が「割箸細菌付着説」を発表し、火に油を注ぎました。事態を重視した商工省と陸海軍省は割箸産地に担当者を派遣し調査を行い、以下の結論を得て論争に終止符が打たれました。①割箸の材料は、樽桶に使用する杉の余材を使用し、箸材に使用しなければ焼却するもので、資源の再利用・有効利用に貢献している。②箸生産は、老人、女性や傷痍軍人などに支えられており、青壮年は応召・徴用で従事していない(本田,1978)。

 二度目は、1972年、建築用材が不足して価格高騰が問題となった頃に、北海道の主婦グループが「木材不足の折に大切な木材を割箸に使うのはもったいない。割箸の生産を中止し、建築用材に転用すべき」と唱え、箸持参運動を始めました。しかし、これも割箸に必要な木材量は当時の日本の木材消費量の0.2%に過ぎないうえ、製材の余材や半端材を利用しており、資源の有効利用となっていることが明らかになると運動も下火となりました(本田,1978)。その後も中国森林資源枯渇説など、ある間隔で似たような運動が起こっては消えています。

 いずれも割箸について正しい情報を持たずに思いつきで発言し、世間を騒がせたものでした。同じようなことはいつでも、どこでも、何にでも起こるものです。

ガイド<2015年12月1日追記>
神宮農業館:バス:近鉄宇治山田駅前、JR伊勢市駅前より三交バス「外宮内宮循環」徴古館前下車徒歩2分。15分ごとに運行。観覧料、開館時間、休館日等はウェブサイトで要確認
皇學館大学佐川記念神道博物館:バス:近鉄宇治山田駅前、JR伊勢市駅前より三交バス「外宮内宮循環」徴古館前下車徒歩2分。観覧料無料。開館時間、休館日等はウェブサイトで要確認

参考資料:
本田總一郞(1978)箸の本,p1-338,柴田書店
一色八郎(1990)箸の文化史,p1-237,御茶の水書房
勝部明生・菅谷文則・岡崎晋明(1986)考古学からみた神宝,伊勢神宮御神宝展図録,p86-96,サンケイ新聞大阪本社
向井由紀子・橋本慶子(2001)箸,ものと人間の文化史102,p1-324,法政大学出版局
辻嘉一・高橋忠之(1987)神々の饗,p1-222,小学館
海の博物館(2013)特別展『海と伊勢神宮~グルメな神さまたちの理想郷(ユートピア)』
浦谷兵剛(2014)箸は神代の昔から,瑞垣,227,32-45
山内昶(2000)食具、p1-283、ものと人間の文化史96、法政大学出版局
矢野憲一(1992)伊勢神宮の衣食住,p1-337,東京書籍

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