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環境化学者が見つめる伊勢神宮と日本の食|谷山 一郎

どんなコラム?
食や農業と密接な関係がある伊勢神宮。環境化学者の目で、二千年ものあいだ伊勢神宮に伝わる神事や施設を見つめ、日本人と食べ物のかかわりを探る
プロフィール
農業環境技術研究所に2014年3月まで勤務。その間、土壌保全、有害化学物質、地球温暖化の研究に携わる。現在は伊勢市在住

12 御塩焼固(みしおやきがため)・・・にがり分を取り除く加熱処理

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2015年11月19日

(1)にがり分の除去

 伊勢神宮(以下神宮)の神饌やお祓いで使用される御塩(みしお)について、御塩浜(みしおはま)で海水を濃縮し(谷山,2014a)、御塩焼所(みしおやきどころ)でかん水を煮詰めて荒塩(あらしお)を作る(谷山,2014b)ところまで説明しました。今回は、荒塩を加熱して「にがり」分を除去し、堅塩(かたしお)として、神宮に納めるまでを紹介します。

 にがりは、化学的には塩化マグネシウムを主成分とし、さまざまな塩化物塩や硫酸塩を含む塩化ナトリウムの残留物です。海水を煮詰めて作られた荒塩には、われわれが食用にしている精製塩とは異なり、にがり分が含まれています。にがり分が多いと、塩の味が悪いだけでなく、空気中の水分を吸収して潮解を起こし、塩が液状化するため、塩の長期保存や運搬に不向きで、にがり分を取り除く必要があります。にがりの主成分である塩化マグネシウムは加熱すると、100℃付近から塩基性塩化マグネシウムMgn(OH)mH2Oに変化し、480℃付近からMgOに変わり、潮解性や苦味を失います。

 縄文時代から始まったとされる土器による製塩では、最終段階で加熱処理をしてにがり分を除去していました。その後、製塩の効率化と燃料の節約のため鉄釜によるかん水のせんごうが開始された後も、最終的には土器や貝殻などに詰めて焼き固めた状態のまま固体の堅塩(かたしお)として流通していました(廣山ら,2003)。平安時代中期に編纂された事務引継ぎに関する法規集「延喜交替式」には、塩を税として納入した場合、3年間で2%未満の目減りしか認められないことが記載されていることから、荒塩を熱処理した潮解性の少ない堅塩だけを貢納品として認めていたことがわかります。しかし、この塩はススで黒色ないしは灰色を呈し、黒塩とも呼ばれて見かけが悪く、さらに堅塩を砕くのが面倒だったため、消費者には喜ばれなかったようです。そこで、平安時代以降、荒塩を鉄釜で煎った白色で細粒状の焼塩(白塩)が流通し、江戸時代にはにがり分を多少含んだ方が味はまろやかになるということで、加熱処理をせずににがりを取り除いた「甘塩」が高価で取引されたりしていました(平島,1973)。

写真1 御塩殿神社(左)と御塩殿(右)(2014年10月10日)

写真1 御塩殿神社(左)と御塩殿(右)(2014年10月10日)

 現在の精製塩では遠心分離や洗浄によってにがり分は完全に取り除かれ、塩化ナトリウム含量は99.5%以上になっています。しかし、塩の専売制が1997年に撤廃されてからは、グルメや健康志向に沿ってにがり分を含んだ食用塩が多く出回るようになりました。

(2)御塩殿神社と御塩殿祭

 さて、神宮の堅塩を調製する施設のある御塩殿(みしおどの)神社は伊勢市二見町にある内宮所管社です(写真1)。

 御塩殿神社の祭神は御塩殿鎮守神(みしおどののまもりがみ)とされていますが、塩土翁(しおつちのおきな)と記載している資料もあります(矢野,1992)。塩土翁は、塩土老翁(しおつちのおじ)など20以上の別名を持ち、記紀の中の、海幸彦・山幸彦の説話では山幸彦を海神の宮へ案内する老人として登場し、航海の神とされています。また、宮城県塩竈市にある鹽竈神社においては製塩や漁業の神として祀られています。土ということで、土壌と何か関係があるのかと思いましたが、「塩つち」とは塩の霊という意味で音を漢字に合わせただけであり、あるいは固体の塩の代わりに濃い塩水を用いていた古代に塩水を運ぶための竹製の筒である塩筒(しおつつ)が転化して土の字を充てたとも言われ、意味としての土とは関係がなさそうです。

写真2 御塩殿祭(2015年10月5日)

写真2 御塩殿祭(2015年10月5日)

 御塩殿祭は、毎年10月5日10時から御塩殿神社で行なわれます(写真2)。まず、神職が大麻と御塩で神饌と参列者のお祓いと清めを行います。それから御塩殿神社前の祭場で、神饌をお供えします。御塩殿祭の神饌は神嘗祭の由貴大御饌よりも数が少なく、鮫、鯛、塩、水、飯、鱸(すずき)、乾鰹(ひがつお)、昆布、野菜、餅、乾睦(ひむつ)、鯉、紫海苔、果物、醴酒、清酒です(吉川,1999)。神嘗祭の由貴大御饌の品目に比べて、鰒(あわび)、伊勢エビ、干したサザエやナマコ、干アユや鶏肉などがありません。この神事ごとのメニューのちがいの意味については、よく分かりません。

 続いて神職が祝詞(のりと)を奏上し、玉串を奉納して八度拝の拝礼を行い、次に参列者の代表が玉串を捧げ、拝礼を行います。参列者は、全国の塩業関係者、境内の海中に夫婦岩(めおといわ)があり、祭神に豊受大御神を祀る二見興玉神社の宮司および御塩調製にかかわる地元関係者などでした。

 その後、神職が御塩殿神社の東に隣接する御塩殿で御火鑽具(みひきりぐ)を使って忌火を起こし、かまどに火を入れて、あらかじめつめてある荒塩を焼き固める所作をおこなった後、全員が拝礼して終了します。この後5日間にわたって御塩焼固(みしおやきかため)と呼ばれる作業で地元の関係者が堅塩(かたしお)を調製します。

(3)御塩焼固(吉川,1999)

写真3 荒塩の御塩坩への充填(2014年10月8日)

写真3 荒塩の御塩坩への充填(2014年10月8日)

 8月上旬に御塩焼所で調製された荒塩は俵に詰められ、御塩殿北側の御塩倉に納められています。倉の床には竹の簀の子が敷かれて、俵の下から滴り落ちる荒塩のにがりを集積するようになっており、ある程度のにがりは除去されます。

 それとは別に、伊勢市の西隣の明和町蓑村にある神宮の土器を作成している土器製所から運ばれた粘土を三角形の木枠に詰め、かまどの上に置いて乾燥させて、木枠を抜き取り、御塩堝(みしおつぼ:写真3)と呼ばれる三角錐型の土器を作成します。

 この御塩堝に御塩倉から取り出した荒塩を木杓子で入れ、棒でかたく詰め込みます(写真3)。このとき、俵のわらくずなどが塩に混入しているので手で除去しておきます。約1.1L の荒塩の入った御塩堝をかまどの中の台上に荒塩面が直接火に当たらないよう並べて、焚口から薪を燃やして一定の温度で日中焚き続け、夕方かまどのふたを閉ざした後、余熱で加熱します。翌朝、土器から焼き上がった塩を取り出して三角錐型の堅塩としています。堅塩はかまどの煙によって灰色がかった色で、そのレプリカはせんぐう館や神宮徴古館の展示室で見ることができます。この堅塩は年間200個(162kg)調製されます。

 できあがった堅塩は辛櫃に収められ、神職が付き添い、「御塩道」と呼ばれる、御塩をかつて人手で運搬するために使用された道筋に沿って外宮斎館まで運送され、神宮の神饌や清めに利用されます。

(4)にがりの健康影響

 にがりを含むせんごう塩は、調味料やお清め以外にも、昔から便通、腹痛や歯痛などに効果があると言い伝えら、利用されてきました。ところが、第二次大戦後、日本の子供たちに骨折が増えたのは、にがり分のない精製塩を食用塩として料理に利用したためとの説が一部で流布されたことがあります(亀井,1979)。

 確かに、にがり分がなければ、骨の成分であるCaやMgの食塩からの摂取量は低下します。しかし、例えば12~14歳男性の食塩の摂取目標量の最大値1日8gの食塩を摂るとして、手元のにがり入り食塩のCa含量は0.060%、Mgは0.326%ですから、食塩からのCa摂取量は最大4.8mg、Mgは26mgとなります。これに対し、Caの食事摂取基準の推奨量は12~14歳男性で1日1,000mg、Mgは290mg(厚生労働省,2015)ですから、にがり入り食塩から期待できるCa摂取量は全食事中の0.5%、Mgは9%に過ぎず、食塩中のCaやMg含量が多少増えても、摂取量は大して増加せず、骨への影響もほとんどないことになります。

 また、2004年にはテレビ番組で、にがりのダイエット効果が話題になりました。例えば、「糖の吸収を遅らせる」「脂肪の吸収をブロックする」「糖質代謝を促進する」「エネルギー代謝を促進する」といったメカニズムから、ダイエット効果を論証しようとする情報がありました。しかし、いずれについても確実な根拠・文献などはなく、飲み過ぎると下痢やミネラルの吸収阻害、高マグネシウム血症などの悪影響が出る場合があり、過剰摂取は大変危険です(国立健康・栄養研究所,2004)。

 下痢による一時的な体重変化は、主に必要な水分の減少によるもので、見かけの変化に過ぎません。さらに、下痢を起こすほど、にがりやマグネシウムを過剰摂取することは、エネルギー源となる糖質や脂質だけでなくビタミンやミネラルなどの吸収も阻害され、人体にとって好ましいことではありません。下剤としてにがりを利用し、その摂取量を間違えて重大な健康被害が出た事例もあります。

 にがり分をわずかに含んでいる食塩は、味に多少の変化を与えるものの、人間の健康に影響を及ぼすことは少なそうです。

(5)ガイド

御塩殿神社:
列車:JR東海参宮線二見浦駅から約1.2km
バス:三重交通二見浦表参道バス停下車約900m
自動車:伊勢二見鳥羽有料道路二見料金所から約2.3km。二見グラウンド東隣の二見浦海水浴場の駐車場より徒歩約400m

参考資料:
平島裕正(1973)塩,ものと人間の文化史,p1-258,法政大学出版局
廣山堯道・廣山謙介(2003)古代日本の塩,p1-270,雄山閣
亀井千歩子(1979)塩の民俗学,p1-237,東京書籍
厚生労働省(2015)日本人の食事摂取基準(2015年版)
国立健康・栄養研究所(2004)「にがり」と「痩身効果」について
谷山一郎(2014a)2 採かん
谷山一郎(2014b)3 御塩焼き
矢野憲一(1992)伊勢神宮の衣食住,p1-337,東京書籍
吉川竜実(1999)神宮弘報シリーズ(3)神宮の御塩,瑞垣,183,98-112

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