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環境化学者が見つめる伊勢神宮と日本の食|谷山 一郎

どんなコラム?
食や農業と密接な関係がある伊勢神宮。環境化学者の目で、二千年ものあいだ伊勢神宮に伝わる神事や施設を見つめ、日本人と食べ物のかかわりを探る
プロフィール
農業環境技術研究所に2014年3月まで勤務。その間、土壌保全、有害化学物質、地球温暖化の研究に携わる。現在は伊勢市在住

18 伊勢イモ・・・輸出生鮮野菜先駆けの三重県伝統野菜

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2016年2月18日

(1) ヤマノイモ、ヤマイモ、ヤマトイモ、イセイモ

図1 ヤマノイモの分類(農文協,2011を改変)

図1 ヤマノイモの分類(農文協,2011を改変)

 ”とろろ”をつくる芋は、植物学的には、ヤマノイモ科ヤマノイモ属で、アフリカ、東・東南アジア、太平洋諸島から中南米に分布しています。ヤマノイモ属には3つの種があり、その一つはダイジョ(大薯)種でヤムとも称し、熱帯地方では主食として蒸し焼きにして食べられています。保存が利き、ビタミンCも含んでいるため、アフリカからアメリカへの奴隷輸送の際、船中の奴隷の食事として利用されるとともに、アメリカ大陸へ広まりました(農文協,1991)。

 それ以外に、ヤマノイモ種とナガイモ種があり、日本で生育・栽培しているこの二つをヤマイモと呼ぶ場合があります。ヤマノイモ種は最近では栽培もされていますが自生種で、いわゆる自然薯(じねんじょ)と呼ばれている細長いイモです。ナガイモ種は、縄文時代、中国から渡来したもっとも古い栽培作物といわれ、ナガイモ群、イチョウイモ群およびツクネイモ群の3つがあり、ナガイモ群は棒状のイモで、ナガイモなどがあります。イチョウイモ群は扁平状で、イチョウイモなどを含みます。ツクネイモ群は塊形型で、今回の話題の伊勢イモやヤマトイモなどがあります。昔は「山芋」と書いて「やまいも」と読み、「薯蕷」と書いて「やまのいも」や「じょうよう」などと読んでいたようですが、ヤマイモやヤマノイモの定義も漢字も文献によってさまざまで、決定版はないようです。

写真1 伊勢イモの外見(2015年11月20日)

写真1 伊勢イモの外見(2015年11月20日)

 ヤマノイモ属の全国の栽培面積は約7,600ha(2010年)で、その割合は、ナガイモ群が約65%、イチョウイモ群がおよそ25%、ツクネイモ群が約10%となっています。ツクネイモ群はにぎりこぶしのような丸いゴツゴツとした形をしており、おもに関西地方で栽培されています。ツクネイモの地方品種として、三重県の伊勢イモ(写真1)、奈良県のヤマトイモ、京都府や兵庫県の丹波ヤマノイモなどがあります。

 伊勢イモは伊勢市に近い多気町津田地区で約16ha栽培されています。ヤマトイモかその変化したものと考えられており、イモの表面がヤマトイモよりも白く、大きさも小さいことが異なります。また、他のヤマトイモに比べて、すりおろした後でも褐変せず、いつまでも白く、粘りが強いことも特徴です。

(2)伊勢イモの栽培法と歴史
 伊勢イモは、前年に収穫した親芋(大きいものは切り分ける)を種芋とし、親芋から新しく子芋が形成されて肥大化するので、収穫時には大きくなった子芋の上に縮小した親芋を背負う形となり、「孝行イモ」とも呼ばれていますが、逆に親に寄生しているようにも見え、パラサイトシングルイモともいえましょう。伊勢イモの適地は、耕土が深く、潅水が可能で、排水がよいなど栽培条件が難しく、つる元が切れるのを防ぐため短い支柱をつる用に立てるとともに、高畝の乾燥や土壌流亡を防ぐため稲わらを敷くなど手間がかかる(写真2)割に、小芋の収量は親芋の3~4倍程度と効率の悪い作物です(西口,2002)。

写真2 伊勢イモの収穫(2015年10月11日)

写真2 伊勢イモの収穫(2015年10月11日)

 伊勢イモの起源は定かではありませんが、中世に伊勢の守護であった北畠氏の家臣が奈良県から伝え、松阪藩主蒲生氏郷が茶菓子を製造するため広めたといわれています。文献上の初見は、江戸時代中頃(1719年)に、山の芋1貫目を5文で買ったという記録があります(伊藤,1932)。明治になってから、一般農家に栽培が広がり、内国勧業博覧会や品評会などに出品し、高い評価を受けています。当時は、「津田薯」とか「松阪薯」と呼ばれていましたが、1900年に「伊勢薯」に統一されました。明治時代から、アメリカや香港へも輸出して高級品として扱われ、アメリカへの輸出は1916年の38tを最高に、1918年にアメリカが線虫の防疫上、東洋からのヤマノイモ輸入を停止するまで続きました。

 ところで、最近、日本農産物の輸出が奨励され、高級リンゴやイチゴなどの輸出が話題となっていますが、2012年度の生鮮野菜の輸出額の約9割をナガイモが占めていました。主な輸出先は、台湾・香港で、全体の約7割を占め、次いでアメリカです(農林水産省,2013)。日本のナガイモは、台湾や中国のものに比べて、品質や大きさ、表面の色が白いことなどから人気があり、大きなナガイモほど値段が高く売られています。このように、伊勢イモやナガイモなどのヤマノイモは、保存性が優れていることもあり、日本の輸出生鮮野菜のホープでした。

(3)伊勢イモの成分と料理
 ツクネイモ群は、ナガイモ群やイチョウイモ群に比べて、水分含量が少なく、デンプンや粗粘質物含量が高く、粘度が高いことに特徴があります。また、素材自体に膨張力があり、適量の添加により、食品に柔らかな食感を与えることができます。栄養成分として、マンナンなどの多糖類にムチンを主成分とするタンパク質が結合したミューシンと呼ばれる粘質物を含み、カリウムなどのミネラル類やビタミン類も少量ですが多くの種類を含有しています(農文協,2011)。

 機能性成分としては、デンプン消化酵素のアミラーゼを多く含み、多くのイモ類の中で唯一生食が可能です。米・麦飯や麺類などのデンプン質の食材と組み合わせることで消化を助け、胃もたれ胸やけを防ぐとともに、ムチンは胃の粘膜を保護するので、胃炎や胃潰瘍を防止するといわれています。しかし、国立健康・栄養研究所(2011)の健康食品の素材情報データベースには、ナガイモやツクネイモの記載はありませんが、ヤムイモがあり、「俗に、“滋養強壮作用がある”“関節痛に効く”“月経痛に効く”などと言われているが、ヒトにおける有効性や安全性については、調べた文献中に信頼できるデータは見当たらない」とのことです。

写真3 伊勢イモを皮に使用した薯蕷饅頭(2016年1月11日)

写真3 伊勢イモを皮に使用した薯蕷饅頭(2016年1月11日)

 伊勢イモを使用した料理については、江戸時代前期(1643年)に発行されたレシピ本「料理物語」に伊勢イモと思われるヤマノイモのすりおろしにタイのすり身、卵白、豆腐をすりまぜて蒸した「伊勢豆腐」の記載があります(川上ら,1990)。また、伊勢イモの代表的な料理は、生のまま皮を剥いてすりおろし、だし汁でのばしたとろろ汁、麦とろ、マグロの山かけ、とろろを揚げ物にした揚とろ、味噌味の落とし汁(澄まし汁)などがあげられています。これらの伊勢豆腐を含めた料理の一部は多気町内のレストランで味わうことができます。

 伊勢イモを含んだ食品として、伊勢市内や外宮・内宮付近の店舗で、和菓子の薯蕷饅頭やねりきり、かまぼこ店の伊勢はんぺん(いわゆる気泡材の入ったはんぺんではなく、かまぼこに近い)などが販売され、多気町の地元では、伊勢イモを練り込んだ「とろろ麺」と焼酎が開発されています。

(4)神宮との関係および伊勢イモ歴史資料館

写真4 多気町相鹿瀬地区(2015年8月22日)

写真4 多気町相鹿瀬地区(2015年8月22日)

 神宮の神饌の野菜・果物を生産している御園の栽培リストには、薯蕷とありますが、これが伊勢イモかどうかは分かりませんでした。また、1870年に内宮から神祇官に提出された旧神宮領からの野菜や果物などの貢物表の中に、旧相可瀬御厨であり、伊勢イモの栽培地である多気町津田地区から一山超えた相鹿瀬地区(写真4)から5月5日御饌の直会饗料(なおらいきょうりょう)として「山芋」1包みが提供されたことが記載されています(神宮司廳,1928)。江戸時代までは5月5日の端午の節句には菖蒲御饌と称する特別なご馳走が供され、その際に神職などの奉仕員も直会として食事を共にすることがあり、その場でヤマノイモが食材として提供されたようです。秋に収穫したヤマノイモを旧暦5月、現在では6月の食材とされるとは保存性は高かったようです。

 相鹿瀬は、倭姫命が各地を巡行したとき、宮川を渡ろうした際に、上流から鹿の死骸が流れてきたので、「これは穢らわしい」といって渡らなかったため、その場所を「相鹿瀬」と命名したと鎌倉時代に書かれた「倭姫命世記」に記されています。また、奈良時代後期には、相鹿瀬には太神宮寺逢鹿瀬寺という神宮関係の大きな寺があった記録があり、付近の農地からは、奈良時代の古瓦などが出土しています。さらに、相鹿瀬は神宮から滝原宮参拝の道筋にあたり、鎌倉時代には瀧原宮参拝のときに一泊する神宮専用の館がありました(多気町,1992)。このように、相鹿瀬は神宮と関係の深い場所です。

写真5 伊勢イモ歴史資料館と山口館長(2015年7月3日)

写真5 伊勢イモ歴史資料館と山口館長(2015年7月3日)

 旧相可瀬御厨から貢納された「山芋」が、伊勢イモかどうかを調べるため、多気町にある伊勢イモ歴史資料館を訪ね、館長の山口泰生さんに確認しましたが、分かりませんでした。この資料館は山口さんの父の安太郎さんが1996年に私財を投じ、自宅敷地内に建てたものです。前館長の70年にわたる研究の成果を、年表やパネル等で分かりやすく展示し、関係の図書やファイルに整理された資料は、合わせて150点になります(写真5)。伊勢イモの歴史や料理法などの記録が残されている貴重な施設で、地元の埋もれた資料を発掘・整理・保存することに情熱を捧げた人々に感謝したいと思います。

(5)ガイド
伊勢イモ歴史資料館:多気郡多気町佐伯中562 要予約 TEL:0598-38-2798 山口泰生
列車:JR紀勢線相可駅下車、西4.0km、徒歩1時間
バス:三交バス松阪大石線阿波曽西下車徒歩15分
自家用車:伊勢自動車道勢和多気インターチェンジから北へ7km

参考資料:
伊藤武夫(1932)三重縣植物誌上,p1-404,三重縣植物誌発行所
神宮司廳(1928)神宮要綱,p1-754,神宮司廳
川上行藏ら監修(1990)日本料理由来事典上,p1-581,同朋舎
国立栄養・健康研究所(2011)ヤム・ワイルドヤム,健康食品の素材情報データベース
西口郁夫(2002)三重県,芦沢正和編,都道府県別地方野菜大全,p180-183,農文協
農文協編(1991)ナガイモ,野菜園芸大百科13,p323-485,農文協
農文協編(2011)地域食材大百科1,p1-424,農文協
農林水産省(2013)農林水産物・食品の国別・品目別輸出戦略
多気町史編纂委員会編(1992)多気町史通史,p1-865,多気町

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