科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

唐木 英明

東京大学名誉教授。食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会専門委員。日本学術会議副会長

安全と安心のあいだに

かわいそうな男の子

唐木 英明

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生肉のユッケを食べた男の子2人が病原性大腸菌O111に感染して死亡した。松永編集長が特集で取り上げているが、私も一言付け加えたい。

病原性大腸菌は牛の消化管の中にいる。食肉処理場で食肉や内臓が糞で汚染されることは珍しくない。すると肉や内臓に病原性大腸菌が付着する。
もちろん、加熱すれば菌は死ぬ。しかも菌は肉の表面にしかいないので、ステーキのような肉の塊は、表面だけ加熱すれば中は生焼けでも問題はない。しかし、ひき肉の場合には中心まで加熱しないと菌は死なないので、ハンバーグの生焼けは危ない。
だから「肉が新鮮だから、生でも大丈夫」というのは大きな誤解だ。新鮮な肉や内臓に病原性大腸菌が付着しているのだ。

厚生労働省は生食用の食肉の基準を決め、これを守っている食肉処理場の肉や内臓は「生食用」として販売していいことになっている。しかし、生食用の肉は一部の馬肉と馬の内臓しかない。そして、生食用ではない肉を生食として販売しても、罰則はない。
報道によれば、食中毒を起こした焼肉店の社長は、生食用ではない肉をユッケとして提供するのは「焼肉業界の慣習」と言っている。たしかに、どこの焼肉店でもユッケや生レバーや鳥刺しを提供しているが、そもそも生食用の牛肉も鶏肉もないのだから、この社長の言葉は真実だろう。

この事件を受けて蓮舫消費者担当大臣は、ユッケや生レバーなど生肉を食べる場合には、飲食店などに加熱用で販売されたものではないことを確認するよう求め、さらに、「不安がある場合は、生肉の料理を子供、ご高齢者、健康状態が優れない大人の方が食べることは控えて頂きたい」と述べた(TV朝日5月2日)。

これは驚いたコメントだ。おそらく生食用の肉が流通していないことを知らなかったのだろう。さらに健康であれば、生食用ではない肉を生で食べてもいいと考えているのだろうか。
「消費者庁としても厚生労働省などに働きかけ、事業者などへの指導の徹底をしていきたい」とも述べたそうだが、その言葉には危機感がほとんど感じられない。こんにゃくゼリーで男の子が亡くなったときには直ちに販売停止を強く要求した福島瑞穂さんも、これに応えた当時の担当大臣の野田聖子さんも、この件で何かを言ったという話を聞かない。

テレビのコメンテーターたちも、「これでユッケが売れなくなる」とか「風評被害が心配だ」とか、危機感のなさを露呈している。都内の保健所長さんたちと話をしたとき、生肉や生レバーが食中毒の原因になるケースが多いので、何とか法律で禁止できないだろうかと相談を受けた。日夜、食中毒と戦っている人たちの重い言葉だ。

何も知らずにユッケを食べて、苦しんで亡くなった二人の男の子は、ともに私の孫と同じ6歳。哀れで涙が出る。二人の死を無駄にしないために、生食用ではない生肉を平気で提供する飲食店の知識と倫理観のなさを厳しく問うとともに、生肉は危険であることを消費者に強く訴えたい。

執筆者

唐木 英明

東京大学名誉教授。食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会専門委員。日本学術会議副会長

安全と安心のあいだに

消費者が絶対安全を求め、科学的根拠のない安心を得ようとするのはなぜなのか? リスクコミュニケーションの最前線から考える