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執筆者

近田 康二

食肉加工メーカー、養豚企業勤務、食肉・畜産関連の月刊誌等の記者を経て、現在はフリーの畜産ライター。

知っておきたい食肉の話

食肉の世界で起きていること②「霜降りか赤身か」変わる牛肉のおいしさ評価

近田 康二

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前回は「A5ステーキ」のランク付けについて紹介したが、上位に格付けされた牛肉がおいしいかというと、必ずしもそうとは限らない。最近は霜降り肉から赤身肉へと、消費者の嗜好も変わりつつある。今回は牛肉のおいしさ評価についてお伝えする。

●老舗すき焼き店の新たな試み

A5ランクで脂肪交雑が進んでいることを前回ご紹介したが、こうした和牛肉のサシ(脂肪交雑)の行き過ぎに一石を投じる動きもある。

創業明治36年のすき焼き専門店「浅草ちんや」では、昨年1月、それまでメニューの表示を「霜降り肉」としていたものを「適サシ肉」と変えた。同店のいう適サシ肉とは、適度なサシという意味で、1月15日に「適サシ肉宣言」のパブリシティを打つと、「老舗すき焼き店がサシ入り牛肉を卒業」と受け止めたテレビ、週刊誌など50社以上が取材に押し寄せた。

ちんやの住吉史彦社長によると、「サシ入り牛肉を卒業したわけではなく、うちの甘みの濃い割り下に一番マッチする牛肉にした」とのこと。最近の、霜降り肉とよばれる牛肉は、粗脂肪含有率が50%から多いものだと70%になるものある。そういう脂肪交雑の多い肉を期待するお客様とのミスマッチを避けるためにもはっきりと表記することにした」という。

写真1がその適サシ牛肉。素人目にはA5等級とも見えるが、BMS6~7の4等級、粗脂肪は30%程度。現社長は6代目だが、「先々代の30年前はこれくらいが霜降りだった。特定の銘柄牛ではなく、独自に目利きした黒毛和種雌の4等級、月齢30ヵ月くらいまで飼い込み、脂肪の融点が低いこと、サシの入り方が荒い『あらザシ』ではなく、こまかい『コザシ』であること」としている。ちんやでは脂肪交雑を否定しているわけでなく、赤身の旨みと脂の甘みがバランス良く、胃もたれせず、香りの良いすき焼きを追求した結果、適サシ肉にたどり着いたとのことだ。

写真1 ちんやの「適サシ肉」

●赤身牛肉の人気高まる?

牛肉の主流はサシが入る和牛とはいえ、最近、若い女性らの関心を集めているのが赤身の牛肉だ。火をつけたのはニュージーランドのグラスフェッドビーフ「牧草牛」だといわれる。

グラスフェッドビーフとは牧草を食べさせた牛肉のこと。これに対するのは「グレインフェッドビーフ」で日本の和牛のように穀物(トウモロコシや大麦)を給餌した牛肉である。NZの広々した草原に放牧で飼うコマーシャルシーンは、家畜にやさしいアニマルウェルフェア(動物の福祉)を実践していると消費者に受け止められているようだし、何よりもヘルシーさが人気の要因。

ヨーロッパのグラスフェッドビーフの日本へのプロモーションも始まっている。写真2は今年のFOODEX JAPAN(国際飲料食品展)に出展したヨーロッピアン・ビーフのブース。ベルジャン・ブルー、アバディーン・アンガス、シャロレー、リムジン、ヘレフォードなど肉用種を牧草で肥育した牛肉を売り込んでいくようだ.

これから注目されるのが南米産のグラスフェッドビーフ。今年6月、農水省がアルゼンチン南部パタゴニア地域の牛肉輸入を解禁したことを受け、7月に丸紅は国内で初めてアルゼンチン産牛肉の輸入を始めた。アルゼンチンは牛肉生産量で世界6位。牧草で飼育し、脂身の少ない赤身の肉が特徴という。まず年間150トンを輸入。冷凍で仕入れ、個人経営のステーキハウスなどに卸す。アルゼンチン産牛の知名度を徐々に上げていき、年間1000トンの取り扱いを目指すと伝えられている。住友商事もアルゼンチン産の牛肉加工工場を調査。8月から国内向けにサンプル出荷を始め、本格輸入を検討していくとのことだ。

さらに今年度内にウルグアイからも牛肉の輸入が解禁となる見通しで、日本ハムが今年1月に開催した商品展示商談会でウルグアイのパッカーと業務提携したことを発表。ウルグアイもグラスフェッドビーフだが、牧草の栄養価がほかの国の牧草とは違い、まるで穀物肥育のようと前評判が高い。

日本短角種の赤身牛肉

国産の赤身牛肉生産の取り組みも始まっている。写真3は北海道足寄の北十勝ファームの牧場とそこで生産された日本短角種の牛肉だ。日本短角種は4つの和牛品種のうちのひとつだが、赤身牛肉。夏場は牧草地に放牧、冬は牛舎内で飼う「夏山冬里方式」により常時飼養600頭、日本で短角種が一番多い牧場である。200ヘクタールの広大な放牧地を利用した繁殖、自給飼料を含め国産飼料95%、天然湧水の利用などによる地域循環型畜産を実践している。日本短角種は北十勝ファームのほか北海道のえりも、岩手県、青森県などで飼われているが、実需者、特にレストランの評価が高まっている。

写真3 北十勝ファームの日本短角種

●牛肉のおいしさ評価で新手法

A5ランクなど上位に格付けされた牛肉がおいしいかというと、必ずしもそうとは限らない。4等級や5等級のリブロースは、赤身の中に真っ白な細かな脂肪が霜降りのように散りばめられ色彩的にも食欲がそそられるし、食べると口の中でとろけるように柔らかい。しかし、食べ物は人によって好みが大きく異なるし、おいしいと感じる人もいれば、脂っぽくておいしくないと感じる人もいる。こうした個人の好みを排除して、客観的データにより判定しているのが枝肉の格付だからだ。

「牛肉のおいしさを構成する主観的な要素には甘み、塩味、うまみなどの基本原味のほか、香り、食感、多汁性、外観、咀嚼音などがある。他方、牛肉のもつ客観的な特徴としては水分、粗脂肪の含量、脂肪酸組成、遊離アミノ酸菜穂の成分、さらに噛みごたえ、加熱損失などの物理的性質がある。これらは機器を用いた理化学分析によって明らかになる」というのは一般社団法人家畜改良事業団家畜改良技術研究所で牛肉のおいしさを評価する新しい方法を研究している佐々木整輝・開発第2課課長だ。

主観的と客観的な2つ要素の相関関係を分析し、牛肉の成分とそれを食べた消費者が感じるおいしさとの関係を明らかにするとともに、それを分りやすく消費者に明示する「牛肉のおいしさ総合評価指数」を作成した。

具体的には、まず牛肉の成分から客観的な評価(分析型官能評価)を推定する推定式を作成し、どのような成分ならどういう評価を受けるだろうという関係を視覚的に3次元マップで表示した。次にやわらかい、甘みがある、口当たりが良い、脂が重い、苦みがあるといった専門家の主観的評価を牛肉の成分に結び付けて表示し、「おいしさの見える化」を行った。佐々木さんは「成分の分析でどんな牛肉なのかが、分かりやすく客観的に評価できる」とみている。さらに、精度を高めていけば、おいしい牛肉の生産や消費者の牛肉購入時の判断材料の提供に役立ちそうだ。

参考文献

『食肉の知識』第2版(公益社団法人日本食肉協議会 平成25年11月)

『平成30年度JRA 畜産振興事業調査研究発表会資料』(東京大学大学院農学生命科学研究科 食の安全研究センター、公益財団法人全国競馬・畜産振興会)

執筆者

近田 康二

食肉加工メーカー、養豚企業勤務、食肉・畜産関連の月刊誌等の記者を経て、現在はフリーの畜産ライター。

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