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執筆者

近田 康二

食肉加工メーカー、養豚企業勤務、食肉・畜産関連の月刊誌等の記者を経て、現在はフリーの畜産ライター。

知っておきたい食肉の話

三元豚や多産豚?豚の生産現場で起きていること(後)

近田 康二

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豚肉生産の現場は、育種改良された種豚の導入、人工授精を利用した繁殖成績の向上など、生産性を追求した動きが加速している。後編はその動向を紹介する。

●急激に台頭してきた多産系の母豚

ここ10年ほど、特に最近5、6年の間に急速に普及してきたのが多産系の繁殖母豚である。従来の豚のライフサイクルは次のようなものである。雌豚の妊娠期間は114日で、一回の分娩で10~12頭の子豚を産む。母豚は子豚に授乳するのは長くても生後30日くらいまでで、離乳後直ちに妊娠・出産を繰り返すことから、母豚は年間に20頭以上の子豚を産むが、未熟児や圧死、病気等の事故で死ぬので平均の年間離乳頭数は20頭程度になる。

ところが、多産系の母豚は一回の分娩が15頭以上、年間離乳頭数が30頭を超えることが珍しくない。これまでの実に1.5倍以上の繁殖能力である。国内でのこうした多産系の母豚の割合は、繁殖用の雌豚飼養の4割に達しているとみられ、日本の養豚を大きく変える可能性を秘めている。

多産系豚

多産系豚から生まれた子豚

多産系の繁殖母豚の多くは欧米の種豚育種会社が供給しているトピックス(オランダ)、ハイポー(ドイツ)、ケンボロー(イギリス)、ダンブレッド (デンマーク)など海外ハイブレッド豚と呼ばれる豚だ。

このうちもっとも勢いがある系統がTOPIGS(トピックス)。オランダのTOPIGS社が遺伝改良した豚の系統で、大ヨークシャー(W)にランドレース(L)をかけ合わせたWLだ。産子数、安産、泌乳能力、強健性のバランスがよく、現時点では世界でもっとも優れた能力を持つといわれる。日本でのTOPIGSの導入は10年ほど前、母豚の飼養頭数が500頭以上の中・大規模の養豚場で始まった。ベンチマーキングシステムで上位にランキングされたこともあって一気に注目を浴びる。

ちなみに、ベンチマーキング(benchmarking)とは、企業などが自らの製品や事業、組織、プロセスなどを他社の優れた事例を指標として比較・分析し、改善すべき点を見出す手法。養豚業界では農研機構・動物衛生研究所(当時)が2011年にベンチマーキングシステムPigINFOを開発した。これを用いると、個々の養豚農家の各種生産指標の優劣を農家集団内で評価ができる。

また、劣った指標の改善目標値を提示し、目標値達成時の増収益を算出でき、動物衛生管理と経営の向上に役立てることができる。なお、現在、(一社)日本養豚開業獣医師協会(JASV) と農研機構・食農ビジネス推進センターが共同運営し、先進的な約200戸の養豚農家が参加している。

トピックス販売の現場

ダンブレッドをアピール

養豚業界はいま生産効率の改善や低コスト生産が求められているだけに、多産系など高スペックな繁殖豚に対する期待は大きい。昨年5月30日~6月1日、名古屋で開催されたIPPS(国際養鶏養豚総合展)では多産系繁殖豚である「ケンボロー」(イワタニ・ケンボロー(株))、「ハイポー」(プライフーズ(株))、「Topigs」(日の出物産(株))、「ダンブレッド」((株)シムコ)、「ピクア」(日清丸紅飼料(株))、「ハイコープSPF種豚」(全農畜産サービス(株))などが出展され、来場者の注目を集めた。

このうち日清丸紅飼料は、販売開始したばかりの英国JSR社の新種豚 PIQUA(ピクア)を強力にアピールした。JSR社直営のサウスバーン農場のデータ(年間一母豚当たり離乳33.4頭、出荷31.5頭)を示して高い繁殖能力を強調するとともに、「生産される肉豚は良好な増体、安定した品質の枝肉生産が期待できる。強健性・連産性に富み、飼料要求率にも優れ、日本の養豚経営に貢献できる」(連結子会社・ピクアジェネティクス(株))と訴求し、日本国内での供給体制の構築を紹介した。

これに対して先発各社も負けていない。Topigsの国内供給を担う日の出物産では、福島県の馬場ファームにおいてGGP(原々種豚)母豚100頭規模で生産しているが、「種豚の生産はフランチャイズ農場の東海ブリーディング(静岡県、母豚250頭)に加えて、母豚200頭の第2農場を建設、2019年からフル稼働し年間2500頭の態勢にもっていく」という。2017年6月にデンマーク・ダンブレッドの総販売代理店契約を正式に結んだシムコでも「GP(原種豚)、精液の販売に続いて種豚の供給も開始している」(海外事業推進室)と供給態勢を強化していく構え。

わが国の繁殖用母豚の飼養頭数82.4万頭(2018年2月1日現在)だが、このうち多産系種豚はすでに4割近くを占めるようになっていると予測する関係者もいるほどだ。早くから多産系の母豚を導入している中部地方の養豚経営者は「国際競争力を高めるためには生産性の高い養豚経営を目指していかねばならない。そのために母豚は欧米のようにリーン(赤身)指向、カット歩留まり指向が強まる一方で、日本人好みのおいしい肉質にするために止め雄の改良を進めていかなければならない」と指摘する。

●急速に普及する豚の人工授精(AI)

人工授精(AI)による生産向上

もうひとつ、近年、豚の生産現場で大きく変化しつつあることが豚の人工授精(AI)。AIが急速に普及しており、とくに大規模農場で自家採精や大量購入の精液による AIの利用は急速に増加し、小規模農家でも確実に拡大している。その背景には、精液の希釈液の改良により精液の保存性が改善されるとともに、宅配便による輸送体制が整備され、AIセンターから遠隔地であっても、発送当日ないし2日以内の精液の調達が可能となったことがある。

さらに、簡易な精液保管用の冷蔵庫が完備しやすくなったことや使い捨ての精液注入用カテーテルの市販、子宮頚管をほぼ通過し子宮体もしくは子宮角に挿入して精液が注入できる深部注入器も普及してきているなど、AI用の機器の開発・改良が進み、簡単に農家レベルでAI利用がしやすくなった事情もある。

かつてはAIによる受胎率や産子数が自然交配と比較して低いとされていたが、最近では受胎率が90%以上、生存産子数も10 ~12頭と安定した成績をあげる農場が多くなってきたことも普及に拍車をかけているようだ。AIを利用する目的は、確実な種付けによる生産成績の安定と向上、種雄豚頭数の削減や種付け作業の効率化による労働生産性の向上などである。雄豚による事故の発生が多いことも事実である。

AIの利点は①精子の異常、乗駕欲の低下など雄豚側の問題による不妊を防止できる、②自然交配では必要な種付け時の雌豚や雄豚の出し入れが不要になる、③種付け作業にかかる時間の短縮が図られる、④種付けに必要な雄豚の頭数が削減できるので、豚舎内の雄豚のスペースを雌豚や肥育豚の飼育スペースに変更できる、など数多い。AIの普及は、欧米ではすでに100%に近い水準に達しているといわれているが、わが国のAIの普及はまだ5割を超えた程度。生産現場におけるAIのニーズは今後ますます高くなってくるとみられる。

参考資料・文献

・「家畜改良関係資料」(社団法人中央畜産会平成23年3月(注)それ以降は未調査)

・「畜産技術平成30年8月号(第759号)」養鶏・養豚の最大の展示会「国際養鶏養豚総合展2018」開催-世界の最先端技術、情報が一堂に-近田 康二

・「ゆめ通信no.73」ベンチマーキングシステムPigINFOの統合について 山根逸郞

・「平成30年度養豚農業実態調査全国集計結果」日本養豚協会

・「日本養豚開業獣医師協会JASV会報」生産現場から見た豚人工授精の技術的課題点 武田浩輝

執筆者

近田 康二

食肉加工メーカー、養豚企業勤務、食肉・畜産関連の月刊誌等の記者を経て、現在はフリーの畜産ライター。

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世の中は空前の肉ブーム。でも生産や流通の現場はあまり知られていません。食肉一筋の畜産ライタ―が、お肉のイロハを伝えます