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執筆者

佐藤 達夫

食生活ジャーナリスト。女子栄養大学発行『栄養と料理』の編集を経て独立。日本ペンクラブ会員

メタボの道理

伝統野菜を大切にする理由って、何?

佐藤 達夫

キーワード:

●食糧はすべての人に行き渡らなければならない

2018年8月21日~9月1日、東京都千代田区で、伝統野菜プロジェクトとART+EAT共催の「伝統野菜はおもしろい!」という展示会が開催された。8月31日の「野菜の日」には、伝統野菜プロジェクトリーダーの草間壽子氏による「伝統野菜とは何か」というセミナーがあったので受講した。

現在、農林水産省は野菜農家に対して次の14品目の野菜を作るように推奨している。

キャベツ ほうれんそう レタス ねぎ たまねぎ はくさい きゅうり なす トマト ピーマン だいこん にんじん さといも ばれいしょ(じゃがいも)

この14品目を「全国的に流通し、特に消費量が多く、重要な野菜」として指定している。この14品目で、野菜全体の年間出荷量の4分の3(約1000万トン)を占めている。

しかも、1つの品目でも、実際に作られているのは特定の品種に限られている。たとえばだいこんでは「青首大根」が全流通量の9割以上を占めているのだという。消費者がスーパーで目にするだいこんは、そのほとんどが青首大根だと考えていい。日本全国を見渡すと、100種類以上のだいこんが生産されているらしい。

にもかかわらず、なぜほとんどの生産者が揃いもそろって青首大根を作っているのか?それは、青首大根が作りやすく・安定的に採れ・使いやすく・高くもなく安くもない価格で取引され・大きさも流通に適しており・栄養的にも優れていて・安全性もしっかりと確かめられている・・・・等々のさまざまな長所を持っているからだ。

野菜を「食糧」として考えるときには、農林水産省が進めるこの政策は理にかなっているといえるだろう。野菜のような主要作物は、たとえば酒や煙草のような嗜好品とは異なり、あるいはネクタイや指輪のような装飾品とも異なり、「一部の特別な人の手に入るけれども、多くの一般人の手には入りにくい」という存在であってはならない。すべての人の口にあまねく行き渡るような量や価格が確保されなければならない。

●「ある時期」「ある場所」でしか食べられない伝統野菜

一方、伝統野菜とはどういうものか?農林水産省の定義【※1】とは別に、伝統野菜プロジェクトでは(主として)次の3つの特徴をあげてある。

1:伝統野菜は、期間限定 - いつもあるとは限らない

2:伝統野菜は、地域限定 - そこにしかない

3:伝統野菜は、多様 - いろんな子がいる

もう一つ、ここには書かれてはない重要な特徴がある。それは「流通量がとても少ない」ということ。農林水産省の方針とは真っ向から対立する。

つまり、消費者が伝統野菜を食べようとしたら、「ある限られた時季に」「ある限られた土地へ行く」しかない(あるいは特別なルートを持っている人なら、取り寄せることができるかもしれない)。きわめて特殊な存在といわざるをえない。

今回は、代表的な4地区(京都・加賀・なにわ・江戸東京)の伝統野菜が紹介された。それぞれの地区が独自に「条件」を定めてある。この4地区の伝統野菜を見るだけでも、その多様性に驚く。

展示会「伝統野菜はおもしろい!」・なす展示(写真提供/伝統野菜プロジェクト)

「これもかぶなの?」「こんな形のなすがあるの!」普段スーパーで見かけるかぶやなすとのあまりの違いに、目からうろこがポロリと落ちた。

実際に食べたらどんな味なんだろう?香りは?食感は?調理後の色は?次々に興味がわいてくる。現地へ行って食べたらさぞかしおいしかろう、とわくわくする。これだけでも、今回のセミナーに参加した意義はある。【※2】

●自己満足や趣味の範囲でしかないのか?

しかし、「これは特別な興味を持つ人たちだけの自己満足、趣味なのではないか」という違和感も、筆者は拭うことができなかった。そしてこの違和感は、有機野菜を支持している人たちに話を聞いたときの違和感と似ている。有機野菜を推進する人たちは「安心のために」あるいは「地球環境のために」有機野菜を食べましょうという。それはいいのだが、彼ら(彼女ら)の多くは「化学肥料や農薬を使った従来の慣行野菜は危険だ」と攻撃をする。

この点に筆者は強い違和感を感ずる。有機野菜だけでは近い将来90億人にも達しようとする地球上の人類の「食糧」をまかなうことは不可能だ。自分たちさえ安心できればそれでいいのか!?

ただし、今回のセミナーに参加してわかったのだが、有機野菜の支持者たちと伝統野菜プロジェクトのメンバーとは決定的な違いがある。それは伝統野菜プロジェクトのメンバーは“普通の野菜”の悪口をけっして言わないことだ。かといって、メンバーたちの真意もイマイチ伝わってこないのも事実。

環境省は「生物多様性」の大切さを訴えている。「地球上の生物多様性を守り、持続的に利用していくことは、私たちだけではなく、将来の世代のためにも必要なこと」だと。伝統野菜を応援し、守り、絶やさないようにする活動は、こういう意味も兼ね備えてはいるが、メンバーたちの目的はそれだけではなさそうだ。

●多種多様な食材は人生を豊かにする

そうこうしているうちに、休憩を挟んで第2部が始まった。伝統野菜のお弁当「なす三昧」の試食がスタート。実は筆者はなすが苦手(はっきりいえば嫌い)だ。

お弁当「なす三昧」(写真提供/伝統野菜プロジェクト)

お弁当の中身は以下の通り。

・「梨なす(新潟)」の辛子漬け

・「中島巾着なす(新潟)」の蒸し、ザーサイ餡

・「畑なす(山形)」と「梅ヶ島じゃがいも(静岡)」、「ぼたんこしょう(長野)」寒天寄せ

・「埼玉青なす」チーズ焼き

・「寺島なす(東京)」寿司

・「内藤かぼちゃ(東京)」と「勘次郎きゅうり(山形)」の刻み漬け

・「内藤かぼちゃ(東京)」と「神楽南蛮(新潟)」のレモン漬け

・「桐岡なす(佐賀)」の田楽

・「民田なす(山形)」の大福

多種類ではあるが、それぞれは一口ずつなので、なすが苦手な筆者もアッという間に平らげてしまった(お世辞抜きに、とってもおいしかった!)

食べながら気づいたことがある。すべての料理が「それぞれのなすの特徴を存分に活かして調理してある」ことだ。すべての料理を、スーパーでよく売られている千両なすで作ってもできないことはないのであろう。しかし、個性豊かな伝統野菜を使うことによって、料理の仕上がりが際立っている。

“これなのだろう!”と遅ればせながら気づいた。

豊かな食材は豊かな料理につながる。

豊かな料理は豊かな食文化を育む。

豊かな食文化は、食べる人の人生を豊かにする。

聖書の言葉を借りるまでもなく、人はパンのみにて生くるにあらず。すべての人の口に食糧が分配されることはきわめて重要なことではあるが、食文化もそれに劣らず大事にしなければならない。苦手ななすから(イヤ、伝統野菜プロジェクトから)大切なことを教えてもらった。

今度の連休には加賀まで出かけて、金沢春菊でも食べてみようか・・・・。

【※1】

農水省 野菜をめぐる新しい動き 伝統野菜の実力

【※2】伝統野菜のことをもう少し詳しく知りたい方は、下記のFacebookをご覧いただきたい。

https://www.facebook.com/japan.trad.vege/

執筆者

佐藤 達夫

食生活ジャーナリスト。女子栄養大学発行『栄養と料理』の編集を経て独立。日本ペンクラブ会員

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