科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

佐藤 達夫

食生活ジャーナリスト。女子栄養大学発行『栄養と料理』の編集を経て独立。日本ペンクラブ会員

メタボの道理

これからの健康長寿は「セイカツ」から「カンキョウ」へ?!~第7回日本食育学会学術大会「健康長寿を支える食環境と食育」報告~

佐藤 達夫

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会場となった福岡女子大学

これまで、「食育」に関連するイベントや学会を数多く取材をしてきたが、なぜか「国産品推奨」や「手作り礼賛」あるいは「無農薬・無添加偏重」がテーマになることが多い傾向にあり、取材意欲が低下していた。私見だが、食育事業が農林水産省管轄になって以来、この傾向が強くなったように感ずる。今回も学会案内を受領したときは取材を見送ろうとしたのだが、主催者から「ひたすら学術的な内容なので取材してほしい」という依頼があったので、6月8日・9日に福岡女子大学で開催された第7回日本食育学会学術大会に参加した。

ここでは、初日に行なわれた特別講演と福岡市民公開シンポジウムを中心にレポートする。

●社員が健康であることが経営の要

特別講演は健康経営研究会理事長・岡田邦夫氏による「健康経営の視点から食育を考える」。「健全経営」というたぐいの経済の話ではなく、「社員が健康でなくてはこれからの経営は成り立たない」という主張には説得力がある。

現在の日本は(主要因は給料が低いからだと思うが)深刻な労働力不足状況に陥っている。いくら企業にノウハウがあろうが、技術や設備が整っていようが、働き手がいなければ会社の経営は成り立たない。「カイゼン」を重ねるだけでは限界がある。

働き手を増やす(減らさない)ための重要な課題として、岡田氏は「社員の健康」をあげる。社員が健康を害して職場を去っていく状況を減らしたり、社員が高齢になっても十分に働けるだけの健康状態を維持してもらうようになったりすることがポイントだ。また、社員食堂で提供するメニューが、健康的でおいしくてかつ安いということになれば、社員の労働意欲も高まるであろうし、離職者の減少にもつながる、というわけだ。

と同時に、「健康の重要性」を社員に理解してもらうための食育が不可欠になる。食を通して社員のヘルスリテラシーを図ることによって「労働生産性」が向上し、結果として経営と健康の両立につながる。

●シンポジウム「食べて延ばす健康寿命」

基調講演は日本栄養改善学会理事長・武見ゆかり氏による「スマートミールの認証制度について」。健康寿命を延ばすためには生活習慣を、とりわけ食習慣を健康的に改善する必要があることは多くのデータが証明している。このことはもう20年も30年も前から言われており、できる人はそれなりに実行している。

しかし「やる気がない」「知識がない」「技術がない」「時間がない」「お金がない」など様々な事情でそれができない人が大勢いることも周知の事実だ。中には、知識があり意欲があるにも関わらず、食事は外食や中食(持ち帰り弁当)に頼らざるを得ない人もいる。

ランチョンセミナーに出されたスマートミール(ファミリーマートの「味わい御膳」)

そういう人が「健康的な食事」を摂取するためには「外食や中食そのものが健康的にできている」ことが不可欠だ。それを実現(そして認証)しようとするのが「スマートミール」。その中身(詳細)についてはスマートミールのホームページをご覧いただきたいのだが、武見氏は「なるべく健康的な外食や中食を食べていただきたいし、また、スマートミールを食べることによって『健康によい食事』とはどういうものであるかを自分の目や舌で体験してもらいたい」ことを強調した。

ここでも、健康長寿のためには個人の力に頼っているだけでは限界があり、社会環境を整えることが重要であることが示された。

●国民レベルでの減塩を目指して

会場に展示された減塩関連製品

次に登壇したパネリストは日本高血圧学会減塩委員会委員長・土橋卓也氏。日本人にとって、最大の栄養的課題は「塩分の過剰摂取」である。日本高血圧学会では「高血圧の治療ガイドライン(2019)」で、75歳未満の降圧目標を原則として130/80mgHg未満としており、そのためには高血圧者の減塩目標を6g/日としてある。

現在の平均摂取量は男10・8g、女9・1gなので、目標達成は容易ではない。治療ガイドラインは高血圧の一次予防や重症か予防が目的ではあるが、一般人の健康寿命延伸のためにも、減塩は重要である。

しかし、たとえ食事摂取基準(2020)で示される目標量(男7・5g、女6・5g)を達成することでさえ、個人の努力だけでは限界がある。医療関係者はもとより、行政・食品企業関係者など、社会環境の整備が不可欠となろう。最終的には、社会環境が整い、個人が知らないうちに塩分摂取量が減っていた(英国の例のように)となりたい。

このように、土橋氏も「日本人のこれ以上の減塩には、個人だけではなく、社会としての取り組みが不可欠である」ことを強調した。

外食産業による健康な食事に向けて

この公開シンポジウムでは「外食の重要性」にスポットが当てられることになったが、当事者の外食産業ではどう対応するのか、ロイヤルホストなどの外食チェーン店を経営するロイヤルホールディングス(株)代表取締役会長・菊地唯夫氏が一つの答えを提供した。

外食産業は、日本の社会環境(経済状況や人口動態等々)に合わせて発展を遂げてきた。これからは、かつての高度成長期のように「規模の拡大」を目指すのではなく、「質の向上」を追求するこそが重要課題になる。

その「質」の1つが間違いなく健康であろう。しかし、企業にとって健康がインセンティブ(ヤル気・誘因)となりうるかどうかは、また別の問題。お客様に提供する物が健康的であることが、企業に貢献する(たとえば売り上げが伸びるとか)かどうかはわからない。ここに答えが見つからなければ、外食残業が「健康に積極的に取り組むこと」はあり得ない、と明確な回答。

そんな中でも、健康的なメニューが受け入れられやすいのは(ロイヤルホールディングスでいえば)コントラクト事業(社内食堂など)ではないか。特別講演(上記)にもあったように、いま、各企業は働き手の確保が大変だが、企業が提供する社内食堂のメニューが美味しくて・安くて・健康的であることは、労働意欲に大きく影響すると考えられる。つまりはそのような物を提供できれば、多少は価格が高くても選択していただけると確信している。

ここではじめて「健康」と「外食」が結びつくこととなる。そういう意味で、この方面の事業に力を入れていきたいと考えている。

●ターニングポイントとなるような学会

日本人の主たる死因が感染症から生活習慣病に移行して以来、健康長寿の秘訣は生活習慣にあるといわれ続けてきた。過去の話ではなく、このことは現代もいわれ続けているし、それは間違いなく事実であろう。しかし、健康長寿の原因を生活習慣だけに、つまり個人の責任だけに負わせる考え方にはそろそろ限界もあるのではなかろうか。

個人の生活習慣をサポートする、将来的にはサポートではなく主体となるのが「環境」だという日が訪れるのではないか。

--健康長寿は「セイカツ」から「カンキョウ」へ--将来、こんなキャッチフレーズが当たり前になる日がきたら、振り返ってみて「あれがターニングポイントの一つだった」といえるような学会になるのではないかと感じた取材であった。

*この学会では、ここで紹介した以外にも「健康な社会づくりに向けた食からのアプローチ(消費者庁消費者政策課企画官・河野美保氏)」「福岡市の食育・今後の取り組み(福岡市保健福祉局県央医療部部長・石井美栄氏)」「食育で健康寿命延伸(国立健康・栄養研究所食育研究室室長・黒谷佳代氏)」等々の講演もあったが、スペースの関係で割愛した。

執筆者

佐藤 達夫

食生活ジャーナリスト。女子栄養大学発行『栄養と料理』の編集を経て独立。日本ペンクラブ会員

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