科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

佐藤 達夫

食生活ジャーナリスト。女子栄養大学発行『栄養と料理』の編集を経て独立。日本ペンクラブ会員

メタボの道理

「本能の命ずるがママ」に食べると健康を害する

佐藤 達夫

キーワード:

●空腹感は脳からの指令

 前回、「長~い間、地球は、すべての動物にとって食料難の連続だった」と書いた。とはいえ、限られた地域で、限られた動物にとって、食料が豊富な時期があったことは否定できない。しかしそんなとき、動物たちは種の保存のために、子どもの数を増やしたに違いない。何年後かには、その動物の個体数が増えるので、やはり食料不足に陥ることになる。
 結果的に、また食糧難が訪れる。つまり「動物の歴史は飢餓の歴史」だといえる。そのため、私たちの体には、飢餓状態を克服する何重ものメカニズムが備わっている。

 その代表ともいえるのが“空腹感”だろう。私たちは食後、数時間経過すると、お腹が空く。血糖値(血液中のブドウ糖の量)が低くなったのを脳が察知する(「摂食中枢」が刺激される)と、「食料の補充をしなさい」という指令を出すのだ。ここで、「血糖値が低くなった」というところがミソだ。
 血糖(血液中のブドウ糖)というのは体の細胞のエネルギー源だ。細胞のエネルギー源としては、血糖がもっとも重要なのだが、それ以外にも筋肉や肝臓にはグリコーゲン(動物性の糖質)という形でエネルギー源が貯えられている。さらには、先進国の人間にあっては、エネルギー源として体脂肪をたっぷりと貯えている(つまりは肥満である)ことが多い。
 体内のエネルギー源が枯渇したわけではなく、血液中のブドウ糖量が減っただけで、脳は「食物を補給しろ」という命令を出す。低い血糖値は「摂食中枢」を刺激し、食欲を増進させるのだ。貯金がたっぷりあるにもかかわらず、財布に現金が入ってないと心配でならず、毎日せっせと働くお金持ちのようだ。
 つまり、肥満者でも、食後一定時間が経過すれば、お腹が空く。

●肥満を抑えるメカニズムは未完成(?)

 ヒト(に限らず地球上の動物はすべて)は、飢餓状態の連続であったために、事情が許せば可能な限りたくさん食べる能力だけが発達して、食欲を抑える能力がまったく必要なかったのだろうか。そうとばかりはいえない。
 もし、体脂肪を過剰に貯えすぎて、動くのが困難になってしまった動物がウロウロしていたら、瞬く間に他の肉食動物の餌食となってしまう。カロリーの塊であってかつ動きが鈍い、というような動物ほど“優れた食品”はない。

 そうはならないための生理的メカニズムも、動物は備えていなくてはならないはずだ。その一つが、摂食中枢と逆の働きをする「満腹中枢」と呼ばれているものだ。血糖値が高まると満腹中枢が刺激され、食後まもなく適度なところで食欲はおさまる。
 血糖値が上昇するとインスリンというホルモンが働いて、血液中の過剰なブドウ糖をせっせと体脂肪に変えていく。インスリンがしっかり働くと、体脂肪が増える代わりに血糖値は下がる。血糖値が下がれば摂食中枢が刺激され、また、食欲は出てくる。「もう食べられない」という状態は、長続きしないのだ。
 しかも、歴史的には、そんな状態は長続きする必要などなかった。動物の歴史は飢餓の連続だったので、満腹中枢が強く刺激されるほど、潤沢な食料に恵まれることなど、ほとんどなかったからだ。

 ときどき、「動物には健康で長生きするという本能が備わっているはずだ。なので、本能の命ずるがママに食べれば、栄養バランスが狂うこともないし、健康を害することもないはずだ。栄養学など気にすることはなく、むしろ、本能を鋭く磨くことのほうが大切だ」などの説をとく人がいる(たいていは肥満者だが)。
 少なくともヒトの社会にあっては、食べ物が溢れかえっているという環境レベルのほうが、本能がコントロールできるレベルを大幅に超えてしまっている。環境の変化に本能が追いついてないのだ。まことに残念ながら、ヒトは、本能のママに食べていては、健康を害するほど太ってしまう。少なくともヒトは頭で考えて食事をしなければ、健康と長寿は保てない。

執筆者

佐藤 達夫

食生活ジャーナリスト。女子栄養大学発行『栄養と料理』の編集を経て独立。日本ペンクラブ会員

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