科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

一発勝負の裏でてんてこまい:疫学調査の裏側お見せします2

児林 聡美

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図1. 3世代研究の流れ:栄養関連学科(大学、短大、専門学校)の教員に共同研究者になっていただき、各施設に通う学生と、その母親、祖母を対象に調査を実施することにしました

図1. 3世代研究の流れ:栄養関連学科(大学、短大、専門学校)の教員に共同研究者になっていただき、各施設に通う学生と、その母親、祖母を対象に調査を実施することにしました

私が関わった「3世代研究」を例にして、一般の方からはなかなか見えない、疫学調査の実態をご紹介しております。
前回は、2010年4月に1年後の調査の実施が決まったこと、そしてその調査事務局を、当時修士課程の学生だった私たちが担うようにと、指導教官である佐々木敏・東京大学教授に告げられたところまでお話ししました。
さて、いったい何から手をつければよいのやら…。

●全国35都道府県、2万人あまりが調査対象

ここで、3世代研究の全貌をご紹介しておきましょう。

図2. 「3世代研究」参加校の分布:数値は各県で参加した施設数。北は北海道から南は鹿児島まで、全85校の大学、短大、専門学校が参加しました

図2. 「3世代研究」参加校の分布:数値は各県で参加した施設数。北は北海道から南は鹿児島まで、全85校の大学、短大、専門学校が参加しました

この研究では、2011年と2012年の4月に全国35都道府県の栄養士・管理栄養士養成校(栄養関連施設)85校(図2)の新入生と、その母親、祖母それぞれ7千人ずつ、合計2万1千人を対象に疫学調査を実施し、食習慣と様々な生活習慣や健康状態を尋ねました。
研究の目的は2つありました。
1つめは、子ども、母、祖母という世代間で、家庭内の食事の類似性を明らかにすること。
2つめは、日本人女性各世代で、食習慣と様々な健康状態の関連を検討することです。
それぞれ、得られた結果を社会全体の食事改善や病気の予防に役立てるために実施しました。

●たくさんの協力者がいなければ、調査できない

子ども世代の対象者を栄養関連施設の新入生としたことと、調査を4月に実施したことは、この調査のポイントです。
前回説明したように、このような大規模な調査を行うためには、たくさんの協力者が必要です。
特に今回のように、調査を広範囲で実施したい場合、調査事務局を担当する私たちがすべての調査現場に出向いて調査の説明をしたり、質問票を配布したりすることはできません。
そこで今回は、栄養関連施設に勤務されている先生方に協力者(共同研究者)として調査に参加していただき、各施設の取りまとめをお願いすることにしました(図1)。
この共同研究者の中には、過去に私たちとの共同研究の経験があり、信頼関係とネットワークが既に構築できている方が多数いらっしゃいました。
そのため、共同研究の呼びかけが比較的容易です。
また、共同研究者の勤務する施設に通う学生に対象者になってもらえれば、共同研究者から一度に多くの対象者へ調査の参加を呼びかけることができます。
このような理由から、栄養関連施設は私たちにとって調査実施に最適な場所です。

●入学仕立て、ほやほやの新入生だから、いい

一方で、対象者が将来栄養関係の業務に就きたい学生ということになると、食事や健康に興味をもっているはずです。
また、各施設の教育によって、一般の人よりも高度な知識を持っていると考えられます。
ここで今回の研究の目的2つをもう一度思い出してみてください。
今回は、得られた結果を社会全体の食生活の改善や病気の予防のために使いたいと考えています。
そうなると、一般の若年者とかけ離れた対象者に対して調査を実施することは、得策ではありません。

調査の実施可能性を考えるとこの栄養関連施設ネットワークを使いたい、しかし対象者が一般集団とあまりにかけ離れるのはよくない。
このジレンマを克服するために計画したのが、新入生に対して4月に調査を行うというものでした。
これならこの栄養関連施設ネットワークを使うことができ、さらに新学期が始まった直後なので、教育効果はまだ小さいと考えられます。
こうして、調査は栄養関連施設で新入生を対象とし、4月に実施することが計画されました。

この計画作成までは教授の案でしたが、さてそれをどうすれば実施できるか、ここからは事務局の力が試されます。
とはいえ何をしたらよいのか分からず、過去に事務局を経験したことのある先輩方のアドバイスに従って進めることになりました。
経験者のアドバイスは本当にありがたいものでした。

●質問票づくりは難しい

まず取り掛かったのは質問票づくりです。
今回は予算の関係上、身体計測や健康状態の測定はできませんから、自分たちがデータとして得たいものをすべて質問票に盛り込んでおかなければなりません。
食習慣を尋ねる質問票は、既に私たちの研究室で開発された質問票があります。
しかし、健康状態などを尋ねる生活習慣質問票は、この調査のために独自に作らなくてはなりません。

例えば、以前このコラムでご紹介したたんぱく質とフレイルティの関連の検討は、私が行いたい研究のひとつでした。
そこで、過去に実施されている研究を調べる作業にかかります。
例えば以下のようなことに注目しながら調べました。
・既にまったく同じデザインで検討された研究はあるか(もしあれば今回行う必要はありません)
・どういう基準でフレイルティを判定する必要があるのか(質問票だけで判定できないのであれば、今回は諦める必要があります)
・たんぱく質以外にフレイルティと関連がある要因はあるか(もしあれば、その他の要因ではなくたんぱく質との関連であることがいえるように、一緒に調べておかなければなりません)

このように、調査を実施するときには、検討したいこと以外にも、それと関連があるたくさんの情報を集められるように質問票に盛り込んでおく必要があります。
また、前回説明したように、たくさんの研究を行える大きなデータを、対象者の負担と予算を最小になるように考慮して一度に作り上げるほうが、調査実施側にとっても、対象者側にとっても効率的です。
例えばフレイルティ以外にも、うつ、認知機能、便秘、睡眠など、食事との関連を検討したい健康状態はたくさんありました。
これらすべてを検討できるようにしたい一方で、対象者の負担を減らし、予算の範囲で収めるために、皆で相談して諦めた質問もあります。

●やり直しがきかない調査

図3. 3世代研究の質問票:各世代に食習慣と生活習慣の2種類、合計6種類の質問票を用意しました。見た目が似ていて違いが分かりにくいため、帯の色と入れる封筒の色を変えて見わけがつくように工夫しました

図3. 3世代研究の質問票:各世代に食習慣と生活習慣の2種類、合計6種類の質問票を用意しました。見た目が似ていて違いが分かりにくいため、帯の色と入れる封筒の色を変えて見わけがつくように工夫しました

様々な検討を経て作成された生活習慣質問票は、学生22ページ、母親26ページ、祖母26ページとなりました。

表紙が似ていて見分けにくく、食事の質問票とも似ていて分かりにくいので、帯をそれぞれ異なる色にし、さらに異なる封筒に入れることにしました(図3)。
膨大な調べものを終え、レイアウトが完成するころには秋になっていました。

質問票を作るという作業だけでも、研究したいことが盛り込まれているかどうかを考えるだけではなく、対象者や協力者といった相手への配慮、予算、調査実施中の作業のしやすさなど、考えなければいけないことは山ほどありました。
そして、実験と違って、調査の場合は対象者や協力者などたくさんの人が関わり、費用もかかるので、やり直しができません。まさに一発勝負!
尋ねておくべき情報が不足していたことに調査実施後に気づいても後の祭りです。
そのため、研究計画や事前準備が本当に大切で、そこに多くの労力と時間をかける必要があることを、身を持って感じました。

質問票はなんとか目途がついたものの、他にも、共同研究者への研究参加呼びかけ、大学内への届出、書類作成などの事務作業など、準備せねばならないことはまだまだたくさんあります。
そもそも、出来上がった質問票と封筒全員分ってどのくらいの量なんだろう?想像もつきません。
もしかして研究室に入りきらないのでは?と気づきます。さあどうしよう。
準備はまだまだ続きます!

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします