科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

47万ページの確認作業:疫学調査の裏側お見せします5

児林 聡美

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「3世代研究」の調査実施準備は整い、あとは開始を待つばかりとなりました。
そこで起こった東日本大震災。その中で今回の調査をどう進めたか、ご紹介しましょう。

●想定外の事態に調査も「揺れた」

調査開始を1か月後に控えた2011年3月11日、東日本大震災は起こりました。
幸い、研究室に大きな被害はありませんでした。
また、共同研究先の85の施設のうち東北地方の施設は4施設ありましたが、物理的に甚大な被害を受けているとの報告は、地震発生直後には入ってきませんでした。
調査は予定どおり実施されるかに見えました。

ところが、数日たってから雲行きが怪しくなります。
原発事故の影響により環境中に放射性物質が放出されたことから、食べ物や飲み物に対する情報が氾濫するようになりました。
少なくとも私の身の回りでは、特定の地域で作られた食品が店頭から撤去されたり、水道水を使うことを避けたりするような行動が一時的にとられました。
また、計画停電や節電で日常とかけ離れた状態となり、それがしばらく続きそうであると予想されました。
私たちが調査で最も調べたいことは「日常的な食習慣」です。
しかも、そのために「過去1か月の食事」を尋ねることにしています。
それは、この方法で「日常的な食習慣」を評価できることが既に研究で明らかになっているためです(文献1、2)。
東日本ではこのまま4月に調査を始めたとしても、対象者から「日常的な食習慣」の情報を得ることはとても難しそうです。
調査を延期するべきか、検討が始まりました。

●士気を下げるわけにもいかない

一方で西日本の状況を問い合わせると、今回の地震により日常生活が大きく変化するような事態にはなっていないようです。
準備も整い、さあやるぞという気持ちになっているところへ延期の連絡をすれば、調査に対する士気が下がるのではないか、という不安がありました。

そこで、研究責任者の佐々木敏・東京大学大学院教授が下した決断は、「当初予定した調査期間を1年延長し、2011年度は北海道と西日本で、2012年度は東日本で、2年に渡り調査を行う」というものでした。
この方針に共同研究先から異論は出ず、2011年4月にまずは北海道と西日本で新入生に対して質問票が配布され、調査が開始されました。
疫学研究は社会を相手に行うため、社会の様々な動きに影響を受けて予定どおりには進まず、その都度柔軟に判断しながら進めなければなりません。
想定外のことは起こると想像してはいましたが、それにしても本当に想定外の大きな出来事でした。

●静かな調査の始まり

調査現場では、質問票の配布は4月のなるべく早い時期に行い、5月の大型連休明けまでに記入済み質問票を回収して、直ちに事務局に送付することとなっていました。
質問票への記入が行われているこの期間、マニュアルなどの説明が十分であったおかげか、事務局に問合せはあまりなく、意外なほど静かに過ぎていきました。
とはいえこれは嵐の前の静けさで、記入済み質問票が戻ってきた後には、研究室総出(およそ10名)で記入もれや誤りがないかを探す確認作業を行い、記入をやり直してほしい方へ再調査を依頼する、という作業が控えていました。
せっかく回答いただいたデータを確実に研究で使わせて頂くためにも、回答の不備は可能な限りなくしておきたいものです。
そこで、今回はすべての質問票を1枚ずつめくって目視で確認する、という手順をとることに決めていました。

図1. 食習慣質問票の一部:2冊の質問票は、このように該当箇所にチェックマークを入れたり、数値を入力したりする構造になっていました。

図1. 食習慣質問票の一部:2冊の質問票は、このように該当箇所にチェックマークを入れたり、数値を入力したりする構造になっていました。

●丁寧な確認作業が研究の質を決める

回答は、該当する選択肢にチェックを入れるか、数値を入力してもらうやり方です(図1)。不備の多くは、ひとつしか選択してはいけないところに複数のチェックマークが入っている、記入もれがある、記入されている数値が非論理値である、などです。
どのような回答状況の場合に再調査とするのか、一般的な「基準」があるわけではありません。
再調査ができる体制が整っているか、予算や人手が使えるか、どの程度不備をなくしたいかなど、状況に応じて再調査を実施する「基準」を変える必要があります。
これらを勘案して、それぞれの不備に対してどう対応するか、ひとつずつ丁寧に決めていきました。

例えば記入もれは、当初はすべて再調査の対象と考えていました。

しかし、質問票はひとり2冊でそれぞれ20ページ以上(祖母の食習慣質問票は10ページ)あるため、すべての質問項目をもれなく、完璧に回答できている人はほとんどいませんでした。

このままではほぼすべての対象者が再調査になってしまいます。

そこで、優先度の低いいくつかの質問項目は記入もれがあっても再調査なしとしました。

具体的には、牛乳は「低脂肪乳」と「普通脂肪乳」の2種類の摂取頻度を尋ねていますが、いずれか一方に回答があれば、もう一方が記入もれでも再調査なしとしました。

一方で、例えば1食に食べるごはんの杯数が3杯以上となっている場合は、1日や1週間の合計と勘違いしている可能性があるとし、記入されていても再調査としました。

●想定外の回答も

回答の不備には想像していなかったものまで色々ありました。
あるときは、学生の封筒から母親の質問票が、母親の封筒から学生の質問票が出てきました。
どうもご家庭で質問票が入れ替わって、学生が母親の、母親が学生の質問票に回答してしまったようでした。
この場合は、事務局で共通部分の質問項目の回答を正しい質問票に転記し、残りを再回答して頂くための再調査を実施しました。
またあるときは、祖母の質問票に、なぜかおじいさんが答えてしまっていたということも!
この場合、データは研究には使えませんが、せっかく答えてくださったので、他の質問票と同じように処理し、お礼の結果票をお返しすることにしました。

●質問票、再度対象者の元へ

再調査では、質問票の確認いただきたい質問項目にふせんをつけて、対象者へ返却をしました。
その際、不備の内容に応じて、ふせんを色分けしていました。
例えば、記入もれの箇所に記入してもらう場合は水色、記入されている数値が大きすぎる、または少なすぎるため再考してほしい場合は黄色、などです(図2)。

このようにふせんをつけた質問票を再度封筒に入れ(図3)、共同研究者を介して対象者本人に返却し、再回答されたものを再び回収して、ようやくデータ化に進める、という状況となりました。
2年に渡った調査で確認した質問票のページ数は、全体でおよそ47万ページ!
この枚数の紙1枚ずつすべてに目を通し、確認していったのです。

その結果、再調査を行った対象者の割合は6割にもなりました。

大変に手間のかかる作業ではありましたが、丁寧な調査実施を目標にしていたため、譲れないステップでした。

図2. 不備のあった質問票:再調査を行う質問票にはふせんをはり、対象者へ返却して再回答をお願いしました。不備の内容ごとに、ふせんを色分けしました。

図2. 不備のあった質問票:再調査を行う質問票にはふせんをはり、対象者へ返却して再回答をお願いしました。不備の内容ごとに、ふせんを色分けしました。

図3. 再調査のために送った質問票:再調査が必要な質問票は、このように対象者ごとに色分けされた封筒に入れて、再度対象者へ回答を依頼しました。(写真提供/『栄養と料理』(女子栄養大学出版部))

図3. 再調査のために送った質問票:再調査が必要な質問票は、このように対象者ごとに色分けされた封筒に入れて、再度対象者へ回答を依頼しました。(写真提供/『栄養と料理』(女子栄養大学出版部))

●山積みの質問票

図4. 再調査後の質問票:回収した質問票を施設ごとに分け、研究室に一時的に保管していたところ、通路が質問票でいっぱいになってしまいました。

図4. 再調査後の質問票:回収した質問票を施設ごとに分け、研究室に一時的に保管していたところ、通路が質問票でいっぱいになってしまいました。

5月末ごろから確認を始めましたが、すべての質問票を確認し、再調査質問票を回収し終えたときには9月になっていました。
研究室の一角には、一時、再調査までを全て終えた質問票が山積みとなっていました(図4)。
調査実施を2年に分けたおかげで、1年目、2年目ともなんとか保管できましたが、もし当初の計画どおり1年で全国すべての調査を実施していたら、質問票の保管場所には苦労したはずです。
その点では、調査が2年に渡ったのは不幸中の幸いだったのかもしれません。

●データ入力は機械にお任せ

質問票の回答内容は、最終的には以前お示ししたような電子ファイルのデータとなります。
ここは機械に頼りました。
光学式カードリーダー(OCR)を用いて、回答を読み取ると内容が数値化されてエクセルファイルに入力されるようなシステムを業者につくってもらい、その機械を用いて処理していきました。
その際、薄い字や枠からはみ出た文字などの場合、機械の読み取りでもミスが生じます。
せっかくここまで丁寧に確認をしてきましたから、ここで誤ったデータが入力されるのは避けたいものです。
そこで、数値の入力間違いがないかどうかなど、大切なところは目視で確認しながら入力しました。
9月ごろから始めた入力は11月末に完了しました。

●いざ最終段階

さあ、残る作業は結果返却。終わりが見えてきました。
最後まで気を抜かず、丁寧な作業を心掛けて、いざ最終段階です。

参考文献:

1. Kobayashi S, et al. Comparison of relative validity of food group intakes estimated by comprehensive and brief-type self-administered diet history questionnaires against 16 d dietary records in Japanese adults. Public Health Nutr 2011; 14: 1200-1211.
2. Kobayashi S, et al. Both comprehensive and brief self-administered diet history questionnaires satisfactorily rank nutrient intakes in Japanese adults. J Epidemiol 2012; 22: 151-159.

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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