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食情報、栄養疫学で読み解く!|児林 聡美

どんなコラム?
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
プロフィール
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在同大学特任助教。専門は栄養疫学。国家公務員の経験も持つ

科学的根拠が生まれるまで:論文発表の裏側お見せします

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2017年9月12日
図1. 公開された論文:掲載が決定した論文は雑誌社で編集作業が行われ、整えられて公開されます。今回はインターネットで誰でも読むことができる雑誌に掲載されました。自分の研究論文が掲載されたインターネットのページや、そこから論文の原稿がダウンロードできるのを見届けるのは嬉しいものです

図1. 公開された論文:掲載が決定した論文は雑誌社で編集作業が行われ、整えられて公開されます。今回はインターネットで誰でも読むことができる雑誌に掲載されました。自分の研究論文が掲載されたインターネットのページや、そこから論文の原稿がダウンロードできるのを見届けるのは嬉しいものです

 前回のコラムでは、私たちの研究チームが最近論文発表した研究の結果(文献1)を紹介しました。
 楽しく読んでいただけたでしょうか。
 あのような研究結果を、私たち研究者は「論文」という形で世の中に発表しています。
 多くの人にとってなじみのない出版物かもしれません。
 けれどもこの論文こそ、世の中の科学情報の根拠となるもので、世の中に出回っているたくさんの食の情報が正しいか、正しくないかを判断するときの助けになります。
 ところで、発表された論文の結果を知ることはあっても、それが生まれるまでにはどのような手続きが踏まれているのか、ご存知ですか?
前回ご紹介した論文を例にして、今回は論文作成の裏側をご紹介しましょう。

●まずはデータ分析から

 論文を書くためには、調査で収集したデータから新しい知見を示せるかどうか、データを分析することから始めます。
 データ分析により論文執筆のネタを発見できれば、論文作成の開始です。
 前回ご紹介したたんぱく質・高抗酸化食とフレイルティ(虚弱)の関連の論文は、2011~2012年に実施した「3世代研究」という調査で収集したデータを使っています(連載第3回~第8回 疫学調査の裏側お見せします1~6で紹介)。
 このデータから新たな論文を書くための結果が得られ、それを表や図にまとめ、文章を作成し始めたのは2016年の3月ごろのことです。

●世界中の人に読んでほしい

 日本の出版社が出している日本語の科学雑誌もあります。
 一方、他の言語で書かれているものもあります。
 特に英語の科学雑誌(英文誌)は、読める人口が多く、そこへ掲載すれば世界中の人が読んでくれます。
 研究は世界中で行われていて、研究者は世界中の研究者と競争しています。
 そのような状況ですから、研究論文を世界中の研究者に読んでもらえなければ、結果を出しても認めてもらえませんし、その先の発展にもつながりません。

 世界で最初の研究結果であればなおさら、英文誌に結果を載せ、世界中の人に読んでもらった方がよいでしょう。
 そのため、論文は英語で書くことが勧められます。
 とはいえ、日本語を母国語とする私たちにとって、英語で文章を書くのは難しいことです。
 書き上げた論文原稿を英文校正の専門家に見てもらい、修正することになります。
 多くの場合、校正を専門とする業者にお願いするため、その時間と費用が必要です。
 また、雑誌にはそれぞれ文字数の制限や原稿の書き方の決まりもありますから、それに合わせて原稿を作成するという細かい配慮も必要になります。
 こういった作業を経て、9月ごろ原稿が完成し、雑誌の出版社に提出(投稿)しました。

●原稿修正をめぐる紳士的?な攻防

 栄養学を扱う雑誌といってもいくつもあり、それぞれテーマにしていることやレベルが異なります。
 質のよい論文だけを掲載しているようなレベルの高い雑誌の場合、厳しい審査に合格しなければ掲載されません。
 その場合、出版社に原稿が送られると、編集者が中身を確認し、その論文を載せてよいかどうかを検討します。
 さらに、その論文の研究内容を評価できる外部の研究者数人に、内容の評価を依頼します。
 これが査読と呼ばれる過程です。

 このとき依頼される外部の研究者というのは、論文の執筆者や出版社とは無関係の、どこかの大学や研究所の研究者などです。
 査読候補となった研究者には論文のタイトルと内容の要約が届き、原稿を2週間くらいで評価してくださいね、という連絡があります。
 これに同意して査読者となった研究者は、届いた原稿を読んで、研究の内容に不備はないか、疑問点はないか、世の中に発表してもよいか、厳しい目で細かくチェックをします。
 疑問点や改善点があれば、修正すべき内容に関して具体的な意見書を書き、雑誌への掲載は可か、不可かと考えるか、判定を行います。

 ちなみに、論文の査読を行う研究者は基本的には無報酬です!
 あるとき突然予告なく依頼されるこの査読を、研究者はボランティアで、自分の本来の業務の合間に行っています。
 自分自身も論文を執筆したときに世界のどこかの研究者に査読でお世話になることを考えると、自分に査読依頼があったときにはその恩返しと勉強のために、丁寧に対応する姿勢が求められます。

 さて、査読者の意見を元に、雑誌編集者たちは論文の内容に判定を下し、結果を執筆者に伝えます。
 ほとんどの場合は「残念、掲載できません」というものです。
 この場合はどうしようもありませんから、何が悪かったのかを確認して、別の雑誌に挑戦します。
 ごくたまに「査読者からの意見をもとに修正したら掲載してあげますよ」と言ってもらえることがあります。

 こうなればチャンス到来です。
 査読者からいただいたご意見を原稿に反映させ、丁寧に、丁寧にお返事のお手紙を書き、再度出版社に投稿します。
 その結果「やっぱりだめでした」という非常に残念な結果となることも多々ありますが、ごくたまに、この修正を何度か繰り返したあとに「掲載します」という嬉しい連絡を受けることがあります。

 実は、このような厳しい審査を経ずに簡単に掲載してくれるような雑誌もあります。
 けれども、厳しい査読を実施している雑誌に掲載されることは、大変な分、その論文の質の良さも表していることになります。
 私たちの研究室では、楽をせず、きちんと査読を実施している雑誌に論文が掲載されるように努力すべきと考えています。

●三度の投稿、二度の修正

 私の原稿ですが、査読が厳しいとしても、その中でもレベルの高い雑誌へ挑戦したいと考えました。
 第一候補の雑誌の出版社9月に投稿したところ、査読の結果が11月ごろ帰ってきました。
 結果は「Reject(掲載不可)」。
 査読者の考える修正意見がいろいろ書いてありましたが、編集者からはそういう細かい内容云々よりも「我々の雑誌に掲載する論文として、他の論文より優先順位が高いとは言えない」とありました。

 世界中で研究者が競って論文を出そうとしている中、出版社にはたくさんの原稿が毎日届いているのですから、少々興味を引く程度の研究ではなかなか掲載されないものです。
 仕方ありません。気を取り直して、第二候補の雑誌の出版社に、原稿の体裁を整えて投稿です。

 投稿し終えてほっとしていたところ、今度は数日後にすぐに「Reject」の結果が届いてしまいました。
 査読者に判定してもらうまでもなく、編集者が興味を示してくれなかったようです。残念。
 少し心が折れてきましたが、まあ仕方ありません。

 第三候補の雑誌の出版社に、再度投稿です。
 雑誌選びのやり直しと、雑誌によってその都度原稿の体裁を修正したことで、投稿が12月になってしまいました。
 その結果、今度は査読に回ったようで、2017年2月に出版社から連絡がありました。
 「修正して再投稿してください、掲載を前向きに考えています」という内容です。

 やった、と思ったのもつかの間、修正すべきとされた指摘事項がものすごい量書いてあります。
 統計解析の計算も一部やり直さなくてはなりません。
 さらに期限もあります。今回は3か月以内という指示がありました。
 せっかくつかんだチャンスです。逃すわけにはいきません。

 というわけで急いで解析をやり直し、本文を修正し、修正内容を説明した査読者に対するお返事を書き、修正原稿を提出できたのが4月でした。
 その2週間後、追加で受けた修正の指示に対応し、そうして5月に「Accept(原稿受理、掲載決定)」の連絡をもらったときには、数か月の苦労が報われた~、と思う瞬間でした。

●掲載費用は執筆者もち!

 こうして受理された原稿は雑誌編集者によってきれいに整えられ、世の中に公開されます。
 その際掲載費用を支払うのは、論文の執筆者です!
 普通の出版物だと、執筆した人はお金を受け取ることが多いと思うのですが、論文は頼まれて書いたわけではありません。
 自分たちでお金を払って雑誌に掲載してもらうのです。

 以前は数万円程度が多かったように思いますが、最近ではインターネットのオンライン上で誰でも見られるような雑誌も増えていて、その場合だと購読料収入がないため、1論文掲載させるのに20万円以上かかるのも増えてきました。
 研究費は、調査実施中だけではなく、論文を執筆しているときにも、英文校正や投稿料の支払いのために必要なのですね。

 こうした過程を経て、整った論文が掲載されたのを目にできたときは嬉しいものです(図1)。
 思えば、原稿の作成を始めてから1年以上が経過しています。
 論文が生まれるまでの期間として考えると平均的だと思いますが、やはり1報を世の中に出すのは大変な労力です。

●論文こそ唯一の根拠ともいえる

 このように、論文はたくさんの過程と、たくさんの研究者の厳しい目で審査された結果、世の中に発表されています。
 それ故、論文で発表された結果は、単なる一研究者の発言とはわけが違います。
 また、同じく研究結果を発表する場として学会発表もありますが、学会発表は査読という厳しい審査を受けていないため、論文発表よりも信頼度は低くなります。

 健康情報を評価する場合に、学会発表の結果を「科学的評価の対象として不十分」と考えることもできます(文献2)。
 ましてや、出典が記載されていないようなあいまいな健康情報では、信頼などできません。

 論文の発表は、良い研究のみを世の中に出してゆこうとする研究者の姿勢とそのネットワークに支えられているのです。

図2. 健康情報を評価するフローチャート(文献2 表6-1を改変):論文報告は複数の他の研究者のチェックを経たうえで世の中に発表されるため、研究を実施した人が自由に発表できる学会発表とは重みが違います。たとえヒトの研究に基づいた結果であったとしても、学会発表にとどまっている場合には科学的評価の対象としては不十分と考えることもあります

図2. 健康情報を評価するフローチャート(文献2 表6-1を改変):論文報告は複数の他の研究者のチェックを経たうえで世の中に発表されるため、研究を実施した人が自由に発表できる学会発表とは重みが違います。たとえヒトの研究に基づいた結果であったとしても、学会発表にとどまっている場合には科学的評価の対象としては不十分と考えることもあります

参考文献:
1. Kobayashi S, Suga H, Sasaki S. Diet with a combination of high protein and high total antioxidant capacity is strongly associated with low prevalence of frailty among old Japanese women: a multicenter cross-sectional study. Nutr J 2017; 16: 29.
2. 坪野吉孝. 検証!がんと健康食品 健康情報の見分け方. 河出書房出版社 2005.

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