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食情報、栄養疫学で読み解く!|児林 聡美

どんなコラム?
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
プロフィール
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はHERS M&S代表としてフリーランスで栄養疫学研究の支援を行う.

基準値なのに大切なのはそれ以外?:これでわかった!食事摂取基準1

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2020年6月25日

ある高齢者施設の食事の献立表に書かれた「当施設の1食分の献立に使われている食塩量は1日の目標量の1/3以下である2 g以内となるように設定されています」の注釈。

または食事指導の際に言われた「LDLコレステロールが心配なので飽和脂肪酸を1日の基準量以内に収めるような食事を続けましょう」のアドバイス。

ここに挙げたそれぞれの場面で使われている「1日の量」というのはすべて、「日本人の食事摂取基準(以下、食事摂取基準;文献1)」に示されている量のことを指していると思われます。

「基準」というだけあって、食事摂取基準では各栄養素をどのくらい摂取すればよいかの「基準値」が数値で示されています。

けれども、食事摂取基準に書かれているのは基準値だけではありません。

むしろ基準値以外に書かれている、その基準値が導き出された根拠、そしてその基準値の扱い方の書かれている割合のほうがはるかに多くなっています。

本来は基準値のみを確認するのではなく、それ以外の内容をすべて理解したうえで、示されている基準値を正しく扱うことが大切です。

それには、相当の専門知識が必要になります。

ところが、日常生活の中で食事摂取基準が扱われる場合、その意味や使い方は二の次で、どうしても基準値だけがひとり歩きしがちです。

そのために正しく扱われていないという状況が多々あるようです。

実際、冒頭の例も、厳密には食事摂取基準を正しく活用できているとは言い難いとも言えます。

さて、いったいどの部分が「正しいとは言えない」のでしょうか。

みなさん、判断できますか?

●食事摂取基準ってなあに?

ところで、食事摂取基準の正しい活用を考える前に、まずはそもそも食事摂取基準とは何なのか、確認しておきたいと思います。

食事摂取基準の正式名称は「日本人の食事摂取基準」であり、これは厚生労働省が健康増進法という法律に基づいて定めている、「日本人の健康の保持・増進、生活習慣病予防のために参照すエネルギーおよび栄養素の摂取量の基準を示すもの」であることが本文中に書かれています。

この基準は5年ごとに見直され改定されることになっており、現在の最新版は2020年版で、2020年4月から2025年3月まで活用されることになっています。

改定の内容は、15人ほどの研究者で構成される策定検討会で議論されて決定します。

その検討会では、最新の研究論文の結果に基づいて議論が行われます。

そのため、最新の論文を検索・収集し、読み込んでまとめる作業チームが必要になります。

その作業は、検討会から作業を頼まれた20人ほどの研究者からなるワーキンググループでなされます。

そして、その作業で収集された適切な論文を根拠に基準値が定められ、根拠となった研究結果の説明や、その基準値をどのようにとらえ、どのように活用するべきかといった説明とともに文書にまとめられ、「報告書」として公開されたものが食事摂取基準です。

食事摂取基準2020年版の本文に引用されている研究論文数は1,818報。

これは引用されている数であり、実際には、検索・収集され、読まれたものの食事摂取基準の作成に必要ないと判断された論文がこの何倍もあるはずです。

ということは、ワーキンググループの行った論文検索・収集とその内容確認の作業は膨大なものだったと言えます。

その結果、エネルギーと35種類の栄養素の基準値が検討され、その内容を詳細に記述した食事摂取基準本文は、なんと500ページ近くにもなります。

こうして作られている食事摂取基準は、本来、栄養を業務とする専門家向けに書かれた文書です。

そして、栄養業務を実施する際の最も基本となる「ガイドライン」として位置づけられています。

そのため、専門用語が使われていることもありますし、完全に理解するためには、論文を解釈するのに必要な専門知識も必要となります。

とりわけ、多くのヒトがその栄養素を摂取したときにどのような影響が見られるのかを調べた栄養疫学の研究論文をはじめ、人間栄養学、公衆栄養学、予防栄養学といった分野の知識が欠かせません。

●専門家はもちろん、一般の人にも触れてほしい

本来は食事摂取基準の内容を、一般の人が読んで完全に正しく理解する必要はありません。

その代り、一般の人が食事摂取基準を正しく活用しながら正しい食事の選択をできるように、栄養を業務とする専門家たちが、食事摂取基準の内容を一般の人へかみ砕いて伝える役目があります。

けれども、日常の様々な場面で専門家がその内容を十分に理解しないまま、または理解していても十分に伝えないまま食事摂取基準を使うことになれば、どうなるでしょうか。

たとえば冒頭の例のような使い方をされれば、結果的に給食の献立の味付けが変わったり、食事指導の内容が以前よりも厳しくなったり、といった変化が現れるかもしれません。

ところが、実は、食事摂取基準の「1日当たりの量」は、1日間の短期間の摂取量を示しているわけではありません。

本来の基準値の定義はそうではなく、おおむね1か月間程度の習慣的な摂取量を「1日当たり」を単位として表現した量となっています。

つまり、1日間で基準に達成しなくても、1か月間の摂取量全体を平均して基準を達成していれば問題ないわけです。

これが、冒頭の食事摂取基準の使われ方の例が「正しいとは言えない」といった理由のひとつになります(「正しいとは言えない」の理由は、ほかにももっとあるのですが、その内容は次回以降順々に解説できればと思っていますのでお楽しみに)。

それにもかかわらず、一般の人の目につく変化が1日間や1食で摂取する食事内容の変化であったり、専門家がそれを正しく理解せずに活用したりすれば、一般の方は「毎日基準を達成し続けないといけない、それは無理」と感じるかもしれません。

その結果、多くの日本人が食事を通した自らの健康の保持・増進をあきらめたり、興味をなくしたりすることになれば、食事摂取基準を作成した意味も失われてしまうことになりかねません。

そのようなことを防ぐために、食事摂取基準の改定に伴って行われた厚労省主催の専門家向け説明会では、基準値ではなくとにかく本文をよく読み、その内容を十分に理解して活用してほしいといったことを、策定検討会の先生方が声を大にして伝えていらっしゃいました。

一方で、私個人としては、専門家の方のみならず、できるだけ一般の人にもこの食事摂取基準の存在を知って頂き、その作られ方を知って頂き、大切な部分の大まかな内容は知っていただけたらいいなと思っています。

というのは、食事摂取基準の本文にはどのような栄養素にどのような働きがあって、どの程度摂取すればよいのかといった食情報が、たくさん詰まっているからです。

世の中には「食品○○を食べると健康によい」といった多くの食情報が、根拠があいまいなまま氾濫しているように思いますが、そのような情報と比べて、食事摂取基準の中に記述されている食情報は研究論文をしっかり読み込まれた専門家の先生方が議論したうえで作られたものですから、情報の信頼度に雲泥の差があります。

食事摂取基準の中に記載されている「本当に信頼できる食情報」に触れることで、多く出回っている信頼性の乏しい食情報との違いが分かるようになり、真に信頼できる食情報とを区別できるようになれば、信頼性の乏しい食情報を鵜呑みにし、それに翻弄されることがなくなるのではないかと思うのです。

●専門家もそうでない人も一緒に学んでみませんか

とはいえ、先ほども説明したように、食事摂取基準の理解には専門知識が必要です。

栄養を業務とする人たちでも、栄養疫学を学ぶ場は不足しており、食事摂取基準を全文読んで十分理解するには非常に難しいことだと感じますし、一般の方の場合はなおさらです。

けれども、食事摂取基準の内容をある程度理解しておくことが、日常の食情報の扱い、そして食事を通したご自身の健康を考えるうえで大きな助けとなることは間違いありません。

だからこそ、ぜひ多くの方と一緒に、その理解を深めていきたいのです。

そこで、このコラムではしばらくの間、食事摂取基準がどういうものか、その作られ方や本来の意味、活用の方法、そして(もしあれば)裏話など、専門家向けというよりは一般の方向けに、分かりやすくお伝えしていきたいと考えています。

みなさんの食事摂取基準の理解で今まであいまいなままになっていたことや、まったく知らなかったことを明らかにするお手伝いができればと思っています。

 

【新たな視点と立場でお届けします】

大変申し遅れましたが、皆様お久しぶりです。児林聡美です。

2年前の2018年3月に書いた記事でいったんこのコラムを一区切りとさせていただき、しばらくご無沙汰しておりました。

当時は、食事摂取基準策定検討会委員であり、ワーキンググループ座長でもあった佐々木敏教授の研究室で特任助教をしながら、2年間このコラムを担当していました。

2019年3月で東大の任期が満了となり、その後はフリーランスの栄養疫学者(HERS M&S代表)に転身して、現在は栄養疫学研究・教育の支援、食情報発信やその支援などを行っています。

東京大学での最後の2年間は、食事摂取基準2020年版の作成補助が私のひとつの業務であり、その作成過程を見てきて、もっと食事摂取基準を多くの方に知ってほしいと強く思いました。

また、私事ではありますが、2018年には長男を出産し、また本年11月には第二子を出産予定です。

母となった目線からも、毎日の食事はとても大切なものであり、信頼できる食情報はその選択を助けるために非常に重要な役割があることを改めて感じています。

食事摂取基準の策定作業に関わった経験と、このような新しい立場と視点をもって、私の考える食事摂取基準の基準値以外の重要な点をお伝えしていきたいと思っています。

しばらくの間、どうぞよろしくお願いいたします。

参考文献:

1.厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.

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